事ある毎に求められるようになってしまったこの男、マッシュ·バーンデッドはどうやらハグが好きなようだ。
事のきっかけは確かあの時だ。
あれは確か、再び訪れた実家への帰省の報告を受けた時だ。
「明日実家にカエリタイデス」
「お前……試験前だぞ」
「帰らせてクダサイ」
マッシュにしては珍しく涙を滝のように流しながら懇願してきたのだ。口調こそはいつもと変わらなかったがそこまで泣かれてしまっては突き放すのも不憫だと判断しやむを得ず許可した、オレはそこまで融通の利かない男ではない。
……所で、その焼け焦げたアフロヘアーには触れない方が良いか?
気になって思わず撫でてやると不思議な事に何時もの髪型に戻った。同時に撫でられた事に驚いたのか、滝のような涙も一気に枯れた。だが可哀想なほどに泣き腫らした目元にかつての弟を思わせ、ついその身体を抱きしめてしまったのだ。
本当に無意識だった。
自分の行いに血の気が引いて直ぐに離そうとしたが、叶わなかった。
マッシュが抱きしめ返してきたのだ、そして胸元に頬を押し当て距離を更に詰めてくる。少し肌寒い夜の廊下は冷える、そのせいかマッシュの高めの体温が心地よく感じる。
トクトクと脈拍が早くなるのを感じ、少し距離を置こうとしたら何故か力を少し込められてしまう。
「……マッシュ、バーンデッド?」
その場から動こうとしないマッシュが気になり顔を覗き込むと、普段通りの真顔だが心なしかいつもより柔らかい表情をしているように見えた。
「小さい頃の事を思い出してました」
「そうか」
マッシュは小さく頷く。
「……どうしよう、レインくん」
その体勢のままマッシュはオレを見上げる。
本当に、弟のようだ。
「離れたく無いかも、落ち着きます、レインくんの抱っこ……」
マッシュはまたオレの胸元に額を押し付けさっきより少し力を込められる。
「……そうか」
対した言葉も掛けられず考えても何も言葉が思い浮かばないので、せめてもの思いでマッシュを少しだけ強く抱き締めてやった。しばらくして落ち着いたのか、マッシュは自ら離れた。ずっと暖かい身体に包まれてたせいで一気に肌寒くなる。
「ありがとうございましたレインくん、ちょっとだけ気分が良くなりました」
「オレこそ悪かった、完全に無意識だった」
「良いです、僕が満足したので」
心なしか普段より表情が緩くなっているように見えるので、満足したと言うのは事実のように思えた。
「そうか、じゃあ実家には」
「帰ります、明日」
「そうか……」
そうして翌日、マッシュは宣言通り実家に帰った。
あれからオレは、昨日のマッシュとのハグを忘れられず部屋のウサギ達を優しく抱きしめてみたが、壮大に蹴られてしまいその日はショックで仕事にならなかった。
◇◇◇◇◇
「レインくん、抱っこしてください」
──そんな事を言われたのは今から数分前の話だ。
ちなみにここは調理室、今回は使用許可を得られてる。そしてオレは何故かマッシュにここへ来るよう前日に言われていた。
「あ、レインくんお疲れ様です」
「あぁ……相変わらずの量だな」
「まぁこのくらいは余裕ですな」
仕事を済ませ空き時間を作り調理室へと来てみれば、そこには既に沢山のシュークリームが存在していた。聞けば自分用と友人用、そしてオレ用に数個用意してくれていたようだ。
最後のシュー生地にクリームを入れ終わりバットに置く。
そして大量のそれを冷蔵庫へ入れて、満足げに戻ってくる。
「お待たせしました」
「あぁ」
マッシュはエプロンと三角巾を丁寧に畳みテーブルに置くと、オレの目の前へとやってきて照れくさそうに呟く。
「では、その……本題なのですが」
──そして冒頭に至たるという訳だ。
正直、ドキリとした。
わざわざ呼び出してハグの申し込み、だと?
何故後輩の男に対してオレはこんな感情を抱かなければいけないんだ。それに、マッシュが誰彼構わずこんな事を言うようになってしまえばそれは少々心配だ。
「……あんまりそう言うのは、易々と人に頼むことじゃないぞ」
「ごめんなさい」
説教じみた言い方になってしまい、勘違いさせてしまったように思えるが、素直に謝れるのはこの男の良い所だと思う。
でも、とマッシュは続ける。
「あの時の事が忘れられなくて、ずっとレインくんに抱っこして欲しくて……それで僕」
「そうか」
「え?んぅ…」
忘れられなかったのはどうやらオレだけでは無かったらしい。
そう思うと今までの心配事はどうでも良くなってしまった。マッシュの言葉を最後まで待たずにそのままハグしてやると、あの時と同様にオレの腕にしっかりと包まれた。
マッシュの身体に染み付いた菓子の甘い匂いは、胸焼けする程甘ったるいが、悪い気はしなかった。
「……やっぱり落ち着く」
「そうなのか?」
「うん、友達との抱っことは何だか違う気がします……何でだろ」
友達とのハグくらい、する奴はするだろうと思うが何故かその言葉を聞いた時、胸がツキリと痛んだ。マッシュに少しだけこの気持ちが伝われと言うように腕に力を込めた。
それを好意的と捉えられたからなのか、マッシュはキュッと可愛らしくオレを抱き締めて来くる。
その仕草に愛おしさを感じ、何だか堪らなくなる。
この感情は一体何なのだろうか?
◇◇◇◇◇
さて、どうしたものか……
あれからと言うものの、マッシュに遠慮が無くなってしまったのだ。といっても友人の前ではさすがにねだってこないが、人が居なくなったとたんに無言で手を伸ばしこちらを見つめてくる、オレも大概だがついそれを受け入れてしまっているのが遠慮の無くなってしまったひとつの原因だと思うのだが、さすがにマズイだろ。
オレは嫌では無いからマズくは無いのだが……
「……いや、それがマズイんじゃ無いのか」
と、ここまで書いて
オチが全く思い付かないことに気付きました、ということでボツです😇