遅効性の初恋 もう何年も会っていない同級生が、夢に出てきた。
一人暮らしを始めてからもう何年も経つというのに、未だに手放せないアイマスクをずらす。御幸の意識は夢と現実の狭間で揺蕩っていた。
起き上がった時の些細な脳の振動で忘れてしまいそうだと思ったらそれが何となく勿体なくて、そのままベッドの上で動かずに夢の内容を思い出して脳に刻み込むことにした。
夢の中の彼の左手には銀色が光っていて、結婚したのかとぼんやりと思ったことを覚えている。これは所謂虫の知らせと言うやつだろうか。夢占いとか予知夢とかジンクスとか、生憎そんなものは信じない性格だ。しかし、普段夢なんて見ないのにも関わらずしっかりと刷り込ませた成果が本人の望み以上に叶ってしまったお陰か、写真のように鮮明にその場面が脳裏に刻まれているからなんだか気になって仕方がない。
のっそりと起き上がり、枕元に置いてあるスマホを手に取る。メッセージアプリを開いてスクロール。元々筆無精な御幸にとって連絡する人物はほぼ居ないので、数年前のやりとりにも関わらず夢の出演者の男の名は直ぐに出てきた。
倉持洋一。
高校時代、毎日一緒に居たその男の連絡先をタップすると、最後にやりとりしたのは二年前だった。どうってことの無い内容に、御幸が既読スルーした形で終わっている。若い頃は野球部の同窓会の集まりも頻繁に行われていたが、卒業してから五年、十年と経つとそれぞれ生活が変わり、季節ごとのものが年に一回、そしてこのご時世ではそれも立ち消えていた。
トーク履歴を昔へ遡っていくも、大したことは話していない。飛び飛びの日付に、学生時代は比喩ではなく毎日一緒にいて、箸にも棒にもかからない話をだらだらとしていたが、卒業したらこんなもんだよな、と一人納得する。三十路の男が同級生とこまめに連絡を取り合うなんて、逆に変な気がした。
ここでいきなり、夢の中でお前が結婚してたんだけど、結婚した? と聞くのも何だかおかしいよな、と我に返る。
頻繁に連絡を取っていたのならまだしも、二年ぶりの連絡がそれって。
久しぶり。最近どう? と聞くのも照れくさい。相手は倉持なのに、何をこんなに戸惑っているのか。御幸は内心のモヤモヤに首を傾げて、ただの夢だとそれを打ち消した。
倉持が自分に会いたくて夢に出てきたんだ、と馬鹿な妄想をしてトーク画面に打ち込んだ【倉持が結婚した夢見た】の十文字を全て消してスマホを乱雑にベッドに放り投げる。一緒に思考もぶん投げてしまいたい。そんなことを思いながら二度寝を決めようと御幸の身体もベッドへと逆戻りした。
倉持は、自分のことをたまには思い出すのだろうか。さすがに忘れられていることはないと思うけど。自分だって久しぶりにその存在を思い出したくせに、全然思い出されないのはなんだか面白くない。
寝ようと心に決めたものの、目を閉じたって眠気は一向にやってこない。モヤモヤしたままでいるのは身体に悪い。こういう時は身体を動かした方が思考がスッキリすると、根っからの体育系である御幸は知っている。今度は勢いよくベッドから降り、大きく伸びをしてランニングへ行く決意をした。時刻は朝の六時半。ランニングするには最適の時間であり、走っている間は無心になれるから、こういう時にはうってつけだ。玄関でスニーカーの靴紐を結びながら、結婚か、と内心呟く。世間に適齢期と呼ばれる年齢を迎えた今、周りには既婚者も増えてきている。
恋愛とか結婚とか、イマイチ自分にはピンと来ない。そりゃいつかは出来ればいいなとぼんやりと思ってはいるが、如何せん一人でいるのが楽だ。そして何より、自分が結婚生活に向いているとは到底思えない。野球選手は早いこと結婚してうまい飯を作ってもらって体調管理をしてもらうのが一番と耳にタコが出来るくらいに言われてきたが、御幸からしたら自分自身で節制出来るし、いざとなれば個人的に管理栄養士と契約すれば何の問題もないと思っている。大切な人や守るものが出来たら出来たら生活にハリが出るぞ、なんてお節介を焼かれることもしばしば。野球漬けの今が幸せで仕方ないのだから、余計なお世話だ。なんてことは言わないけど。
付き合っている相手も居ないし、結婚する予定は今のところ皆無である。
こんな快適な生活を捨ててまで結婚するほど好きになれる相手は、この先の人生現れるのだろうか。倉持はそういう相手と出会ったのだろうか。夢の中の話だというのに何だかそれが現実となったようで、倉持に置いていかれたような気持ちになる。他の部員で結婚したやつだって何人も居ると言うのに。脳裏に浮かぶのは、高校時代の倉持の姿。あの特徴的な笑い声が聞こえてきた気がしたけれど、それは果たして正しく倉持の声なのだろうか。人が人を忘れていく順番はとして、聴覚が一番初めだと、昔誰かに聞いたことがある。ああ、なんでこんなことを考えなければならないのだろうか。勝手に夢に出てきたのはそっちなんだから、倉持の方から連絡してくるべきじゃないのか? なんて、八つ当たり以外の何物でもない。無駄な思考を振り払うためにはやっぱり走るしかない。今日は少し長めのコースを走ろうと心に決め、御幸は腰を上げた。
いつもよりも倍の量を走り、シャワーで汗を流すと随分すっきりした。すっきりした思考で出てきた答えは、シンプルなものだった。気になるなら、連絡すればいいのだ。別に遠慮する間柄でもない。
風呂上がり、Tシャツ短パンのラフな格好でガシガシとタオルで髪を拭きながらソファに座り込む。先日髪を切ったばかりなので、ドライヤーなど使わなくてもきっとすぐに乾くと横着してスマホを手に取る。
時刻は八時少し前。平日最後の金曜日のこの時間、倉持は多分通勤中だろう。生活サイクル知らないけど。ランニング中にすれ違ったスーツ姿の人々の中に倉持も溶け込んでいるのだろうと思ったら、すぐにでも返信が来そうな予感がしたのだ。全くもって自分らしくないが、久しぶりに連絡して返事が来るまでにラグがあったら、少し気になってしまうだろう。定石では夜に送るべきだろうが、夜は自分が仕事中である。いくらなんでも夜までには返事は来るだろうと高を括って、二年前の日付で止まったままのトークルームに文字を打ち込むと、勢いそのままに送信をタップ。画面右にぽん、とふきだしが浮き出る。
久しぶり。元気? と結局そんなありきたりな言葉。照れくささはどうにか投げ捨てた。夢の話をしようかと思ったけれど、逆に相手からそんなメッセージが来たら気色悪いかと思ってやめた。結果、一行で収まるメッセージ。さて、既読はいつつくだろうか、と思った瞬間、緑のふきだしの横にパッと既読の文字。読んだというその知らせに、どきんと心臓が跳ねた。なんて返ってくるだろうかとと思うよりも先に、白いふきだしが届く。相変わらず打つのが速い。器用な男だから文字打ちも速いのだろうか。ガラケー時代にチマチマ文字を打っていたらおっせーなあ、と笑われたことを思い出して、返事に目を通す。そこにあった思いがけない文字の羅列に、目が丸くなる。
「はあ?」
そして思わずそんな声が出た。
【投資ならしねーぞ】
何度見ても、その後何秒待ってもそれ以降メッセージが増えることは無い。投資? 何の話だ。
【何だよ、いきなり】
当然倉持より文字打ちは遅いけれど、フリック入力にだってもう慣れた。首を傾げながらも一般男性として平均的な速度でそう返すと、すぐにまた返事が来る。
【久しぶりの連絡はマルチを疑う】
まあ、そういう話は聞く。と言うより、御幸自身にも何件かマルチの誘いはあった。友達は少ないから数は多くないが。高校時代の野球部にはそういう奴は居ないから、大学の同級生からとか何かあったのだろうか。自分がそんなやつだと思われていたことは心外だ。
【そんなことしねーよ。副業禁止だし】
いそいそと文字を打ち込んで、送信。こんなにも早くラリーが出来るということは、やっぱり通勤中なのだろうか。確か倉持はスポーツブランドの営業職だったはずだ。一般社会のことは全く分からないけれど、スマホはいつでも触れるのか? 足だけじゃなく返信も速いなあ、なんて。
【CMは副業じゃねえの?】
【それは球団通してるから】
【じゃあなんだよ。結婚式の招待か?】
結婚、の文字が目に飛び込んで来て、肩が揺れる。その二文字に反射的に指が動いて、質問に質問で返してしまった。
【え、倉持結婚すんの?】
送った瞬間につく既読。順番がおかしいが送った後にしっかりと文章を読んで間違えたことに気付いた。まあいいか。聞きたかったし。と開き直っていると、すぐに返信。
【は? 今はお前の話だろ】
うん。正論。そうだよな、と独り言を零しながら文字面の上で指をつるつると動かす。メッセージとはいえ、倉持との会話はやっぱり心地よい。二年の空白なんてなくて、昨日までも普通に話していたような感覚だ。だから自然と連絡した理由を伝えていた。
【しない。予定もない。今朝倉持が結婚する夢見たから連絡した】
先程までと何ら変わらず文字列がスマホの画面にぽこんと浮かんだのに、既読の文字はつかない。まあ歩きスマホは危険だし、と己に言い聞かせて五分後、もう一度トーク画面を見るも、やっぱり既読はついていない。
「……あれ、やっぱりキモかった?」
さっきまでポンポンとラリーが続いていたのに。始業時間か? と時計を見ると八時半を少し過ぎたところ。就業時間が何時から何時までで、残業があるとか、休みがいつとか、生活サイクルを何も知らないんだと気付いた。仕事中って、スマホ見れんのか? 営業なら自由な時間多いよな、と自分では到底答えは分からないのに色々な考えが浮かんではぐるぐると脳内で回って惑わせてくる。送信取り消し、という言葉が一瞬脳裏に浮かぶがそれこそ気持ち悪い。夜にキモ。とだけ来るかもしれねーなー。と呑気に構えて待つことにした。
一般的な昼休みと呼ばれる時間帯になっても、スマホに通知はない。仕事中は切り替えて平日の昼間に連絡が無いことくらい当たり前なのかもしれない。御幸だって試合中にスマホを触ることはしない。そういえば今倉持はどこに住んでいるのだろう。生活サイクルはもちろん、住所も会社の場所も彼女の有無も何も知らない。知っているのは、この手の中にある連絡先だけ。いつの間にこんなにも遠く離れて、頼りない糸になってしまったのだろうか。
夜には来るだろうと思っている反面、どうにも気になってしまう。お前は未読が多すぎる、返信が遅すぎる、と散々周りに言われてきたが、ようやく気持ちがわかった。だからといって返信速度を改めようとは思わないけれど。我ながらつくづく身勝手である。
「電話してやろうかな」
平日の仕事中、数年ぶりの連絡がたったの数時間帰ってこないだけで電話するのは流石に距離感がおかしいというのはわかっているのでしないけれど。
じいっとスマホの画面と睨めっこしていると、ぽこん、と新着メッセージが現れた。速攻で画面を開くと、倉持からの【なんだそれ】の一言。
たった五文字が何故だかすごく嬉しくて、口元が緩む。今昼休み? と聞くと今度はすぐにそう、と返事。
何だか無性に声が聞きたくなった。俺と倉持の仲だし、と誰に言うわけでもなく言い訳をして、通話ボタンを押す。聞きなれた電子音に、心臓が逸る。部屋のど真ん中で直立不動で突っ立ったまま、動けない。心拍数がどくどくとうるさくて、脇にじわりと汗が滲む。久しぶりの連絡に、柄にもなく緊張している。
早く出て欲しいという思いと同じくらい、出て欲しくないという感情も生まれて自分でも何が何だかよくわからなかった。コールが三回半鳴った時、ぶつ、と音が切れて、喧騒が耳に届く。
「なんだよ」
ざわつき具合からして、外にいるのだろう。電話越しにそのぶっきらぼうな声を聞いたら、あー、倉持こんな声だったな、と記憶がよみがえってくる。五十メートル先に居てもわかる甲高い、特徴的なあの笑い声は、未だ健在なのだろうか。
「あー、久しぶり」
勢いで掛けてしまっただけで要件などない。何と言われても答えることが出来なくて、そんな言葉しか出てこない。
「久しぶり」
倉持からも、そんな言葉。メッセージのやり取りの時はぽんぽんと軽快なリズムでラリーできていたけれど、電話となるとやっぱり少しだけ緊張してしまう。倉持と電話するなんて、よく考えたら片手で足りる回数しかしていない。高校生の時は四六時中一緒にいたから電話するより顔を見た方が早かったし、卒業してからは特に話す用件もなかった。
メッセージ見てたら無性に声が聞きたくなった、なんてそんな気持ち悪い事を正直に言えるわけも無く。
「ほら、さっきもメッセージで送ったけどお前が夢出てきたから何してるかなって思って」
「気色悪くてびっくりしたわ」
それ以上に気色悪いことを思ってしまったなんて、到底言えない。声が聞きたかったなんて本音をぶつけたら電話を切られてしまいそうだ。
「酷い言い草だな」
「逆の立場になって考えてみろよ」
「送る前に自分でも思ったからワンクッション置いたんだけど」
「久しぶりだけじゃねーか。クッション薄すぎだろ」
声を聞いたら、顔を見たくなった。別に過去を懐かしんでいる訳でもないのに。顔を見たい、だなんてこれまた正直に言うのは憚られて、埃ひとつ無いフローリングをひとりグルグルと無駄に歩き回りながら上手い言い訳を探す。人を家に呼んだことなんてないから、こういう時になんと誘ったらいいものか全くわからない。
「ちょっといいワイン貰ったんだけど、飲みに来ない?」
結果、出たのは先輩が女の子を家に呼び込む時の常套句に使っていると先日言っていた言葉だった。
完全に下心満載である。いや、俺には何一つ無いんだけど。倉持相手に下心っておかしすぎるだろ。本日何度目かの自分自身に対する言い訳。
「俺ワイン苦手」
断らないでくれ、と念ずる間もなくバッサリと切り捨てられてしまった。記憶を遡ってみたら飲み会の時もワイン以外日本酒にも焼酎にも手をつけてなかった気がする。この二つもきっとダメだ。
「おいしい水もあります」
500mlで数千円の、ちょっとお値段の張るやつ。その分身体にはいいし、これを飲むと朝の目覚めがスッキリする。
「いや、せめて茶を出せよ」
「お茶も、メロンもある」
茶葉もいいのがあるし、冷蔵庫には先日貰ったばかりのメロンが丸々一玉眠っていることを思い出した。
「お中元?」
「この前地方ゲームで一本目のヒット打った時の賞品でメロン一玉貰ったけど、食いきれねーから来てくれると助かる」
この仕事をしていると、商品提供として色々なものを貰う。メロンは初めて貰ったけれど、アイスの商品券とかリンゴ一箱とか。プリペイドカードはやっぱり嬉しい。ヒーロー賞として貰うマスコットのぬいぐるみも何体か空き部屋に並んでいる。ぬいぐるみに興味はないけれど、勲章として貰ったものなので無下に出来ない。
「果物の賞味期限ってどれくらいなんだろ」
「一週間位かな。で、貰ったのは先週」
「じゃあすぐ行かなきゃいけねぇじゃん」
来てくれるのかと心臓が高鳴って、指先が痺れた。
「いきなりだけど、明日の夜空いてたらどう?」
そう、震えずに言えた。瞬きの回数はおかしいくらいに増えたから電話でよかった。
「本当にいきなりだな」
呆れたような声が届いたけれど、どんな表情でいるのだろう。しかし倉持はいつも口ではつれないことを言いながらもなんだかんだで全てを受け入れてくれていたし、押したら来てくれる気がする。もう一押し、と焦って口を開く。
「明日俺ホームでデイだし、あとほら、メロン熟しちまうから」
どれだけメロンに頼りきっているんだ、と頭の片隅で冷静な自分がツッコミを入れる。今の今までその存在を忘れていたくせに、と冷蔵庫の中でメロンも思っているだろう。
「明日なあ、」
倉持が言い淀んだところで電話越しに街の喧騒が耳に届く。一人の部屋はとても静かだからか、それとも続く言葉に集中しているせいか。先程よりもよく聞こえた気がした。
「予定ある?」
最後のひと押し。この声色の迷い方はいけるやつだ。と十年前の感覚が不意に蘇ってきて確信する。
「あー、別にねぇけど」
「じゃあ来いよ。倉持今どこ住んでる?」
よっしゃ! と声には出さず、一人大きなガッツポーズ。口元がにやついて声に喜色が混じったのが自分でもわかる。何をこんなに浮かれているのか分からないが、とにかく嬉しかった。
倉持が告げた街の名前は、本拠地からほど近い場所だった。こんなに近くに住んでいたのか。ならもっと早く連絡すればよかったな、なんて思って、実際口にした。
「プロ野球選手様は忙しいだろ」
「オフは暇だぜ」
キャンプ入ったら缶詰だけれど、オフシーズンは自主トレやたまに入るトークショーやテレビの仕事くらいしかやることはない。
「今はシーズン真っ只中だろ」
「そりゃそうだけど。遠距離なら難しいけど車で三十分ならいつでも会えるだろ」
何も新幹線に乗る距離に住んでいる訳では無いのだから。八月終わりの今は倉持の言う通りシーズンの終盤が見えてきた季節。混戦を極めた今年のシーズンは上位四チームが僅かなゲーム差の中にあり、御幸の所属するチームは上にも下にもすぐに変動してしまう位置にいる。
今日、夢に倉持が出てこなければ会おうとなんて思わなかったというのに。全くもって不思議なものだ。
「俺にも予定あんだよ」
そういえば結婚どうこうの話ははぐらかされてしまったままだった。独身ではあると思うが、彼女とか居るのだろうか。もしこれで実は既に結婚してますとか言われたらさすがに泣くぞ。
「デートとか?」
なるべく重くならず、軽く聞こえるような声色でそう問う。
「お前ってほんとデリカシーねぇよな」
その言葉の裏にある答えに、思わず笑い声が零れた。
「相手いねぇのか。それは悪いこと聞いたな」
全然、一ミリも申し訳ないと思っている声が出てしまう。電話越しでもはっきり舌打ちが聞こえた。
「うぜー。やっぱり明日無理」
「試合終わったら迎え行くから」
十九時には行けるだろう。夕飯はどこで食べようか。自炊が多いから、付き合いで行く店しか知らない。さて、今の倉持は何が好きだろうか。
「お前何乗ってんの?」
「白のレクサス」
もう三年になるその車は、運転しやすくてお気に入りだ。車検毎に乗り換えている人も多いが、あと三年は乗りたいと思っている。
「ふーん」
「聞いといてその反応」
「国産なのお前らしいなって思って」
「そう?」
倉持にとって、自分はどういう風に見えているのだろうか。聞いたらデリカシーのない野球馬鹿と言われそうだが。
「あー、そろそろ仕事戻るわ」
会話も一区切り終わったところで、倉持がそう切り出した。昼ご飯はもう食べたのだろうか。時間を奪っていたら申し訳ない。
「ああ。突然悪かったな」
「本当だわ」
「じゃ、明日な。また連絡する」
「おー」
通話時間05:24の文字を見て、なんだか不思議な気持ちになる。倉持が明日、この部屋に来るのか。好きかどうかは知らないが、メロンもあると言った手前、熟し具合が気になった。これで食べごろを過ぎていたなんてことになったら目も当てられない。一人暮らしにしては立派な冷蔵庫の野菜室、他の野菜よりも存在感を示して鎮座するメロンを持ち上げる。アボガドもそうだが、切らなきゃ状態がわからないってのはギャンブルだ。ネットで調べた結果、底が少しへこむくらいが食べごろだということ。底を押して、弾力を確かめる。多分、今がちょうどいいだろうとほっと息を吐く。流石に二人で一玉は無理だよな。と綺麗な網目模様を見ながら思う。適当にレシピを見ていると、メロンまるまる使ったメロンソーダなるものに目が止まる。倉持、こういうの好きそうだな。炭酸水ならあるが、市販のソーダじゃないと甘みがないよな。どうせならアイスを浮かべたりもしてみたい。と考えたところでやりすぎて引かれるか? と不安になる。料理をするのは嫌いじゃない。それが自分一人ではなく、誰かのためなら尚更。思えば、誰かのために何かをしようと思うのは久しぶりな気がした。