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    Ayataka_bomb

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    Ayataka_bomb

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    オリキシン二部一話SS。零落救済関係色々丸く収まった後

    【オリキシン】晩夏の邂逅 夏休み明け。新学期を迎え未だ夏の空気が漂うある日の朝、煙崎の下駄箱に手紙(というには及ばないノートの切れ端)が差し込まれた。
    『煙崎やこへ 今日の放課後16時までに中庭にきてください』
     ……そんな内容が認められていた。差出人は不明。鉛筆の走り書きの文字は要件だけを記すためのもので、装飾して良いものに見せようとする意思も言葉の裏の真意すら読み取れない。
     どうやら告白ではなさそうだが……? とぼんやり考え、手紙を四つ折りにポケットへとしまいこんだ。
     次にその手紙のことを思い出したのは同日の帰りのホームルームであった。皺になり縦横無尽に線の走る手紙を開く。帰りの挨拶でクラスメイトが疎らに帰っていく中、煙崎は中庭へと足を運んだ。二つに並んだ校舎の間に大きな広葉樹が鎮座する。晴空の下でもどこか涼やかなのは日陰が多いせいだろうか。大樹の根本のベンチに座ると空から隠されているような安心感さえ覚える。ここで読書ができたら心地いいだろう(大抵遊び場になるから無理だろうが)。
     ベンチに腰掛けて数分も経たないうちに、手紙の差出人が現れる。「煙崎」とかけられた声に顔を上げると、見知った顔の男子生徒が立っていた。
    「えーっと、志染が下駄箱に手紙入れたの?」
    「まあ」
     志染カイユウは頷く。
    「ちょっと話が……というか、煙崎に頼みがある」
     紡ぐ言葉がぎこちない。彼は元気でよく外遊びに出ているひとだと認識しているが、常日頃から大声で騒ぎ立てるタイプのひとではない。どちらかと言えば煙崎にも接しやすいタイプの男子だったのが幸いだった。
    「何か用事があったんだよね?」
     先を言えず口籠る志染に尋ねる。
    「言いづらいなら、また今度でも……、」
    「レンレを呼んでくれ!」
     レンレ? なんで? 呼ぶ? 親戚だと嘘をついたから?それとも剛力神のことを知っている? 疑問。きょとんと見返す志染は意を決した表情をしており、「どうして?」と多重の意味を含めた質問しか返せない。そしてその返答も、然程予想を外れなかった。晩夏の微風が木の葉を楽しそうに打ち鳴らす。
    「お前のチームなんだろ、レンレは。……煙崎の神相撲の、チームの」
     真剣な表情でこちらを見据える。
    「もしかして……志染も親方?」
    「ん、一応……。確かめたいんだ。レンレが本当に人間じゃないのか」
     夏休み中、志染は人に化けたレンレの遊び相手になってくれていた。志染に関してお友達だとレンレは語っていたが、志染の表情と声音にはそれ以上のなにかを読み取れる。だが頼みに答えられない理由があった。今日レンレはショットと図書館に遊びに行っている。呼び出して邪魔するのはちょっと申し訳ない。
     断りを入れようと10秒弱逡巡し、口を開きかけた時。
    「だから断られるって言っただろ? タイミングが悪いからさあ」
     言葉を遮るように爽やかかつ自信を感じさせる声が重ねられる。いつの間に立っていたのだろう、志染の足元からスモードの剛力神が姿を現した。鳥追笠に似た独特な形状の笠を目深に被り、長い白髪の前髪を横に流して完全に目元を覆い隠している。
    「お前の気持ちが真っ直ぐなのはいいことだぜ?覚悟も『これから手に入れる』んだから問題ない。 でもタイミングが悪いなあ」
     大きな腕が印象的な彼はフフンと口元に笑みを浮かべた。
    「だれ……?」
    「俺と組んでる剛力神。名前は──」
    「ちょっと待った! 自己紹介くらい自分でやるさ。僕はパリングスティール、錐の神だ。カイユウの相棒でもあるね。よろしく、煙崎やこ」
    「よ、よろしく」
     気取った話し方をするなあ、という感想をそっと胸にしまい込み、差し出される手をおずおずと握る。
    「カイユウが急に呼び出しちゃって悪かったね。僕らも僕らでタイミングというものがあるから、失礼するよ。またすぐ会おう」
     パッと手を離し、パリングスティールは煙崎に背を向けた。志染は割り込んできた彼に対しやや不服そうな顔をする。
    「おい、俺は別にしなくても……」
    「カイユウ」
     彼の表情は背面からでは窺えない。
    「君は衝撃的な出会いというものを経験するべきだ。同じ初恋を二度も重ねるのを奇跡以外になんという?その奇跡が君の感情をより強靭なものへ変えるんだ」
     きっと先程と表情は変えず。自身に似合う笑みを浮かべていたのだろう。

    ────────────────

     パリングスティールという名に反応したのはドリーミーショットだけだった。煙崎の自室で借りてきた本を読みながらショットが言うには「たまに会うと何かと絡んでくるキザで嫌なやつ、しかも顔がいいから余計腹が立つ」らしい。最後はよくわからなかったが(顔はちゃんと見ることができなかったため)。クラスメイトと組んでることを伝えると、あからさまに嫌そうな顔をした。
    「そうだレンレ、志染カイユウって覚えてる?」
     カーペットに寝転がり絵本を眺めていたレンレが顔を上げる。
    「おぼえてるよー。しじみ! ラジオ体操のとき一緒に遊んだね!」
    「なんだかレンレに話があるみたいだったよ」
    「ふーん?」
     パリングスティールが初恋がどうとか言っていた気がする。もしかしたらパリングスティールの独特な言い回しかもしれないが。もしものことも考え、仮定の志染の思いを尊重して伏せておく。
    「こんな近くに他の親方がいるなんて思わなかった。シガーは小学校付近で神通力持ってる人を探してたんでしょ?」
    「ああ。もしかしたらつい最近覚醒したのかもしれないな」
    「覚醒?」
    「やこも突然俺のことが見えるようになっただろう?それだ」
     聞き覚えのない単語だったが、頷く。突然世界が広がったあの感覚で志染もパリングスティールと出会ったのだろうか。
    「広い意味での言いかただね!開眼って言う人もいるよー」
    「覚醒も開眼も変わんねーだろ」
    「ニュアンスがちがうよー」
     和気藹々とした空気だ。レンレとショットは隅の部屋(シガーが術で部屋の隅を拡張した隠し部屋のような異空間)から今日借りてきた本を新しく取り出して読み始める。普段はやや気性の荒い傾向があるショットも読書中は大人しい。生来の架空機という性質上、現実からフィルター越しで無限に展開する物語世界が心地いいのだろうか。あるいは当初やや強引にショットを絵本鑑賞に誘ったレンレのお陰だろうか。どちらにせよ、余計な悪口で喧嘩を売って頭から地面に突き刺さった絵面を拝む回数は減っている。レンレは話し方も見た目に伴い幼い印象だがその実、本に携わる神として読書由来の知見が感覚的にも深かった。ショットのこともある程度理解していたのかもしれない。
    「ん……?」
     ふと、シガーが不可解そうな表情で何かに反応する。
    「……やこ、こんな時間だが外に出る。準備をしてくれ。二人もだ」
    「どうしたの?」
    「目眩しの結界が壊された。複数……意図的なものだ」
     襲撃。懐かしくも恐ろしい単語が浮かぶ。目眩しの結界は煙崎の行動範囲を中心に町中に張り巡らせた、チーム煙崎のメンバーに対し五感や電子機器以外の観測──つまり様々な呪術的なアプローチや異能力による──を阻む結界だ。煙を媒介にしており元々数日で消える性質がある。そのため広範囲の結界維持のため起点を複数に分け、定期的にシガーがチェックしている。親方を狙った厄介事に巻き込まれないように設置したものだが、それが意図的に破壊されたということは……部屋に緊張が走る。しかし今は戦力が整っている。すべきはわざわざシガーが張り巡らせた結界の破壊を許して籠城することではなく、拠点たる煙崎の家が見つかる前の迎撃だ。
     時計は17時の真下を指している。まだ外は真っ暗と言う程ではない。図書館へ本の返却に行くと家族を誤魔化して外に出る。
    「どこに行けばいいの?」
    「最後に壊された起点は巡礼橋だ。最初の破壊からペースが落ちている。まだ付近にいるだろう」
    「川か。オレ様とレンレで先行するか?」
    「ヒコーキとならすぐ行けるよ」
    「待って、固まってた方がいいと思う。相手が何かわからないし。ピンポイントでシガーの結界を壊してるなら危ない相手だよね?」
    「ああ。相手が何者かわからない以上、今回は分散しない方がいい」
    「んじゃ、走ったほうがいいな」
     一時的にカミズモードへと変化したドリーミーショットは両腕にレンレと煙崎を抱える。背中の注連縄を足場に首元へシガーをしがみつかせ、脚部のブースターで空気を圧縮・放出して滑るように駆け出す。アスファルトが削れるのではないかと思うほどの疾走。
    「すごーい! ヒコーキ速いね!」
     ショットに掴まり薄目で風圧に耐えるシガーと煙崎をよそに、レンレはキャッキャと腕の中ではしゃぐ。
    「ヒコーキすごい!」
    「ああ!? カミズモードでテメェが一人で走った方がはえーだろーがよ! 舌噛むぞ!」
    「ウフフ!」
    「ショット、次の信号を右に曲がって小学校に向かえ!」
     起点の破壊を察知したシガーが目をぎゅっと閉じながら叫ぶ。
    「おう、よっ!」
     応えたショットはスピードを落とさずに対向車を軽々と飛び越えて方向転換。息も切らさずに小学校の前まで走り抜く。
    「ここからならオレ様にもわかるぜ。上だな」
     抱えた煙崎の神通力を利用して高い跳躍とその着地の衝撃を和らげ、フェンスに囲まれた屋上に降り立つ。カミズモードを解いて煙崎とシガーを下ろし、全員が前方を見据えた。
     日が沈みかけ端が赤紫色に染まりかけた空と街並み、フェンスの無機質な影模様を背景に、犯人が立っている。


    「タイミングが良い、とはこのことだ。偶然にも、ほら、お望みのレンレがついている」
     爽やかで絶対の自信を滲ませる声。口元に笑顔を浮かべたパリングスティールと緊張した面持ちの志染カイユウが立っていた。
    「あっ、しじみ」
     ショットの腕からぴょんと飛び降りる。
    「結界をそれと分かって破壊していたみたいだが、何が目的だ?」
     シガーは鋭い目を向けて問う。
    「フフ、そりゃあね?君たちが僕らの元に自らやってくるように仕向けたんだ」
    「パリングスティール、その言い方はやめろ」
    「……君たちを限定して呼び出すために結界を壊して回ったのさ」
     煙崎は先程の疾走の余韻でふらついていたが、しっかりと地面を踏みしめる。「君たち」と括っていたが、おそらくパリングスティールの目的はレンレのはずだ。
     確かにその通りであった。
     深呼吸をして、志染は静かに口を開く。
    「本当に剛力神だったんだな。レンレ」
    「うん! しじみも親方になったんだねえ! でも何でわたしたちを呼んだの?」
    「……、……お前と、神相撲をするためだ!」
     やはりどこか緊張した面持ちの志染は、力を振り絞るように言葉を紡いでいる。
    「いいよー!しじみとカミズモウ。いいよね、オヤカタ!」
    「あ、うん」
    「即決していいんだな……」
    「えっと、レンレは神相撲大好きだから……」
    「そうなのか……」
     一気に空気が緩む。完全に敵対したのではないのなら、後は神相撲ののちに誤魔化されているレンレへの目的を聞き出すのみだった。
     しかしレンレの前にショットが進み出る。
    「よし、ここはオレ様が出るぜ!」
    「いいよー」
    「えっ!?」
     パリングスティールの涼しい表情が初めて崩れる。(彼からしたら)この会話を聞いて突然しゃしゃり出てきたショットが理解できない。
    「なんで!? この流れはレンレに上がってもらうとこだろう……」
    「当然テメェをぶん殴るために決まってんだろうが!」
    「はぁ!?」
    「オレ様をここまで走らせたんだからなあ! 一発殴ってやらねえと気が済まねえ! それにいい加減気取ったそのツラに土付けてやりたかったんだよな! いくぞ、煙崎!」
    「そんな酷い理由で!? 因縁の付け方相変わらずだねえ君は!?」
     ため息一つついてパリングスティールは土俵を展開する。輝きと共に拡張された空間に薄青い寂れた山岳風景が広がった。即座に土俵入りしたドリーミーショットが名乗りを上げ、煙崎は神太鼓を一つ鳴らして志染たちに向かい合う。
    「聴いて、私たちの神音!」
     パリングスティールは「仕方ない」と一言呟いて親方の志染カイユウを見上げる。
    「いつも通り、心を込めて打ち鳴らせ。頼むぜ?」
    「わかってる」
     親方と剛力神が戦いに向け心を一つにする。それは当然のことであるが、身近な……日常側だと思っていた人物がそのように精神統一をする様はどこか不思議な感覚だった。
    「奏でろ! この音こそ神の音、僕の神音だ!」
     錐の神、パリングスティールが土俵に降臨する。それは志染にとって初めてではないだろう背中。どこか剛力神の姿に似たグレーの親方衣装に身を包み、志染は神太鼓を打った。
    「聞け! 俺たちの神音!」
     土俵入りを確認したムトウトが上空から合図を告げる。
    「先手必勝ッ! ぶっ倒す!」
     右腕のブレードを展開してショットは一直線に駆け出す。パリングスティールはその初撃を拳で弾き、続けられる数度の斬撃を両手の甲で防いだ。火力不足か、防御に徹したパリングスティールに効いている様子はない。
    「威勢に技が伴ってないぜ、……この程度!」
     連撃の直前に片腕でショットを振り払い、重く強い拳で攻めに回る。拳は真正面から、真っ直ぐ打ち出された。即座に腕を盾にガードの姿勢を取った。
    「ぐぅっ!?」
     拳の先が触れたその瞬間。ガードした腕がひしゃげるかと思うほどの、異常に偏った打撃。耐えきれないと判断して腕を引き、また、打擲された勢いでやや後退する。
    「痛ってえな……!妙な攻撃しやがって……」
    「ショット!」
    「問題無え」
     ショットは強い姿勢を崩さないが、俯瞰する煙崎は腕部が限定的にかなりの損傷を受けたことに気づいている。
     打った拳のダメージが一箇所に集中しているのだろうか?まるで拳が槍の一撃のような……この場合は、穿つ錐のような衝撃を与えている。拳の接触面全体で与えるはずの威力を一点に集中させて、高い攻撃力を実現させているのだろうか?煙崎は仮定する。もしそうならば、力を込めた拳を耐え切ることも、受け流すことさえ難しいだろう。
    「間合いに入らなきゃいいんだよ。煙崎!決め技だ!」
     ショットの声に答える代わりに、強く神太鼓を打ち鳴らす。
    「鳴り渡れ、私の神太鼓────!」
     要求に足る十分な神通力がドリーミーショットに流れ込む。折り畳まれていたバレルを前方に向け、収束する光の粒子が白熱を放った。
    「<アンチ・ディエティ・インパクト>!!」
     射出したレーザービームが空気を焼き切る。一撃必殺の大技に対して神太鼓を打ち鳴らす志染に、パリングスティールが応える。
    「暗呑(アンドン)!」
     パリングスティールの足元からズルリと影が這い出す。流動的なそれは極色の芋虫をその内に含んでおり、瞬時に放射状に展開してパリングスティールの盾となった。蝶の片翅のようにも見えたその暗色の盾は瞬時に焼き砕かれたが、その一瞬でパリングスティールは射線上から飛び退き、ドリーミーショットの目前にまで距離を詰める。
    「もういいだろう? 交代だ」
     鋭く重い一撃を防ぐ間もなく、ドリーミーショットは弧を描いて土俵の外へと落下した。地面へ突き刺さりはしなかったが、前転に失敗して脚と腕が絡まったような滑稽な姿勢で転がっている。
    「勝者、パリングスティール!」
     ムトウトが勝敗を告げる。じとりと睨めあげられる視線を意に返さず、パリングスティールはレンレへ仰々しく片手を出した。
    「前座は終わりだ。上がってもらっても?」
     ウフフ! といつもと変わらぬ調子の含み笑いをひとつする。
    「両腕の攻撃は回避に専念するんだ。レンレだと一撃受けるだけで吹き飛ぶぞ」
    「うん、わかった」
     シガーの助言に頷いて、レンレは澄み渡る己の神音に身を重ねた。
    「来たよー! この音こそ神の音、わたしの神音だー!」

    ────────────────

     断章あるいは幕間。ほんの数日前の回想。
     志染カイユウはレンレのことが好きだ。
     好ましいということでも、友情や親愛を誤認したものではない。子どもらしい真っ直ぐで擽ったい恋心だ。
     幼い印象を受けるが、彼女の言葉は知的だ。ふわふわとした感覚の中に知識や経験に裏付けされた芯がある。あの子ともっと仲良くなれたら。この想いを言葉にして彼女を特別に思ってると、そう、伝えられたら。
    「覚悟と強い心が必要だね」
     彼女に伝える覚悟がない。神を特別扱いすることの責任を負う覚悟が、まだない。だがそれは些細なコトだとパリングスティールは言った。
    「覚悟や勢いは人間の得意分野だ。社のない神は自由気ままだが、今は剛力神として拠点がある。逃げやしない。それよりも君が注意しなければならないのは離別だ。物理的にも、心も」
    「離別? まだ俺から何も話していないのに?」
    「告白している・していない、返答のYES・NOは関係ない! なんてったって相手は神だぜ」
     パリングスティールは語る。
    「恋心は受け入れられなくてもお前からの気持ちは喜ぶし、その過程で心を開く可能性だって十分にある。しかもそのレンレは神としても幼い。恋心を理解しない可能性だってあるが、特別扱いは理解するさ。祈りや想いを向けられることが大好きだからね、僕らは。……しかし残念なことに、異種婚は悲劇が多い。理由はわかるか?」
     この会話を、何か彼にとって大事なことに繋げようとしている。そんな気配を感じつつも、その先が読めず言葉に耳を傾ける。
    「運命に流されてしまうからだ」
     好奇心旺盛な狐狸も、運命を手繰られた天女も、心優しき神獣も。互いが想いを寄せる関係であればあるほど、大抵は人間側の心が劣化してゆっくりと離れていってしまうものだから。
    「人の心は永遠と全く相性が悪い!自力で永遠を維持できる人間はまずいない。運命を切り拓き続け、純粋な恋と愛が怠惰に変わらない加護を手に入れるんだ」
    「加護って……そんな、誰かの力で」
    「いいや他人の力ではない。お前自身の力だ。お前自身の力で掴み取るんだ。レンレを愛する永遠の保証を」
     無意識に怪訝な顔をしたのだろう。どうやって、と口にする前に彼は答えを紡いだ。
    「神相撲大会で優勝するのさ! 優勝すると親方にはご利益が貰えるんだ。お前が永遠の愛を捧ぐ、純真な心を維持できる! 正当な手段で手に入れた永遠は誰も否定できやしない!」
     恋の結末がなんであろうが関係ない。
     春を迎えようが儚く散ろうが「どうでもいい」。
     その後の心の在り方を、鮮やかな想いの保持を、永遠を求めなければならないと彼は説いた。

    ────────────────

    「栞の神、レンレ!」
     土俵に降り立った小柄で、可憐で、神秘が詰まっている、ヒトならざる姿。志染カイユウは恋したあの子の真の姿に目を奪われる。パリングスティールより細い四肢に、それ以上の膂力と鋭敏さが備わっていることを知覚する。
    「あなた、錐だけじゃないねえ」
     パリングスティールに向かい合ったレンレは不思議そうに言った。裏も表もない、疑問ですらない感想。
    「流石、目敏い。知らない誰か達の呪りの末。それが僕だ。今はちゃんと剛力神だから安心してくれよ?」
    「うん、怖い感じしないから大丈夫だよー。楽しくカミズモウ、できるね!」
     会話の途中からレンレは駆け出す。軽やかな足取りでパリングスティールの前に躍り出て、その腕に斬撃を叩き込む。その体躯からは想像できなかった攻撃力と重圧に、「なるほど。手強い」と彼は楽しそうに呟いた
     鍔迫り合いから力のままに腕を払うと、レンレは宙返りをして着地する。
    「縛涎(ハクゼン)!」
     着地した直後のレンレへ、パリングスティールの背後から伸びて空中に舞った影の飛沫が細い円錐状の矢となって降りかかる。土俵に落ちた矢は細かく弾けたが、その全ての雨と鈍い跳弾を器用に捌き、レンレは再び距離を詰める。
    「ダブル・ウィング!」
     勢いをつけて両腕の刃で上方に斬り上げ、僅かに宙へ投げ出されたパリングスティールに蹴りの一撃を加える。ギリギリと下駄が土俵を削る音を立てて後退するも、既の所で耐える。
    「全く華やかで無邪気な戦い方だぜ。惚れ惚れしてしまうな? カイユウ」
    「なんで俺に振る……」
    「動揺……とまではいかないが、意識が逸れているようだからかな」
    「うるっさいな!? ……お前こそ神相撲に集中!」
     志染は困ったような焦ったような微妙な表情をする。憐憫の目を向ける煙崎と不思議そうな顔(見えないがそのように窺える)をするレンレをよそに、微笑する。まあそんな反応だろう、とでも言うように。
    「喧嘩?」
    「違うさ。君の戦いに見惚れてたみたい」
    「ふーん?」
    「っ……決めるぞ! パリングスティール!!」
    「おっと……親方からの指示は聞かないわけにはいかないね。外法の拳(けん)を見せてやろう」
     神太鼓が強く強く打ち鳴らされ、更なる神通力がパリングスティールに流れ込む。
    「打ち破れ! 俺の、神太鼓────!」
     暗呑や縛涎と同じ影が蠢く。無音の蠕動がパリングスティールを中心に不定形の波となって広がり、レンレへと鎌首をもたげた。
    「決め技────<カースヴォイド・ギムレット>!!」
     パリングスティールの指した方へ、波が地を這い無数の腕を伸ばす。
     この決め技の本質は攻撃ではない。彼を構築する極色の芋虫たちが暗い泥の波を率い、襲いかかり、捕縛する。確実に拳の一撃を叩き込むための呪縛だ。今は亡き妄執の泥がレンレの足元に迫る。
    「レンレ!」
     煙崎とレンレはほぼ同時にその決め技の異質さに気付く。
     跳ぶのはよくない。身動きが取れなくなってきっと影の腕に捕まる。その影さえ土俵を覆い尽くさんと広がり、回避できる質量ではない。だが捕まり固定されて一撃でも被弾すれば即座に昏倒してしまう。……ならば、と煙崎は全身全霊で神通力を流し続ける。避けられないのなら、続く攻撃を防ぐことすらできないなら、捕まる前にその枷を壊すしかない。
     土俵に侵食した影がレンレの脚を掴み、一撃を食らわせんとパリングスティールが駆ける。
    「────ソード・マカブル!」
     完全に拘束されるその前に、渾身の力を込めた双刃が舞った。
     死刃の名の通り、触れた相手を両断する双刃がレンレを中心に回転する。まとわりつこうとする闇を切り裂き、打ち寄せた腕の波は塵と消える。
     確実に当てるそのつもりで突き出された拳を今更戻すことはできない。全力を乗せた拳は空を切り、その拳を足場に跳躍したレンレはパリングスティールの背後を取る。
    「っ、たあ────ッ!」
     おいおい嘘だろう、という言葉は心中に留められる。無防備な背を双刃が叩き斬る。吹き飛ばされたパリングスティールは身を捻るが、無事の着地は叶わない。
    「勝者、レンレ!」
     膝をついたパリングスティールは微笑を浮かべて降参のポーズをとった。


    「やったー! 勝ったね、オヤカタ!」
     キャッキャと声をあげて喜ぶ様子を見て笑顔を見せたが、煙崎は久々の全力の神相撲に力を使い果たして座り込んでしまう。志染の集中力が途切れていたとはいえ、瞬時に決め技を超える動きの神通力を流したのだ。二の腕が悲鳴を上げていた。
     キラキラと光が舞ったかと思うと、展開していた土俵が閉じられ日の落ちた校舎の屋上の景色が戻ってくる。
    「なんでこんな手荒な真似をしたんだ?」
     一戦を終えて落ち着いた空気の中、シガーが尋ねる。
    「そりゃ勿論、レンレと神相撲をするためさ」
    「わたし、言ってくれればいつでもカミズモウするよー?」
    「そうかな? 自由な神は気まぐれだ。確実に呼び出すには、もしかしたら敵かもしれない……なんていう危機感が手っ取り早いだろう?」
     彼なりに根拠がありそうな物言いだった。
    「神相撲以外にレンレに何かしてほしいとかは無いし、君たちや君たちの親方に危害を加えるつもりも全くないぜ?」
    「結界の修復も一瞬ではないんだ」
    「それは申し訳ないことをしたね。今後控えよう」
     シガーはため息をひとつついて、呆れながら「もし次があるのなら、そのときは連絡をしてくれ」と伝えた。ショットが「そう言って何企んでやがる」などパリングスティールに二言三言文句を言いつつ、非常階段を利用してそのまま解散となる。
     立ち去る煙崎達の背を見送り、志染とパリングスティールが残される。
    「……どうだった?レンレとの神相撲は」
     問う。
     本当に剛力神だった。俊敏で力強さがあった。まるで無貌のその顔がミステリアスだった。半透明の肉体が宝石のようだった。楽しそうに戦う様が愛らしかった。美しかった。忘れられない神相撲になる。その全ての想いをただ一つの言葉に込める。
    「強かった」
     この鮮やかな記憶と想いを劣化させたくない。この気持ちを宝物として持ち続けたい。永遠への願いを秘める志染に、パリングスティールは「そうか」と満足そうに頷いた。
    「さて!そろそろ部屋に戻っておかないと、カイユウの母君が驚いてしまうだろう」
     施錠された正門を乗り越え、晩夏の帰路につく。
     彼女を想えば思い出せるように、失いたくない高揚感を見つめ続ける。口数は少なく、あの躍動を反芻して心に焼き付けた。
     いつか永遠にするために。
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