芽白の指導をしていたのだが、里は隣で打ち込みをしている輝を見る。どうも先程からぼぅ、と魂が抜けたような……集中出来てないのは目に見えてわかっていた。まぁ、無理もない。先程の出来事を思い出す、輝は天寿紅の弟子である奏芽の胸に触れてしまったようで、そこで奏芽が女性と分かった事と、体に触れてしまった事に考え込んでしまっているのだろう。
だが、里はチラリと芽白の様子を見る。芽白は輝が修行に身が入ってないのを見抜いたのだろう、竹刀を片手に音もなく輝の側へ行く。芽白の修行はスパルタだ、一時も気が抜けないため、芽白が音もなく近寄ったとしても、それを感じ取らなければならない。里はそのスパルタのおかげか、芽白がそうして近寄ってもすぐに感じ取ることが出来ていた。
しかし、輝は先程から集中してないせいか全く気づく様子もない。里があわあわしている横で、輝の背後を取った芽白は、勢いよく脇腹に竹刀を当てた。突然の衝撃に、輝は脇腹を押さえながら蹲った。
「いっ……!」
「おまえ、さっきから集中してないね。やる気ある? さっき転んだのまだ気にしてる訳? もう奏芽に謝ったんでしょ。切り替えなよ」
芽白の言葉に、里はあれ、と感じた。もしかしてただ転んだだけと思っているのか、と。真実を知らせない方がいいのだろうか、と里が悩んでいる横で、輝は慌てたように話す。
「だって! 女の子にあんなことしたら!」
その時、ヒュンッ、と風の音がしたかと思うと、輝の目の前に竹刀の先がギリギリ当たりそうな距離に突きつけられていた。横で見ていた里も、思わずヒュッと空気が漏れた。固まっている輝の目の前で、芽白が口を開く。どことなく、目が恐ろしく見えた。
「は? おまえ奏芽になんかしたの?」
「え、と……その……」
芽白の気迫にやられたのか、どもってしまう輝。その時、芽白は里を見た。
「里、おまえ俺より少し先に着いてたよね? 何か知ってるでしょ? 顔に出てるよ」
輝は何か目で里に訴えかけていたが、隠していた方が面倒くさい事になる、と里は輝に謝りつつ口を開く。
「……寺門さん。あの、実は……。奏芽さんと輝くんが転んだ時……輝くん、奏芽さんの胸を触っちゃったみたいで……。俺が見た時は、もう天寿紅さんとえーじが二人を起こしてたんですけど……その後それを聞きました……」
里の言葉を聞いて、芽白は輝の顎下に竹刀の先を優しく当てた。固まる輝に、芽白は穏やかに話した。穏やかだったが、声は少し冷たかった。
「胸、触ったの?」
「ガッツリじゃないです! ガッツリじゃないです!」
「でも固まってたからすぐ離した訳じゃないよね……?」
「里さんっ! 俺が死にます!」
里が余計な一言を言ったからか、輝が慌てて言うが、ますます竹刀の先を移動させていく。喉元まで当てた時、芽白は話す。
「そうゆう問題じゃないんだよなぁ」
「すいません!」
その頃、奏芽は芽白に電話をしていた。天寿紅から電話した方がいい、芽白は事情を知らないから説明して、輝にあまり言わないようにって言った方がいいと言われた為だった。電話なら芽白と話す時緊張しない、顔を見ないようにしなくていいからだ。少しの呼び出し音の後、芽白が電話に出た。
「もしもーし?」
芽白の声だ、奏芽は口を開く。
「すみません、奏芽ですけど……。今お電話大丈夫ですか?」
「んー、まぁいいよ。俺も聞きたいことあったし、奏芽、輝に胸触られたんでしょ。なんで俺に言わないの」
芽白から奏芽という言葉を聞いたからか、輝が少し慌てだした。もしかして、いま輝は叱られているのだろうか、と奏芽は思い口を開く。
「事故でしたし……、わざと触った訳じゃないのが分かってたので。別に怒ってませんよ」
「……奏芽、少しは気にしようよ」
「悪意があったら締めてます。……あの、輝くんに代わって下さい」
「……はぁ、分かった」
芽白はそういうと、スマホを輝に渡す。輝は混乱しつつ、電話を代わった。
「も、もしもし……」
「輝くんですか、奏芽です」
「あっ……! ほ、ほんとにすいません……!」
やはり怒られていたか、と奏芽は思いつつ口を開く。
「いいですよ、先程だって謝ってくれたじゃないですか。綺麗な花束もわざわざ用意してくれて……元から怒ってませんし、もうこの話はおしまいです。この出来事のせいで、輝くんと気まづくなるの、嫌ですし」
「……ありがとうございます……」
「はい、またよろしくお願いします。芽白さんに代わってください」
そう言うと、すぐに芽白に代わった。
「話は終わったので、それ以上輝くんを虐めないでください」
「別に虐めてないよ。けど、弟子の不始末は師匠が責任とらないと行けないから、また後でお菓子持ってくるよ」
「本当にいいんですけど……」
そうして少し話した後、電話を切る。そこまで気を使わなくてもいいのに、と奏芽は思いつつ天寿紅に話すために天寿紅の所へと行った。一方、電話を終わらせた芽白は、輝を見た。
「まぁ、解決したならいいけどね。だけど、ちゃんと報告するように。里もだよ」
「すいません……」
「はい……」
「まぁそれはそれで、気が抜けてたのは見過ごせないから、今から俺と打ち合いしようか。輝」
「えっ……」
「里は審判ね」
「は、はい」
芽白に逆らえないと感じた里は、そう返事するしか出来なかった。芽白の打ち合いは容赦がないため、後で治療する準備をした方がいいな、と思った。