お礼をするために リヒトは執筆中である琥珀のいる部屋の前でウロウロ、とあっち行ったりこっち行ったり、と落ち着かない様子でリヒトは考えていた。この前、高いところに置いてあった本を取ってくれたサクリにお礼がしたいのだ。
いつも怖いと思っていた相手が、あの時は怖いと思いつつも怖いだけではないと思ったのだ。だからこそ、サクリの事をよく知っている琥珀に聞きたいのだが、今こうして入ろうか迷ってどのくらい時間が経っただろうか。
このままでは埒が明かない、とリヒトは恐る恐るドアにノックを数回する。琥珀が執筆中の時は必ずノックをして入らないと不機嫌になるのだ。普段からノックをしてから入るリヒトにとっては心配のいらないことだが。少しして返事が聞こえたため、リヒトは恐る恐る入った。
「あ、あの、琥珀さん今大丈夫……ですか?」
「ん、今キリのいい所まで書いたから大丈夫。どうした?」
琥珀は入ってきたリヒトの様子を見るように顔を上げた。リヒトはもじもじ、と指を絡めつつ言おうとして言葉が出ない様子だったが、琥珀は黙って見ていた。少ししてリヒトがゆっくりと口を開いた。
「あ、あの、琥珀さん。この前……サクリさんが高いところに置いてた本をとってくれて……」
「そんな事あったのか」
「そ、それで、お礼したくて。でも何がいいのか分からなくて……」
サクリにお礼がしたい。ただ、言葉だけなのは申し訳なく何か相手が好きそうなものを贈ろうかと考えていたのだ。琥珀なら何か知ってるだろうと思って聞いたが、それを聞いた琥珀は少し笑う。
「……だってよ、サクリ」
琥珀はリヒトの言葉に笑って自身の影を見る、リヒトは琥珀の言葉に心臓が跳ねるほど驚いた。まさか今、サクリがいるのか? と。少し琥珀の影が揺らいだような気がして途端に顔を真っ赤にするリヒト、話の内容を聞かれた、と。
「え、あっ……!? ほ、本人に聞かないでください……!」
そう言って琥珀の返事を待たずに部屋を飛び出したリヒト。琥珀はそんなリヒトの後ろ姿が消えた後、影の方への顔を向けようとした時、琥珀の影からサクリが出てきた。
「……ってわけだが。……本でもお前なら読むだろ?」
「まぁな」
そう言ってサクリは本棚から本を取り出すと、部屋に置いてある椅子に座り本を読み始めた。琥珀は後ろを向いて話す。
「リヒト、お前に懐くかもな」
「興味無いね」
これ以上サクリの読書の邪魔をするわけにもいかず、琥珀はパソコンに向き直ったが、あとでリヒトにお勧めの本を渡すのはどうだろうか、と提案しておくかと思いつつ執筆作業に戻った。