一夜の物語 琥珀が創務省を出た時にはもう夜が深まっており、空には綺麗な半月がくっきりと見えていた。琥珀は家路に着こうと道を歩いていたが、この前通った細い道に目がいく。あの時であったニジゲンは居るのだろうか、とこの前のことを思い出す。
あの時は名前を知らなかったため、帰った後にサクリに聞いたのだ。そしたら眉を顰め、呆れたような、面倒くさいことになった、と言わんばかりの表情をされてしまった。
「エリーに聞け」
サクリはその一言を言って琥珀の影に潜ってしまった。エリーが相手の作画を担当したのか、と納得してしまった琥珀がいた、確かにエリーがデザインしそうな人物だったから。どっちにしろ、エリーに作り置きを渡す予定があったため、そのついでに話を聞こうと思った。
エリーにいつものように作り置きをわたすついでに、ニジゲンのことを聞いた。エリーは色々説明をしてくれたが、彼の性癖の話は琥珀にとってはよく分からなかったが、相手の名前は知れた。「オプスキュリテ」という名前だった。
サクリとも因縁があるということで、サクリのあのような態度の理由がなんとなくしれた。名前を教えてくれたエリーにお礼を言って、そのかわりに次作る作り置きのリクエストを聞いてからその場を後にした。
そんな事を思い出していた琥珀は、特に約束をしたわけではなかったが、もしかしたらいるかもしれないと、根拠の無い予想でまた細い道を歩いた。今日は雲がないからか、月明かりが薄暗く道を照らす。
あの人気のない公園に着いた、相変わらず辺りは静かで、自動販売機の明かりと、少し心もとない街灯の光だけが照らされていた。
琥珀は自動販売機で自分用の飲み物を買った時、ふと視線を感じて感じた方へ顔を向けると、会えたらいい、と思っていた相手がいた。あの時と違うのは、最初から男の姿ということだろう。
「こんばんは、オプスキュリテ」
「……名前を聞いたんだな、誰だ。……あいつか」
「エリーさんに聞いた」
そう言うとオプスキュリテはやはりな、という表情をする。琥珀は前と同じお茶を買って相手に渡した。相手は素直に受け取ると、ペットボトルの蓋を開けた。パキッ、と開いた音がなった時、どこかオプスキュリテが楽しそうな雰囲気を感じ取った。もしかしたら、蓋を開けるのが好きになったのだろうか、と。
「もし時間があるのなら、この前の【Frey】の続きを話せるが、どうする?」
「……お前がそういうのなら、聞いてやらんこともない」
そう言ってベンチに腰掛けたオプスキュリテの隣を座る琥珀。さて、どの話からしようか。琥珀は考えた後、この前の話の流れを思い出して、あの話にしようと思い口を開く。
「なら……フレイがリヒトと出会ってから初めて二人で訪れた国の話から」
不定期とはいえ、一夜の時間に物語を語るなんて。どこか物静かで、けれど心地の良い時間かもしれない。すると、オプスキュリテが口を開いた。
「お前、俺が無免連と分かってるのだろう。敵が隣にいるというのに、何故刃を向かない」
「……今はそういうのは関係なく、俺が話したいと思ってるから。それに、あんたは俺の前で何もしてないだろう、何もしてないのに刃を向けるのはしたくないだけ」
恐らくこの考えは甘いだの思われるだろうな、と琥珀は思っていた。オプスキュリテは琥珀の言葉になにか思うところがあるのか分からなかったが、それ以上何も聞いてこなかった。琥珀は仕切り直し、と一呼吸置いて口を開いた。
「リヒトを引っ張って国を飛び出して、その後に地図に示された場所に向かったフレイとリヒトが───」
琥珀は物語を語り始めた。