ノンアルコールカクテル 琥珀は逃げていた。というのも、今日は午後、それも遅い時間に巳神からの診察を受けていたのだが、いつもの様に手錠と足枷を出してきたので琥珀はお金を置いて逃げた。そして今、追いかけられてる気配を感じていた。後ろをむく勇気はない、後ろをむく暇があるのなら、そのまま逃げた方がいいからだ。
どこか物陰に隠れようか、なんて思ってふと、上をむくと誰かが琥珀に向かって手を振っていた。その相手に見覚えがあった、確かここにいるニジゲンだ。派閥は巳神とも、琥珀とも違うけれど。
あそこに来いと言っているのか、と琥珀は考える。相手は二階の窓にいる。どうにか二階に登らなければならない、周りを見ると丁度相手の窓の近くに少し大きい木があった、木を登るかと琥珀は幹を掴む。早く登らないと相手が追いかけてくる。
なんとか登り、そっと二階の窓からゆっくりと入った。相手のニジゲン───たしか名前はテラーと聞いたことがある。琥珀は眉を顰める、どこか服装が違うように見えたのだ、確かコートを着ていたようなきがするが、今の相手の格好は黒いベストにリボン、そしてシャツ。どこかその格好がバーにいる人のようにも見えた。
【追いかけられてましたね】
「……すみません、ありがとうございます」
助けてくれたのだろうか、なんて琥珀は思っていると相手は琥珀を案内するように歩き出した。出口に案内してくれるのだろうか、なんて思いながらついて行くと、二階から三階に連れられていく。
あれ、と琥珀が思っていると食堂らしき扉を開けるテラー。食堂はとても広く、まるで会社の食堂の広さだ、と思いながら周りを見ると、テラーは一角に作られていたバーのカウンターに立つ。
琥珀は座っていいのだろうかと思いつつそっとカウンター席に座る。棚に並べられたラベルの貼られた酒をぼんやりと眺めた、色んな種類があるなと。
【せっかく来たので、度数の低いものもだしますよ】
「あー……」
琥珀は困ったように笑う、琥珀は酒が飲めないのだ。お猪口一口飲んだだけで既に酔うのだ、しかもその後の記憶もない。だから、自分が酔った時何をしでかしているのか分からないのだ。琥珀の反応を見てか、テラーは続けた。
【ノンアルコールドリンク同士のカクテルもお出しできますよ】
「……あ、それで」
酒など詳しくない琥珀は、そう言った。相手のおまかせは一体どんなのが出るのか。しばらくすると、逆三角形のカクテルグラスに注がれたノンアルコールのカクテルが琥珀の目の前に置かれる。見た目はオレンジジュースにみえ、琥珀はそっと飲んだ。
「……美味しい……」
甘酸っぱいのだが、レモンの酸味が効いていて爽やかだったのだ。レモンと、オレンジジュースと、何が入っているのだろうとまた飲んでいると説明してくれた。
【そのカクテルの名前は『シンデレラ』って言います。一番有名なノンアルコールカクテルですね、オレンジジュースと、パイナップルジュースと、レモンジュースが入ってますよ】
「……あぁ、なるほど……」
シンデレラ、あの童話の名前から取ったのだろうかとぼんやりと考える。それにしても美味しい、と琥珀がどこか嬉しそうに飲んでいると食堂の扉が開いた。まさか、と後ろを向いて、どこかほっとした。
「あれ……琥珀兄さんいる……? あ、いいなー、お酒飲んでる」
【未成年は水ですよ】
「ちぇ……」
その相手は灰純だったのだ、灰純はそう言って琥珀の隣に座った。そんな灰純の様子に笑う琥珀、お酒じゃない、と言ってカクテルグラスを灰純に渡した。灰純は一口飲んですぐに気づき、グラスを二度見する。
「え、あれジュース?」
「俺は酒が飲めないからな。……あ、そうだ。あの……」
琥珀は何か考えついたのか、テラーにひそひそと小声で何かを言う。テラーはそれを聞いてなにやら準備すると、灰純の前に差し出す。その飲み物は、暖かそうな湯気が立っていた。ぶどう色の飲み物には、半月切りにしたオレンジや、ブルーベリー、いちごなどが入っている。
「……これ……?」
【サングリアですよ、赤ワインではなくぶどうジュースですけど】
「俺からの奢りだ」
「え……!」
そう言うと灰純は嬉しそうに飲む、そんな様子を見て琥珀は笑った。灰純が飲んでいるのも美味しそうに見えたからだ。
「あの……」
【純と同じのですか】
「あ、お願いします。……創が好きそうだな、こういうの」
「創の旦那はだめ、出禁してるから」
「……何かあったのか……」
何をやらかしたんだあいつは、と琥珀は頭が痛くなった。