分からないことだらけだ───八重が無免のニジゲンの攻撃で負傷した。
凪は黙ってマキナである刀を片手に走り出す。攻撃が来た時、咄嗟に八重の腕を引っ張ったが、それでも当たってしまった。
らしくない、凪はそう思った。いつもの八重だったら、攻撃を受け流せたはずだ。それなのに、先程の反応はどう見ても遅れていた。八重の顔を見た時、呆然としていたのだ。らしくない、あんなの八重らしくない、と凪は刀の握る手を強める。
自分も反応が遅れたことに怒りが込み上げていたが、八重のサポートを任されているリヒトにも怒りが込み上げていた、なにやってるんだ、と八つ当たりしそうになったが、それよりも目の前のニジゲンをどうにかしないといけない。
もし、羽紅が居たら八重に怪我などさせなかったのだろう。そう思うとますます悔しかった。自分の無力さを、痛感したような気がするから。
それよりも、と目の前のニジゲンをみる。自分らよりも体が大きく、所々包帯を巻いていた。先程の攻撃からして、パワー型かと凪は見た。
スピード型じゃないだけマシだ、と凪は走りながら構える。あの図体ではこちらの方が素早い。凪はすぐに足元に走り出し、足を斬る。
「ちょこまかとぉ!」
ニジゲンが怒った様子で暴れ出す。凪はそんな様子にニヤリと笑う。
「はっ、おせーの」
だが動きは止めて欲しい、と思った時、後ろから声が聞こえた。
『光の、その先へ!』
リヒトの声だ、と凪は遠く思う。最初からしろ、なんて思ったが、声が迷ってなかった。先程の怯えた様子ではないように聞こえる。すると、頭上から誰かの攻撃がニジゲンに当たる。どう見てもリヒトのではない。ニジゲンも不意をつかれたのか動きをとめた。
誰だ? と思ったが凪にとっては好都合だった。そのまま駆け出して刀を力いっぱい振り下ろした。丁度胸あたりを攻撃され、ニジゲンは片足を地面についた。そんなニジゲンのそばに近寄り、足を刺した。
「なに休んでんの? まだ終わらないんだけど」
こんなもんじゃないでしょ、と凪は笑って刀をまた振り下ろした。
「凪くーん、それもう動いてないよ。」
八重の声が聞こえて凪は振り返る。負傷した手をなんなく動かせてる様子から、リヒトが治療したのだろう。先程のニジゲンは凪が切り刻んだのか動かない。殺してはないが、凪のマキナの刀はインクでべっとりと汚れており、それを見たリヒトが思わず八重の後ろに隠れた。
「八重さん! あ! 怪我は大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫。リヒトくんのおかげでね」
それを聞いたリヒトが照れくさそうに笑う。今回ばかりは治療も攻撃もできるリヒトに感謝しないと、と凪はリヒトを見る。
「お前やればできるじゃん」
「え、あ、はい……」
そう言われつつリヒトは八重の後ろに隠れる。そのビビりさえなければ、とため息を吐いたあと、凪は八重を見た。
「……八重さん、どうしたんですか。らしくない、さっきのだって八重さんなら受け流せたはずだと思いますけど」
「んー、僕も歳かもねぇ」
嘘だ、と凪は思った。もし相手のニジゲンがスピード型だったら、分からなくもないが、相手の最初の攻撃を自分と八重は受け止めたのだ。片目が見えていない自分ですら、出来たことだ。最初のは受け止めきれて、先程のは歳で出来なかった、なんてどう考えてもおかしい。
そもそも、今日の八重の様子はおかしい。どこか遠くを見て考えてたり、さっきみたいに攻撃を受け流せなかったり。けれど、それを聞いても目の前の相手ははぐらかすのだろう。
まさか無免のデモに動揺でもしてるのだろうか。考えれば考えるほど、凪は分からなかった。
「……八重さん」
「ん? なに?」
「……とりあえずこのニジゲン、拘束しますか」
八重が何を感じているのか分からない、と凪は八重の顔を見ることが出来なかった。