「鈴鹿、話したいことがあるけど……」
とある昼間、琥珀はそう言って目の前にいる鈴鹿に声をかける。鈴鹿はなんだろうか、と見ていた資料を閉じて琥珀に向き直す。
「で、なに?」
「……父さんに会って欲しい……って思って」
「……琥珀の?」
鈴鹿の言葉に頷く琥珀。鈴鹿とこういった仲になった時、仕事の関係等で限られた人達に鈴鹿の事を話したのだが、自分の父親には何も話してなかった。
鈴鹿は更々自分の家の人達に琥珀の事を話す気はないらしく、そういった話題も出なかった。琥珀自身も、自分の父親に鈴鹿の事を話すか迷った、けれど、いつまでも隠すのも居心地が悪い気がしたのだ。
創に相談した時は、琥珀が話したいなら話してみたら、と言われたものだ。あとは鈴鹿が、琥珀の父親に会いたいか、というわけだ。暫くの沈黙の後、鈴鹿が頭をかきながら、どこか緊張したように口を開く。
「……めっちゃ緊張するんだけど……」
「あ、嫌なら別にいいんだけど」
「嫌じゃないけど? ただ、琥珀のお父さんって話した事ないからどんな人だろうなってだけで」
「実は俺もあんまり……」
どんな人か、実の所琥珀も父親の事を何も知らなかった。小さい頃から仕事が忙しく、あまり遊んでもらった記憶もない。母親と離婚してから父親が琥珀の事を引き取ってくれたが、それでも一緒に家族団欒をしたかと言われると、相変わらず父親は忙しかった記憶しかない。
唯一、話したと言えば琥珀が認可作家の免許を取った時、お祝いで懐中時計を貰った時に話したくらいだ。高校は寮に住んだため、長期休みにしか家に帰ったことがなく、高校卒業した後はそのまま一人暮らしをして今に至る───というわけだ。たまに連絡を取ったりするが、それも事務的な会話になってしまっている。創からはたまにだが父親と話すらしく、寂しそうにしてると聞いていた。
「……今度、行こうか」
「いいのか?」
「いいよ、琥珀のお父さんに会いたい」
「……なら連絡とる」
突然の申し出だというのに、笑って答えてくれた鈴鹿に感謝しつつ、琥珀は久しぶりに父親に連絡をとる。電話に出た父親は驚いていたが、どうやら今仕事も落ち着いているらしく、今度の休みに会うことになった。
休日、琥珀の父親が住んでいるマンションへと行く。いつもパーカーを着ている鈴鹿が、今日は落ち着いた雰囲気の服を着ていた事に、どこか新鮮な目で見てしまう。
「いつもの鈴鹿じゃないみたいだな」
「……挨拶するんだし、いつものパーカーで来る訳にはいかないだろ」
「それもそうか、もう連絡してるから鍵は空いてるって」
そう言ってからマンション内を入り、父親の住んでいる扉の前に立って開けた。
「父さん、ただいま」
扉の開ける音が聞こえたからか、奥の扉から中年の男性が出てきた。中年と言っても、髪型も服もきちんとしているからか、若く見える。短い黒髪に赤い目、顔立ちから琥珀は父親にそっくりなのは鈴鹿から見てわかった。父親は、琥珀を見て、そして鈴鹿を見て口を開く。
「おかえり琥珀。……君が琥珀が言っていた鈴鹿くん、かな。初めまして」
「初めまして、御手洗鈴鹿です」
「……まぁ、玄関先ではなんだ、上がりなさい」
リビングに入り、ソファに座ってお互い向き合ったまま沈黙が流れる。チク、タク、と時計の音が静かに響く中、琥珀が口を開く。
「……父さん。……その、俺、彼と付き合ってます」
「……」
琥珀の父親は黙って二人を見ていた、怒ってる様子も、怪訝そうな様子でもない。ただ、ほんの少しだけ目を見開いて驚いていた。琥珀は言葉を続ける。
「……えと、父さんがどう言おうが、俺は彼の事が……好き……だから。…………」
ちらりと見た鈴鹿は、琥珀の手が震えている事に気がついた。それもそうだ、誰だって緊張はする。同性同士など、最近は理解が増えてはいるが、一般的ではない。不安でたまらないだろう、鈴鹿はそっと琥珀の手に自分の手を重ねた。そんな時、琥珀の父親が口を開く。
「……琥珀、鈴鹿くんと話がしたいけれど……。席を外してもらってもいいかい」
「えっ……」
「……琥珀、大丈夫だから」
「……。……わかった」
まさか父親がそんなことを言うとは、琥珀は頭が真っ白になりそうだったが、鈴鹿の顔を見て、そして父親が怒ってる様子じゃないのを見て席を外す。部屋を出たあと、すぐ近くの床に座った。もし父親がなにか言い出したら、すぐさま部屋に入れる様に。琥珀はそっと聞き耳を立てた。
琥珀の父親は、目の前にいる琥珀が連れてきた目の前の相手───御手洗鈴鹿をじっと見ていた。久しぶりに連絡が来た息子から、会ってもらいたい人がいると聞いた時は驚いた。自分の息子である琥珀は、女性が苦手だ。苦手と言うよりか、恐怖症と言ってもおかしくはない。
その原因を作ったのも分かっていた。もっと自分が寄り添えていたら、と何度も後悔したこともある。一度トラウマになってしまった事は、そうそう治らない。中学、高校、成人───年月を重ねても、琥珀の女性恐怖症は治ることはなく、認可の仕事が立て込んでいるからか、会うことも極端に減り、近況を琥珀の親友にしか聞くことが出来なかった。
琥珀には無理に恋愛をしなくてもよいと思っていた、確かに孫がほしくないのかと言われると、欲しい時期もあった。けれど、無理に結婚させるなんて、そんな酷なことさせれる訳もなかった。そう思ってからか、あえてその話題を避けていた。
そう思っていたからこそ、目の前の彼に驚いていた。あの琥珀が、好きな人を連れてきたのだ。同性だろうが、嫌悪感どころか嬉しくて泣きそうな気持ちになる。
けれど、不安もある。本当に、彼と一緒にこれから人生を歩ませていいのか、と。そう思った時、勝手に言葉が出た。
「……鈴鹿くん、君は琥珀をどうしたいかな」
「琥珀さんを幸せにしたい一心です」
そう言って自分を真っ直ぐ見てくる彼。彼の言葉、気持ちは一途で真っ直ぐで、どこか目を細めてしまう。彼と付き合っている、と言っていた琥珀も、自分の事を真っ直ぐと見ていた。息子の顔をきちんと見て話したなどいつぶりだろうか。それだけで、もう答えは見えていた気がする。
「……あの子を本当に幸せに出来るかい。……って言おうかしたけど、あの子の目を見たら、そんな事言う必要も無いって分かったよ」
───琥珀のことを、よろしく頼みます。
そう言って、くしゃり、と笑った。