二人でこれから見る明星 今住んでいる家の出窓から、綺麗な月が綺麗に見えていた。今日は珍しく雲ひとつなく、月がみとらや、みとらの隣にいる幼なじみ、そしてバディを組んでいる慈々を照らす。窓を眺めている慈々の横顔を横目で盗み見た。
慈々とは、お互い子供だった頃に出会ったことがあった。出会ったと言っていいのか、分からないが。あの時はお互い窓越しの交流をしていたから、みとらが紙飛行機を飛ばし、慈々が返事を書いてまた飛ばす。その繰り返しだった、あの頃は慈々の事を女の子としてみていた。かわいい女の子、子供ながらに、いつの間にか惹かれていた。いつか自分が大きくなったら、告白したいとすら思うほどに。慈々が自分にとっての初恋になった。
だからこそ、慈々と再会した時には驚いてしまった。そらそうだ、ずっと女の子だと思っていた相手は男だったのだ。しかも、複雑な事情により、自分よりも小さく、まるで子供のあの頃の大きさから成長が止まっているとのことに。
はっきり言うと、自分の恋は叶わなくなった、と思った。慈々の事はもちろん大事だ。大事で、そばにいてもいいと思うほどに。驚いたのは事実で、はっきり言うとショックを受けたが、それでも慈々の事が好きなのだ。
けれど、慈々もだが、みとらも異能レベルの高さゆえ、短命だ。もしかしたら、慈々よりも先に自分が死ぬ可能性だって充分にある。その時、慈々の隣には誰もいなくなる、と、みとらはそこが気がかりだった。
だから前から口にしていたことだが、自分の夢は、慈々に好きな人が出来て、その人と幸せになって欲しい、と願ったのだ。
慈々の好きな人がもし自分だったら、と思ったことがあるのだが、自分が慈々を幸せに出来るなど思っていなかった。心のどこかでは、今この時間のように、慈々の隣にいるだけで満足しており、慈々好きな人ができるまでそばにいよう、と。
けれど、月明かりに照らされてる慈々の顔を見て、口が勝手に動いた。
「月が綺麗ですね」
シン、と空気が静まった感覚に包まれた。月が綺麗ですね、は有名な文豪が、ILoveYouの意味を月が綺麗ですねと訳しなさい、と言ったことが由来だ。その事は知っていたのだが、自分はなんて言った? と頭の中で焦ってしまった。けれど、みとらは慈々から目を離すことなく見る。慈々がどういった反応をするのか分からず、怖い。すると、慈々はみとらの顔を見て言う。
「こっちに来てごらん。星も綺麗だよ」
慈々の言葉にほんの少しだけ目を見開いた。そう、月が綺麗ですねと同じように、返事もあるのだ。みとらは星も綺麗だ、という返事の意味を知っている。まさか慈々がその返事を知っているとは思わず、信じられないかのように、口がなかなか動かなかった。
そして、みとらは慈々のそばに近寄り、そっと手を握る。
「……慈々と夜明けの明星が見れたら嬉しい」
星も綺麗だ、は私も愛している。それに対して、夜明けの明星が見たい、はずっと隣にいさせて欲しい、との返事だ。返事を知っているくらいだ、今自分が言った言葉の意味も知っているはず。握っている手が震えてしまう。
すると、慈々がしゃがんでほしいのか、片手を伸ばしてきた。それに気づいたみとらは、慈々の目線に合わせるようにしゃがんだ。そして、慈々はみとらの頬に手を添えたかと思うと、じっと見てきた。
「明星だけで満足かい」
どことなく、慈々が笑ってるように見えた気がした。みとらは、今初めて知った。もしかしたら、慈々も自分と同じように、初めての恋の相手だったのではと、そう思ってしまった。
胸が熱くなる、それが溢れ出すかのように、みとらは慈々を抱きしめた。
「……慈々の隣にずっと居たい。あの時からずっと好きだったんだ」
──あの時、初めて会った時、紙飛行機で文通しあった時。ずっとずっと、慈々の事がすきだった。
いいのだろうか、これからも自分が慈々の隣にいていいのか。それを見越したのか、慈々が話す。
「なら俺が『いいよ』と言うまで生きていて。俺のことが好きだと言うなら、俺より先に死なないで。ひとりは嫌いなんだ」
「……」
慈々からしたら、自分のことは何でもお見通しらしい。自分があの夢を語った時、心のどこかでは臆病な気持ちがあったことを、慈々は見抜いたのだろう。怖かった、慈々といたいけれど、その未来に自分が先に居なくなるのでは、との臆病な気持ちに。
みとらは少し離れ、小指を差し出した。
「……うん、約束する。……慈々と共に生きるよ」
「……やっと本音出したね、とらくん」
月明かりが優しく照らし、窓から入り込む。誰も知らないその時に、二人にとってかけがえのない、大事な約束がそこで生まれた。