私と貴方の未来のお話※慶くん視点
君はまだ目覚めない。
治療法がないのだから当たり前だけど。
そして先日の不思議な夢を思い出す。
過去の梨宮とデートをした、胸がほっこり温かくなるのにキュッと苦しくもなる。
当たり前にずっと側にいて声をかければ返してくれる頃の梨宮の姿は懐かしく疲れ果てた俺の心は癒された。
我儘だと分かっているけど君を諦める事を諦めるよ。
医師になんと言われようとも…もしかしたら明日にでも梨宮を救える治療法が出てくるかもしれないから。
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諦めないと改めて決意してからまた暫く時が経った。
相変わらず梨宮は眠ったままだ。
けど、その間何もなかったわけじゃない。
原因不明だった病気は原因が分かり治療が施された。
植物状態になって暫く経つ梨宮が目を覚ますのかは分からないけど、一時期より状態はよくなっている。
今も側からは普通に眠っていていつ起きだしてもおかしくないように見える。
「おはよう、今日もいい天気だよ。梨宮は気持ちよさそうに眠っているね」
いつものように、なんて事ない日常の話をする。
職場でおかしくて笑ってしまった話、通勤時に見かけた猫の話、久々に失敗した料理の話、梨宮が目を覚ましたら連れて行きたい場所やしたい事。
そして話しているうちに眠ってしまったらしい。
ハッとして慌てて起き上がる。
眠ってからどれほど時間が経ったのかと時計を確認しようとして、ふと視線を感じた方を見る。
「……っ!」
今、目にしている事が夢なんじゃないかと恐る恐る梨宮の手を取るとピクリと反応する。
夢じゃない。
じわり、じわりと安堵感が胸を押し寄せ担当医師を呼ばなければと思うのに君の手をぎゅっと強く握ったまま動けないでいた。
「…やっと起きたの?梨宮は本当に寝ぼすけさんだね」
なんとか振り絞るように声に出すと涙が溢れてきた。
本当はもっと話したい事があるばすなのに。
すると梨宮も答えるように涙を流しながら微笑んだように見えた。
※梨宮視点
もう2度と会う事はないと思っていたのに。
彼の事だから私を探すかもしれない…けど、少しでも幸せになる道を歩んでくれる可能性があるならと一方的に別れを告げ傷付けた自覚もある。
どうしてこんな奇跡が起こったのか…?
私は未だに夢の中を彷徨っているのだろうか。
*
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目が覚めてからの日常は慌ただしかった。
どうやら5年以上も眠り続けていたらしい。
意識が浮上したと思ったら目の前に居たのは慶だった。
泣きながら微笑み寝ぼすけさんと言われ同じように微笑み返した後また眠りについた。
次に起きた時には医師や看護師も居て何がなんだか分からない状況のまま話を聞いた。
なんの奇跡か私は助かったらしい。
慶が頭を下げて延命治療をして欲しいと頼んできたという話を聞いたときは思わず泣き出してしまい、暫く話を聞けなかった。
その後はこれからの治療に関する話、眠り続けていたために落ちた筋力を取り戻すためのリハビリなどやる事はたくさんある、頑張っていきましょうという事で締められた。
それから退院した私は久しぶりの我が家へと帰ってきた。
「梨宮、疲れたでしょ?とりあえず座って。今飲み物持ってくるからさ」
「え、慶こそ仕事しながら手続きとか色々してくれて疲れてるでしょ?私が…」
「良いの!俺がしたいんだからさ。あ、そうだ!時間も時間だしご飯にしよ?梨宮が眠ってる間に上達した料理の腕みてよ」
「そう?ありがとう…それじゃ、お言葉に甘えようかな?慶の料理も楽しみだな」
にこにこと上機嫌にキッチンへと移動した彼は私に飲み物を持ってきてからまたキッチンへ戻り鼻歌混じりに料理を始めた。
時折こちらの様子を気にしながら料理をする姿が愛おしくて病気になる前の日常を思い出す。
それと同時に一方的に別れを告げ傷付けてしまった事も。
入院中は治療やリハビリでの目まぐるしい日々で先延ばしにしていた2人のこれからの事をこのままにしておくわけにはいかない。
今日こそちゃんと…この問答は何度目だろうか。
先延ばしにしてるとは言ったけど、本当は入院中だって考えていた。
でも、いざ慶を目の前にしたら言葉が出なくなってしまうのだ。
彼がこれから先の事を話すたび、それとなく話をそらしていたことには気付かれているのだろう。
高校からの付き合いなのだ、お互いに言わずとも伝わってしまう事はある。
それでも確信めいたことは何一つ話さないまま、少しのぎこちなさを残しての今なのだ。
私がこれから話そうとしている事はわがままなんだろうけど、でも今日こそ……
「……く…梨宮?ご飯出来たよ。…ぼーっとしてるけど具合でも悪くなった?病院に連絡しようか」
「っあ、ごめん…大丈夫、体調は良いの。ご飯出来たんだよね?冷めないうちに食べよう。…わぁ、本当に料理の腕上達してる!卵焼きもある!」
どうやら考え込んでるうちに出来上がったらしい。
慌てて箸を取るとテーブルの上には卵焼き以外にも私の好物が並べられていた。
「そう?なら、良いんだけど…ん、冷めないうちに食べて。卵焼きは梨宮の味付け真似てみた。」
「真似っこしたの?どれどれ…ん、うん、美味しいよ!すごいね、慶。私より料理上手になってるんじゃない?」
「はは、それ褒めてるつもりなの?」
私が食べ始めるのを見てから安心したように慶も箸を取る。
しばらく無言で食べ続けながら考える事は私が眠っていた間のこと。
別れを告げる前だって料理の手伝いはしてくれていたのだ、味付け担当は私だったけれど。
仕事が休みの日は慶がご飯を作ってくれる日もあった。
その時より確実に料理の腕が上がっていて安心する。
あぁ、ちゃんと食べてくれていたんだなと。
衣食住を疎かにして体調を崩してはいないか心配していたなんて伝えたら怒られるだろうか?
でも、心残りと言えば慶のこれからだけ。
私を忘れて欲しくないし他の人なんて選んで欲しくない、それでもこれからの長い人生を共に歩んで行けないのに縛り付けるのは違うと思った。
だからこそ何も相談せずに、あの雨の日に一方的に別れを告げたのだ。
もう逢えないと、これが最期なんだと自分に言い聞かせ涙を流さぬように歯を食いしばった。
慶は動揺しているようで何も言わぬまま今にも泣き出しそうな顔をしていて本当は抱きしめてあげたかった。
そんな事したら離れられなくなるのは分かっていたから逃げるように立ち去ったけれども。
だから今こうして居られる事が未だに夢のように思ってしまう。
また2人で食卓を囲むことが出来ている、なんて事ない日常の一部だけど…。
そんな風に考え事に集中していたら沈黙を破るように慶が話し出した。
「あ…ねぇ、梨宮?今度の休みにさ、人呼んでも良い?タツミ達が快気祝いしようって盛りあがってて…梨宮は病み上がりだし疲れるからって断ったんだけどね」
「タツミさん達が?ううん、それくらいで疲れないよ。嬉しい」
「本当?じゃあタツミに連絡入れとこ。…あ、食べ終わってるじゃん。えらい、えらい、食器片付けるね」
「うん、楽しみにしてる。それとご馳走様でした。美味しかったよ!あ、慶!片付けくらい私にさせて」
慌てて追いかけるようにキッチンへと向うけど結局はいいよいいよと追い出されてしまった。
心配症が加速してるのかな?
不安にさせた私の自業自得なのかもしれないけど今の状況がおんぶにだっこで罪悪感しかない。
仕方なしにソファへと移動して見たい番組があるわけでもないのにテレビをつけてみると棚の上には見知らぬぬいぐるみ。
片付けが終わったのかマグカップを両手に持ちこちらに向かってくる慶に思わず問いかけてしまう。
「ねぇ、慶?このぬいぐるみ…前からあったっけ?」
「はい、ココア。ん?あぁ…俺もよく覚えてないんだよね。多分ゲーセン行った時に取ったと思うんだけど。でも梨宮の好きなタイプのぬいぐるみでしょ?」
「ありがとー。うん、好きだけど…よく覚えてないんだ?……老化?」
冗談交じりにからかったら手が伸びてきたので思わず目を閉じると思い切り頭をわしゃわしゃされた…。
髪の毛ぼさぼさ…。
「ったく、俺と梨宮は同い年だからね?」
今度は呆れたように頭をぽんぽんすると当たり前のように隣に座る慶を見つめる。
話すなら今だろうか?
さっきいつまでも先延ばしてはダメだ、今日こそって決めたでしょ。
このままにしても自分が苦しくなるだけなんだから、よし!と意味もなく気合いを入れる。
「分かってるよ〜ごめんね?……あのね、慶。話があるんだけど、聞いてくれる?私達の…これからの事…」
「勿論聞くけど、これからの事って何?俺は梨宮と別れるつもりはないよ」
ぴしっと強ばった顔になった慶はそれでもハッキリと意志を示す。
「うん…えっと、あのね…まずは謝らせて?入院中は…こういう話しなかったから…。勝手に自分で決めて、慶に相談もしないまま諦めて傷付けてごめん。いっぱい苦しめたと思う…許してくれなんて言えないし、改めて別れてって言われたら私は従うしかないと思う。それだけの事をしたって自覚があるの」
「だから、俺は別れるつもりは…!離れる事の方が許せないよ」
苦しそうに吐き出す慶の声を聞いて思わず言葉が詰まるけど言わなきゃ…。
ぎゅうっと己の手を握りしめながら俯きそうになる顔を上げる。
そして真っ直ぐに慶を見つめながらその頬に涙がこぼれ落ちていくのに気付くと手が伸びていた。
「うん、私も別れたくない。慶が諦めずに待っていてくれたから、また…こうやって逢えて、触れられる。わがままだって分かってるの、でも私だって慶と一緒にいたい。離れたくなんてない。」
こぼれ落ちる涙を拭いてあげながら本音を吐き出す。
結局ぐだくだ悩んだって答えは一つなのだ。
一方的に別れを告げて傷付けても慶と歩む道があるんだと分かった途端離れることなど出来ない。
なんて勝手なやつなんだろうって思うけど、仕方ない。
慶との出会いは驚いたけどそれからの日々は私にとって唯一の人と過ごす大切な時間だったのだから。
学生の頃はこれから先の事を決めつけるほどの自信なんてもちろんなかったけれど。
「な、んだ…びっくりさせないでよ?また梨宮が居なくなるかと思ったじゃん…。でもそんなの許さない。絶対に。俺の隣にずっと居て?おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと」
ほっとしたように表情を和らげると私の手を掴みそのまま離さないというようにきつく抱きしめてくる。
久しぶりの慶の体温に包まれる感覚に安堵感が広がりおずおずと背中に手をまわす。
「うん、もちろん。ねぇ、またプロポーズしてくれたお店にご飯食べに行こう?それに春になったら桜も見に行きたい。卵焼きいっぱいのお弁当作って2人でお花見デートしよ」
「当たり前でしょ。これからも、2人でいっぱい色んな所に行こう。梨宮…」
名を呼ばれ顔を上げると自然とお互いの顔が近付いていく。
そしてそっと触れるように口付けた。
番外編
※彼女視点
捏造が激しいよ!
今日は私の快気祝いという事で久しぶりのメンバーが集まっている。
タツミさん、アツシさん、ヒナタさん。
慶の友人達で学生の頃に紹介してもらってからの付き合いだ。
私はもちろんだけど慶も全員揃って会うのは久々みたいでアツシさんと飲み比べを始めたと思ったら早々に潰れてしまったみたい。
「梨宮ちゃん、ごめんね〜。まかさケイケイがこんなに早く潰れると思わなくて」
「アツシさんは調子に乗り過ぎですよ。今日は快気祝いで集まってるのに…すみません、梨宮さん」
テーブルに突っ伏して眠っている慶にブランケットをかけてあげていると謝ってくるのはアツシさんとヒナタさんだ。
会話のテンポに懐かしさを感じ思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。
「ううん、大丈夫。楽しみだったから皆が来る前はそわそわしてたし、慶は寝ちゃったけどまだ料理沢山あるからゆっくりしていって?」
「そこは遠慮なく!梨宮ちゃんの手料理はうまいからね〜ケイが寝てる間にいただきます!」
アツシさんはテンション高く宣言するとパクパクと料理を口にしながらヒナタさんの取り皿にもどんどん乗せていく。
その様子を仕方ない奴らだなと見守っているのはタツミさんだ。
彼は慶の1番の親友で私が入院してる間も何かと気にかけて様子を見てくれていたらしい。
最近は…と言うより私が目覚める少し前は慶の方が会ってくれなくてとても心配をかけてしまったと思う。
だから今日はこのメンバーで集まれて本当に良かった…。
私の元気になった姿を見せるのと同時に、もう慶の心配もしなくて大丈夫だよって見せられたと思うから。
「アツシさん、お酒減ってるね?注ごうか…同じので良いかな」
「あ〜…いや、自分でやるから。慶って変なところで鋭いからさ?梨宮さんの手を煩わせるわけにはいかない」
「…?」
頭にはてなマークを飛ばしていると隣でガバッと慶が起き上がりブランケットを床に落としアツシさんの方を向き睨みつけ宣言する。
「…アツシ!梨宮は俺のお嫁さん!!!手出したら、絶対許さないから…タツミ!ヒナタ!2人もだから…分かった?」
顔を真っ赤にして(お酒のせいもあるけど)息を荒らげる姿は威嚇する猫のようだった。
3人に失礼じゃないかと顔を向けるがアツシさんは”ほらな?”って表情で笑っているしタツミさんとヒナタさんは突然の宣言にぽかんとしたのもつかの間大声を出して笑っていた。
私も次第に笑いがこみ上げてくるけど慶はなんで笑っているんだという表情をしている。
「梨宮まで笑うなんて酷くない?俺の本心なんだけど」
「ごめん、なんか…懐かしい気持ちになって。慶の気持ちは嬉しいよ」
本音を伝えると柔らかい笑みが返ってくる。
笑いの絶えない空間と慶の表情を見て改めて日常が戻ってきたんだなと安心する。
これ以上は何をしようとも思い浮かばなかったため番外編終了\(^o^)/
最後まで見てくださった方ありがとうございますペコリ((・ω・)_ _))