お題【さくらんぼ】/アズ監♂厨房の片隅、ちょっとした作業用に置かれている木製のスツールに座り、両膝についた手に顔を埋めて、どんより落ち込むアズールさんはなかなか哀れだった。
帽子と上着はロッカーにでも置いてあるのか、シャツ姿で、いつもピシッと伸びているサスペンダーが片方ずり落ちている。なにせ隅っこなので照明も中途半端にしか届いておらず、それが程よく惨めさを演出していて、事業が破綻したと言われても信じてしまいそうな雰囲気があった。
フロイド先輩から『アズール残業になったw』なんてメッセージ来たから、何事かと思ってモストロ・ラウンジまで駆け付けたら、これだ。
「賭けに負けました……」
ちょっと見まわすと、シンクの近くにでっかいボウルが置かれていた。直径30センチはありそうなそれの中身は、山と積まれたさくらんぼ。近寄ってみると、実はどれも傷がついていたり、妙にボコボコした形だったり、新鮮だけど見た目が悪いものばかりより分けられているらしかった。
ふと、捨てる前のダンボールがたたんでまとめられているカートを見ると、『自然をそのままお届け、有機栽培・無選別! 不揃いお買い得チェリー!』なんてラベルのついた箱がある。大体察した。
「選別が終わったところで定時になったんです…」
「あぁ~…」
無選別だから傷物が入っているのは当たり前で、いくらかは商品にならないことは承知していたはずだ。それでこの落ち込みようということは……思った以上に使い物にならなかったんだろうな。かわいそうに。
「で、僕はさくらんぼの種抜き要員ですか」
「それもありますが…」
「他にもあるんですか?!」
ずるずると顔を上げたアズールさんは、さすがに泣いてはいないけど、目元がちょっとだけ赤くて、眉尻も落ちて、唇は曲がっていて、拗ねた小さな子供みたいだった。
「……撫でてください」
是非もなかった。速足で駆け寄って、座ったままのアズールさんの頭を、胸元で抱きしめた。僕の腰にも手が回されて、こめかみをこすりつけられているのが分かる。柔らかい銀髪を撫でて、頭のてっぺんに軽くキスをした。
いつも強がりの恋人が弱っている姿は可愛い。僕に弱みを見せてくれることも嬉しい。きっと、少し休めば元の元気でがめついアズールさんに戻るんだろう。だから、今は少し休憩をして。
お疲れ様ですと声をかけて、ゆったりと頭を撫でながら、次にかける言葉を考えていた。さくらんぼの種抜きからは逃れられそうか。無理なら、対価は何を要求しようか。