Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    gskzn

    @gskzn

    イラスト倉庫💐(2021〜2023)

    ▼随時更新しています
    プライベッター https://privatter.net/u/gskzn
    Pixiv https://www.pixiv.net/users/1576159
    個人サイト http://vanish.holy.jp/

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 😊 🍰 💃
    POIPOI 228

    gskzn

    ☆quiet follow

    ビルギット(冒険者・ヒューラン女性)とジェラール(リテイナー・エレゼン男性)の、イシュガルドの旅籠『九つの雲』での一夜の話。
    蒼天3.0までの内容を含みます。

    ##創作
    ##小説

    ちいさな宴(リテイナー×冒険者) イシュガルドの夜はひどく冷える。
     呼び鈴に応えるべく『九つの雲』の個室をノックしたジェラールは、ジャケットの襟をきっちりと合わせて冷たい空気をさえぎり、年季の入った扉越しにきしむ床板の音に耳を傾けた。聞き慣れた姉の足音のリズム。夜が更けてから呼び出されるときには、竜騎士の鎧の金属音はしない。
    「お待たせ! 来てくれてありがとう」
     扉が開いて出迎えられたジェラールは控えめに口角を上げ、参上いたしました、と口上を述べる。出迎えたのは濃緑色のシックなドレスを身に纏ったヒューラン族の女性だ。
     ビルギット・ナイト。冒険者であり、世界を救った英雄であり、ジェラールの育ての姉だ。ジェラールは家族でありながら、リテイナー──冒険者に替わって備品・金銭管理や市場での取引を行う倉庫番、要は召使いである──として雇用契約を結んでいる。
    「ごめんね、寒かったでしょう! 暖炉のそばにおいで」
    「……恐れ入ります。主人が構わず呼び出してくださるおかげで、イシュガルドにもだいぶ慣れました」
    「ごめんごめん……外でひと仕事終えるとジェラールの顔が見たくなって。いつもありがとう」
    「仕事ですから。──ところで、今日の取引ですが」
     昼間申し付けられていた主人のマーケット取引の進捗状況を報告するジェラール。他の冒険者の事情はそれほど耳に入らないが、ビルギットはマーケットでのやりとりがそれほど得意でないらしく、取引はジェラールに一任される形である。
     報告を終え、ついでに市場の端で目に留めたファッションモノクルを取り出す。以前ふたりで市場を歩いたときにビルギットが手に取り見つめていたものだ。「そういえば以前欲しがっていらっしゃいましたね」と手渡すと、封を解いたビルギットの瞳はぱっと輝いた。
    「わっ、これ、前に見たやつ! 買ってくれたの……! ありがとう!」
    「たまたま見かけて、そういえば気にされていたようすだったのを思い出して。それにしても、あなたが掛けるんです? 視力でも落ちたんですか?」
    「ううん、コレクションにするの」
    「……おかしなことをおっしゃる」
    「あははっ。いいでしょう」
     愉快そうなビルギットの笑いにつられて、彼女の髪がジェラールの肩ほどの高さで揺れる。姉よりも1フルム(約30センチ)近く背の高いジェラールは少しの間、それを見下ろした。
     栗色の長い髪の下に見えるのは、ジェラールが幾度となく救われてきた、華やかな笑顔だ。

    「この時間だし、今日はここに泊まっていくといいわ。食事も多めに調達してきたの」
    「そうですね……そうするか」
    「うん! お宿にも宿泊客が増えるって伝えてくるね。部屋は一緒でいいよね?」
    「異存ありません」
     ビルギットが席を外しているあいだに自らもリンクパールでリテイナー組合へ手早く報告を済ませ、ジェラールは胸元できちんと締められていたタイを緩める。家族が雇い主だからといってこの仕事のあいだは気を抜くことはするまい──という自分なりの線引きのもと、正装のあいだはビルギットを姉ではなく雇い主として接することにしていた。
    「おかえり、姉さん」
     家族としての口調で姉を出迎えるジェラールに気づき、ビルギットは苦笑する。
    「毎回律儀ね。気にしないのに」
    「仕事には私情を挟みたくないから。姉さんは気にせずそのままでいてくれたらいい」
    「ふうん……」
     無表情で答え、それから自分の答えを反芻したジェラールは内心で苦々しい気持ちになる。
     ──それは、詭弁だ。この仕事をしているのは間違いなく、姉に対する私的な思い入れからだ。
     だというのに、姉に対して雇用関係にもとづく距離を保とうとする自分は……一言で言えば、滑稽だ。
     そんなジェラールの心の内を知ってか知らずか、ビルギットは上機嫌で暖炉の火に鍋をかける。部屋を出る時は持っていなかったスープの鍋だ。不思議そうな顔をするジェラールに、ビルギットは笑いかける。
    「あ、これ、さっき外にジブリオンさんが来ててね。宿に食事を届けるついでだって、わたしにもお裾分けしてもらったの」
    「ああ、忘れられた騎士亭の……」
    「そうそう! タタルさんがよく滞在していたから、わたしとも顔見知りで」
    「そうなのか。温かいスープはありがたいな」
    「ね」
     冒険者として身を立ててから、ビルギットはよくジェラールの知らない旅の仲間の話をするようになった。元々人見知りしないたちではあったが──余所者の冒険者として爪弾きにされないために必要に迫られてもいたのだろう──初めて訪れる街でも気後れせずに住民と関わっていく。そうして人々と交わり、時には事件を解決していくうちに、多くの人間がビルギットを信頼するようになっていくのだ。その交友関係は種族を問わないどころか、アマルジャ族をはじめとする蛮族の一部集落にまで及ぶというのだから驚きだ。
     暁の血盟。クリスタルブレイブ。そんな共同体の中心を担う人物として、なにより『英雄』として。ビルギット自身の名はエオルゼアに知れ渡っている。
     まるでビルギット・ナイトという人間よりもさらに大きな、なにか抽象的な虚構として『皆が信頼する、頼りになる冒険者』がそこにいるかのような。
     ビルギットその人を知るジェラールにとっては、奇妙な状況であった。

     温まった鍋の中身がぐつぐつと音を立て、コクのあるスープの香りが部屋に漂う。ビルギットは手早く他の料理もあたため、パンを切り分けた。
     暖炉のわきには空の酒瓶が幾本か並べてある。過去の宿泊客が暖を取った残骸であろう。数日前にチェックインしたビルギットが部屋に入ってすぐに床に散乱する瓶を蹴飛ばし、「何これ、もう、散らかして!」とせっせとよけていたのは記憶に新しい。それらの空の瓶とは別に、ビルギットがこれまた数日前に差し入れでもらったというスパイスワインの瓶が置かれている。ビルギットはその瓶をご機嫌で手に取った。
    「せっかくイシュガルドに来ているのだから、ここの流儀で暖まりましょう! ジェラールも飲むよね」
    「いや結構、僕は」
    「あら、つれないの。スパイスは苦手だったっけ?」
    「いや、そういうわけでは……。……姉さん、なんていうか……強くなったな」
    「わかる?」
     けろっとして笑うビルギット。そんな問答のあいだにも既にふたつのグラスがワインで満たされており、ビルギットはそのうちの片方の香りを楽しんでいる。
     イシュガルドの酒は、飲み下した途端に身体がかっと熱を持つほどに強い。そんな酒が日常的に親しまれるほどに冷気に閉ざされた地なのだとジェラールはあらためて考えながら、「一杯だけなら」と答えて姉からのグラスを受け取った。

     積もりかけの雪が音を吸い、夜更けのイシュガルドは驚くほど静かだ。聞けばあのフォルタン伯爵から差し入れられたというスパイスワインは結構な美味で(おそらくは冒険者にも飲みやすいように度数を控えたものが選ばれたのだろう、噂ほど酒精がきつくはなかった)、結局は新しい瓶が空になるまで二人でちいさな宴を楽しむこととなってしまった。ほんのりと眠気が混ざってきた意識の隅で、ジェラールは若干後悔した。
     食卓を片付けたビルギットはベッドに腰掛けて笑う。
    「この宿に初めて泊まった時はびっくりしたよね。『九つの雲』だなんて。このベッドをさ」
    「それは……言いにくいけど、その通り」
     二人してくっくっと笑う。顔つきは似ないが笑い方も泣き方もよく似ていると、かつて周囲に言われたものだ。
    「本当にあたたかくてふわふわのベッドになったらどうだろう。……そうしたらもう別の宿かな?」
    「かもね」
    「ここもそんなお宿にいつか、なるかな。イシュガルドのこちら側もそのくらい、豊かな街にしていけるかな」
     ビルギットはふと微笑みを消して、窓の外へ顔を向けながらぽつりと呟く。暖炉とは反対側、窓からのかすかな月光を浴びるその後ろ姿を、ジェラールは心許ない気持ちになって見つめた。
     すきま風のない室内、やわらかくあたたかな毛布、酒で身体を燃やさなくとも温まることのできる部屋。疑問形でひとりごちつつも、ビルギットはそれがいずれ実現されると確信している。あるいは、自らの手でそれを成し遂げられると。
     ビルギットの目はこの小さな部屋のなかにいながらどこか遠くを見ている。それは自分には決して見ることのできない世界に感じられて、ジェラールは途方もない心持ちになった。
     ──姉さんはときどき、『英雄』になってしまう。

     たった一度だけ、ジェラールを呼び出したビルギットが胸のうちの慟哭を吐露したことがある。
     仕事の依頼ではなく、話をするために呼んだ。大切な仲間が自分を庇って死んだのだ。ビルギットは顔を伏せてそうジェラールに伝えた。それは自分が苦境に立たされていたとき温かく迎え入れてくれた、イシュガルドのフォルタン伯爵家に連なる人間だったという。
     俯くビルギットの表情をジェラールが窺い知ることはできず、また言葉をかけることもできなかった。
     その次に呼び出しを受けたとき、ビルギットは満身創痍だった。慌てるジェラールに、ビルギットはぼろぼろのていで、しかし今度はしっかりと笑ってみせた。
     ──仇を討ってきた。きっと、イシュガルドは少しだけ、救われたと思う。
     ジェラールはそれを喜ぶべきか一瞬ためらい、そしてそれを恥じた。冒険者ビルギットの大きな使命からは程遠く矮小な、姉への心配という素朴な不安をジェラールは抱えていたのだった。
     慌ててビルギットの手当てをしながら、ジェラールは内心で苦痛に呻く。
     ──僕のいない遠くで、世界なんか救わないでくれ。
     そんなわがままを、しかしビルギットの傷だらけの笑顔を目にして、ジェラールは口にすることができなかった。僕のちっぽけな感情を、世界の運命を変える彼女に訴えられなどしない。決意か諦めかもわからないピリオドをひとつ打ち、ジェラールは自分を納得させた。
     ……せめて彼女の抱える世界の重みの、そのほんの少しでも肩代わりできたなら。しかし、笑顔のとびきり魅力的な『英雄』は、そうはさせてくれないのだ。

     ジェラールはビルギットの座るベッドに歩み寄り、そのすぐ横に腰かけた。肩が触れそうで触れない距離だ。ベッドのスプリングがきいていればその肩が触れあうほどに身体を揺らしたかもしれないが、『九つの雲』のベッドはあいにく硬い板張りだ。
     ビルギットは身じろぎせず小さくベッドに腰掛けて正面を向いたままだ。隣からではその表情は長い髪に隠れて窺い知れない。そのまま、隣のジェラールにしか聞こえない声でビルギットは呟く。
    「宿屋であなたを呼ぶの、気に入ってるの」
    「……なぜ」
    「こうして誰も見ていない部屋で家族といると、わたしがただのわたしであることを思い出せるから」
     ジェラールは虚を突かれ、はっとした。
     ──姉さん自身も、そうなのか。
     『英雄』と呼ばれる、人々にとって重要で大きな価値を持つ存在。大きな使命を背負うその実体がただのひとりの人間であることを、本人でさえも見失いそうになるのかもしれない。
     ビルギットが背負うものはそれだけ大きな『世界』なのだ。
     ……ビルギットというひとりの人間。それを思い出させるのが自分の使命だというのなら。
     ジェラールはひとつ息をついた。
     ビルギットの横顔を覆い隠すその髪をジェラールはそっとかきあげ、覗き込む。陰になって見えなかった表情は悲しげかと思いきや、意外にも淡白な無表情だった。自分に触れる指先に反応してゆっくりと振り向いたビルギットの視線が、ジェラールのそれと交差して、ばちりと目が合う。
     顔が見えないのなら、こうやって僕が手を伸ばせばよかったのだ。やけにすっきりとした気分で、ジェラールは言葉を発する。
    「どんな時でも、姉さんは姉さんでしかないよ。もしそれを忘れそうになったら、僕を呼んでくれ。いつでも思い出させるから」
    「──ジェラール、あなた……」
     ぱちぱちと瞬きしてジェラールの目をまっすぐに見つめるビルギット。急に妙な気恥ずかしさに襲われ、ジェラールはすぐにその手を離した。なにを言っているんだろう。まるで抽象的でわけがわからない。
     ビルギットはジェラールの手から離れて再び眼前に下りた髪をさらりと耳にかけて、にっこりと微笑んだ。
    「じゃあ、呼んだらいつでも来てね」
    「……ああ」
    「いつでもよ? 真冬のイシュガルドでも、真夏のサゴリー砂漠でも」
    「今更……いつも好き勝手呼び出すくせに。というかサゴリー砂漠って、ザナラーンで僕を呼び出す用事なんてないだろう」
    「たとえ話よ! わたしはいつだってジェラールの顔が見たいの。本当よ」
    「姉さんはいつもそう言う。もっと僕の仕事ぶりも評価してくれ」
    「してるじゃない!」
     小さな呟きだったものはいつの間にか部屋をあたためる笑い声になって、静かな宿の個室に溶けていった。

     暖炉の火を落とし、二人は寝支度を済ませて各々の寝床に横たわった。酔いも手伝って心地の良い眠気に落ちていきながら、ジェラールはふと呟く。
    「……底冷えする宿も、そんなに悪いことばかりじゃないと思う」
    「どうして?」
    「……隣に座って、酒を飲んで、暖まることができるから」
    「──いいこと言う! その通り!」
     横になって耳を傾けていたビルギットは不意に声量を上げ、一瞬ジェラールを眠気から引き戻した。ずいぶんとごきげんな口調だ。そのまま起き上がってジェラールの床のほうへ身を寄せようとする。
    「もう夜中だよ、姉さん。まだ酔ってる? 水持ってこようか」
    「そんなことないよ」
    「明日に響くだろう。寝なさい」
    「ううん……」
     不満そうな表情で自分のベッドに戻り、布団を被りなおすビルギット。敬愛する姉のその表情を、ジェラールはもう遠い存在だとは感じなかった。

     あした目覚めたら姉はまた、“英雄”として新たな一歩を歩みだすのだろう。
     それまでの一晩のやすらぎを自分が与えられるのであれば、できうる限りを捧げよう。ジェラールは新たな決意を静かに胸にしまい、おだやかな気持ちで目を閉じた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator