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    andrew_subac

    主に怪物ジュウォンシク的なものを置いています。

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    ⑳ヘビン

    ⑳ヘビン先日降った大雪が道の脇で固く凍っている様な、底冷えのする曇り空。
    本日の一番目の患者は男性同士のカップルだった。芸能人やスポーツ選手、著名人のクライアントも多いこのクリニックでは同性のカップルも珍しくはない。
    まずは歳上の方から個別にヒアリングをする。伸びた髪や無精髭、小柄な体に憔悴した様子が見て取れる。
    不眠や節食障害、発作的にぶり返す古傷の痛み、痛み止めの乱用。そこから怪我をした経緯や過去の事件で家族を失った話について聞き出す。
    いくらクリニックには守秘義務があるとは言え、彼の立場上明かし辛い話題でもあるのだろう。断片的に必要な情報を選びながらひとつづつ答える。
    今は疲れ切っている様だが、元来抜け目のない人物なのだろうと窺える。
    恋人の過呼吸の事、症状を確認したのは今回が初めてで今朝方だったと言う事。聞いた所によると過去に何度か経験があるらしいと言う事。これ以上関係を続ける事が彼の心身の健康に、人生に悪影響を及ぼすと言うのであれば関係を断って完全に姿を消す算段は出来ていると言う事(その方法について尋ねると視線を合わせないまま片方の口角だけ引き上げて見せた)。

    恋人を失う事は自分にとって大変な苦痛である。これまでの人生に更に喪失を重ねて受け止められるかどうか、痛みなど構っていられない程の何としてでも解決しなくてはならない問題も抱えていない今どう乗り越えたら良いのか見当がつかない。彼はそう言うとうつむいたまま乾いた笑いを漏らした。

    続いてもう1人のパートナーと面談した。ふっくらとした瞼の下のクマこそ痛々しいがきちんとした身なりのはつらつと眩しい様な健康そうな若者だ。
    そして自分はこの患者の顔を知っていた。数年前に報道番組で見た事があった。
    なるほど、彼らはあの事件の当事者だったのか。
    父親の犯罪によって恋人を深く傷つけてしまった事を未だに負い目に感じている事。
    半ば強引に押しかける様に彼と関係を結んでしまった事。恋人は日に日に食も細くなり足の痛みもぶり返している様なのに抱えている問題を話してくれない事。そばにいないと心配で、許す限りの時間全てを会いに行くのに費やしているが会っている間はほとんどセックスばかりしている事。会えば会うほど体を重ねるほど彼の心が遠ざかっていく様で焦りばかり空回りして彼が死を選ぶのではないかと疑う事を止められないでいる事。
    恋人の様子が母親に重なる事。柔らかく微笑みながら吐く息にアルコールを匂わせ愛してると手を伸ばしつつ結局彼を捨てるように内側から崩れ落ちてこの世を去った母親の事。

    愛する事を学んで来なかったからでしょうか。その手を掴む方法が分からないんです。
    途方に暮れたようにつぶやいた彼は陶器の様な頬にぽろりぽろりと大粒の涙をこぼした。

    最後に2人同時にカウンセリングをして診断を終えた。今より少し時間と距離感に余裕を持って会話の機会を多く持ち…など通り一遍の助言に加え、通常必須ではないのだが1か月ごとに揃っての来院を強く勧めた。
    不安が拭えなかった。
    2人で、あるいは片方が死を選ぶ、その選択肢が堅実に思えるであろう可能性が否定出来なかった。

    次の診断まであと20分。給湯室で細く開けた窓からの外気と熱くて濃いコーヒーをへずる。
    もしどちらかが事件に関わっていなければ、性別が男女であったなら、あるいはどちらかの家庭が…そこまで絡み合っていなければ、のたらればはもしそうであったらどのピースが欠けていてもこの2人はこの関係に行きつかなかったであろう。に帰結する。ばかばかしい空論だ。
    次のクライアントの事に頭を切り替えようと顔を上げると窓の外の駐車場に正に先程の2人の姿が見えた。少し前を歩いているピンと背筋の伸びた若者の方がくるりと振り返り恋人に対面する。
    両手を忙しなく動かし何事か激している様で彼と対象的に猫背の男はますます身を縮こませているようで小さく見える。
    やがて語るのをやめ肩で息をしている青年に、もう1人の男が肩をすくめて小さくうなづくのが見えた。
    その後ほんの少し、小さな窓に切り取られた視界の外に見えなくなるまでのわずかな距離を寄り添って歩く2人の手は繋がれている様に見えた。
    やがて彼らの物らしき2台の車は駐車場を出るとそれぞれ右と左に分かれて見えなくなった。
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