うちのこ罪喰い化未満 目の前に、赤い花弁が散った。風もないのに勢いよく吹き上がったそれは、やがて重力に従い地に落ちる。
計画通りに進んでいたはずだ。すべての大罪喰いを倒し、その光を身の内に溜め込んだ闇の戦士の前に、小悪党として立つ。そしてその膨大な光を受け取り、次元の狭間で砕け散る。……そうなるはずだったのに。
散った花弁の中に、横たわる彼の姿があった。首と顔の半分を赤く染め、手元には野営用と思しきナイフが落ちていた。
大罪喰いと成り果てる前に、自らの首筋を切り裂いたのだ──そう脳が認識した瞬間、胸の奥底が一気に冷たくなる。心も身体も、何もかもが水晶と化してしまったように、その場から動くことができない。
駆け寄った仲間たちが必死に治癒魔法を施していたが、あの様子では、もう助からないだろう。
光に侵された黒髪は所々白く染まり、濃灰色の瞳も白く濁っていた。そんな中に、飛び散った赤が映えて美しい。
まるで自分とは違う誰かに思考を支配されたかのように、そんなことばかり考えていた。今すぐ駆け寄って、その手を握りたいのに。言葉を掛けたいのに。身体が言うことを聞かない。
「……ラハ」
ほとんど音にはなっていなかった。だが確かに、彼はそう呼んだ。
とうの昔に蓋をして、ずっと閉じ込めていたもうひとりの自分が目を覚ます。動けずにいたはずの身体が、杖さえも投げ出して彼のもとに駆け寄った。
「……オレはここにいるよ」
フードが捲れたのも無視して、その手を握り締める。濁った目は、世界を映してはいないようだった。薄れゆく意識の中で、夢でも見ているのだろうか。
「俺、ラハの目覚める、世界……守った、よ」
掠れた、吐息のような言葉とともに、その表情が笑みの形に撓む。
「ああ……あんたは本当にすごいよ」
違う、こんなのは嘘だ。あんたがいなかったら、何も意味がないのに。ただ、救われてほしかっただけなのに。そんな、幸せそうな、誇らしそうな顔をしないでくれ。
力の抜けた腕が、オレの手をすり抜けて、赤い花弁に沈む。
さようなら オレのいちばん憧れの英雄