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    aneniwa

    @aneniwa
    マイハン♀ミドリさんの話しかしません

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    aneniwa

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    書きかけ
    〆で力尽きたやつ

    夜番のガルクが鼻と耳でもって橋を見張り、巣に戻ったフクズク達が時折短く鳴き交わす。翔蟲は光を纏って盛んに飛び交い、藪の中、寝付けないでいるアイルー達の眼が月明かりを反射して瞬く。夜のオトモ広場は、ある意味で昼間以上に生き物の気配が濃い。
     停留した船の前で、湿っぽい夜の空気を吸い込みながら、気軽な様子で椅子に掛ける女が2人。めいめいに脚付きの陶器のグラスを持ち、葡萄酒を楽しんでいる真っ最中だ。既に大瓶を一つ空けている。

    「良い胡桃だ」
    「摂りたてだからね」

     ピックを使って神経質に渋皮を剥いた胡桃を口に放り込み、香ばしい風味を楽しんだ後ワインを含む。嚥下しながら次の胡桃を剥きだすアヤメの杯を満たしてやりながら、ふとロンディーネは月を見上げた。

    「ふむ。そろそろかな」
    「?」

     小さな手鍋を取り出してワインを注ぎ、交易商人は船から何やら木箱と素焼きの壺を取ってくる。箱を開けると、中から強い香りが立ち上った。

    「スパイスね。ホットワインでも作るの?」
    「ご名答」

     小袋に分けられ整頓された香辛料の中から桂皮と八角をつまみ取り、壷から取り出した砂糖と共に加えて、手鍋を小型のストーブの上で温める。オレンジをスライスしながら、ロンディーネは年長者の顔をして、船越しに対岸の滝を見やる。

    「流石にもう戻ってくるだろうからね」
    「……ああ、あの子?」
    「そうとも。夕方から篭りきりだ」
    「若いね……」

     2人の話題の的は、程なくして小舟に乗って戻ってきた。ため息を吐きながら不機嫌そうにのそのそと歩く様を見るに、鍛錬の結果は芳しくないようだ。こういう時の彼女に声を掛けても碌な返事は帰ってこないと、短い付き合いの中でももう知っている。しかし、何かロンディーネがしきりに目配せをするので、アヤメは成り行きを見守ることにした。

    「やあ。精が出るね」

    (話しかけてくるな)と顔に書いて、無言で通り過ぎようとしていたところに声をかけられ、狩人はムスリと口を曲げた。舌打ちしなかっただけマシである。それでもここに彼女の師がいれば上から頭を押さえつけていただろう(『年長者に向かって何かなその態度は、愛弟子?』という幻聴が聞こえる)が、今はいない。

    「……ロンディーネさん。アヤメさんも」
    「ああ」
    「2人とも宵っ張りね。いや酔っ払いか。お暇そうで何よりだわ」
    「酔っ払いには違いない」

     険のある言葉をからりと笑い飛ばす交易商人に毒気を抜かれ、狩人の娘はそれ以上の八つ当たりをやめて肩の力を抜いた。空を見上げ、足先を見下ろして、項垂れたまま小さくモゴモゴと謝罪するのを大人2人は笑って受け止める。数ヶ月ほど前の彼女であれば、謝罪もせずプイと立ち去っていただろう。未だじゃじゃ馬娘だが、これで近頃は随分内省的になったのだ。……疲れもあるのかもしれないが。

    「貴殿もどうだい、一杯」

     娘は一瞬断ろうとしたが、スライスオレンジが顔を出すグラスを見て動きを止めた。ややあって悔しそうにそろそろと聞く。

    「………………あ、…あったかいやつ?」
    「そうとも」
    「…………いただきます」

     存外素直にグラスを受け取り、熱いグリューワインをふうふう冷ましながら飲み始めた。立ったままなのはすぐ立ち去るつもりだからだろう、無作法を咎める者もここには居ない。アヤメが胡桃を2、3放ってやれば、それも合間合間に齧りながらまたこくこくと無言で飲む。
     良く見れば、篝火に照らされた耳が赤い。アヤメはそれに気付かないふりをしてやりながら、自分の胡桃の渋皮を剥く。気を抜くと口の端が緩みそうだ。あのじゃじゃ馬が、まるで小動物のようではないか。
     ロンディーネの方もアヤメと同様に、狩人の娘と目を合わせないまま鼻歌混じりにオレンジを剥いている。こちらは慣れた様子だった。察するに、こうした事はこれまでに何度かあったのだろう。

    「帰る。……ごちそうさま」

     やがてぐい、と温んだワインを干し、2人のどちらとも視線を合わせず机にグラスを突っ返して、娘は小走りに近い速度で広場を出て行った。おやすみと声を掛けられても振り向きもしない。橋桁が軋む音が止んだ辺りでロンディーネがふと呟く。

    「……『甘いやつ』とは絶対に言わないんだよ、彼女」
    「ふは」

     抑えていたおかしみが噴き出して、アヤメは笑ってしまった。

    「ちょっと可愛いじゃないか」
    「そうだろう。気に入っているようだ」

     椅子に座り直して頬杖を突くロンディーネもまた、ワインを含みながら微笑んでいる。若人の成長を見守る大人達、というには少しばかり意地悪な笑みだった。あの我儘娘には幾度か振り回されたので、このくらい可愛がってもバチは当たらないだろう。


     あの手の手合いは、努力を他人に見せることを嫌う。しかしロンディーネはここに常駐しているので修練場への行き来を隠し通せない。それが忌々しく、しかも鍛錬が上手くいっていないことまで見抜かれているのも決まり悪く。その上自分用にグリューワインを用意され子供扱いされているのも恥ずかしく腹立たしく、しかし、香り高く甘いワインの誘惑には抗えないらしい。

     ひとしきり笑い合った後、ロンディーネは里の方角に視線を向けた。その瞳の色は未だ柔らかいが、

    「少しは顔色が戻ったかな」
    「あんまり根を詰め過ぎても、うまくいかないモンだよね」
    「経験かい?」
    「……アンタだってあるだろ。少し長く生きてりゃ、誰だって」
    「違いない」
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