それは、幸福の一つの(日光一文字と一文字一家①) 則宗
スッと消えようとしている則宗の背中が、日光の右の瞳に映った。
一文字則宗とは、一文字一家の先代の長で、日光一文字は「御前」と呼んでいる。さいしょの頃こそ、現家長である山鳥毛を真似て「ご隠居」と呼んでいたのだが「辛気臭い」と胸に頭突きを受けてからは、「御前」で通している。
「お休みになられますか?」
時計は午後九時を回り、本丸のみなが布団にもぐりこむ時間にはまだ一時間ほどある。則宗の就寝する時間は更に三時間ほど遅いため、それは一家としても悩みの種であるだけに、日光は声をかけるに至った。
「……ちっ」
不穏な舌打ちとともに、胸に則宗の頭突きをくらった日光であるが、その行為はいつも通りであるため日光にダメージはなかった。
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