日野は、今年の春から一人暮らしを始めた。
彼が夢の一人暮らしの舞台として選んだのは、絶対に空間を持て余してしまいそうなくらい広々とした2Kの、ピンクブラウンの外壁が目立つアパートだった。
部屋の広さと数は絶対に譲れないらしかった。神経質だから、リビングと寝室が分かれていないと寝れないらしい。
修一がはじめて日野からいい部屋が見つかったと値段を聞いたときは、そんないい部屋がその値段で借りられるだなんてもしかして瑕疵物件じゃないのか、と食いついたものだけれど、中身を聞いてみれば簡単で、そのアパートは駅まで片道徒歩1時間半というただひたすら最低最悪の立地だった。
あまりの交通の便の悪さに呆気に取られた修一に対して、日野は「おじいさんから譲り受けたこいつがいればこんな道のりなんてこたぁないさ」とボロボロに薄汚れた廃車寸前の軽トラを紹介してにっこり笑ってみせたのだった。
初めこそ、軽トラにガタガタ揺られて日野の家へ辿り着くまでの20分の道のりは、お尻が痛いし、田舎だからなんにもなく殺風景だし、ただただつまらないものだったけれど、好きなMDを持ってきて車内で流してもいいと許可をもらってからは修一にとってそれなりに好きな時間になった。自宅に余っていた座布団を3枚ほど拝借して助手席に勝手に敷いてからはお尻へのダメージもだいぶ軽減されたし、オンボロ軽トラでのドライブも初乗りから1ヶ月経った今となっては案外悪いものではない。
日野の家の寝室には、大量の歴史小説が詰まった本棚の隅に、修一のためだけの布団セットが畳まれている。修一は毎回手洗いうがいの後1番にその布団を広げて寝転がり、本棚の右下に収まった新撰組のシリーズ小説を読んだ。他の小説は修一にとって難しすぎたけれど、この小説だけは読むことができた。
その間日野は、大学の勉強をする。お気に入りの万年筆を片手に気怠げに参考書と睨めっこするその姿が、修一は他のどんなときよりも好きだった。