「お久しぶりです、霊幻さん。」
相談所での仕事を終えて自宅のアパートへの帰り道、ぼんやり歩いているとそう声をかけられた。
「おう、律じゃねーか。久しぶりだなぁ。どうしたんだスーツなんか着ちゃって。」
「とうもこうも、僕だって仕事帰りですよ。」
「え!?お前もうそんな年だっけ?」
「お陰様で春から社会人になりました。」
律と最後に会ったのは、確か律の成人式の日だったか。何を着てもサマになる律は、ばっちり決まった袴姿をわざわざ俺に見せに来てこれが最後だからとお年玉を強奪していったんだったな…懐かしい。そのまま律と二人で歩き出す。どうやら律も俺と同じ方向に用があるらしい。影山家とは方向が違うが、まだ何か用事があるのだろうか。
俺はまるで親戚のおじさんのような質問を律にする。なんの仕事してるんだ?もう慣れたか?それに律も答える。○○ていう会社です。そうですね、覚える事がまだ沢山ありますが何とかやってます。穏やかに喋る律を見ながら俺は密かに感動と一抹の寂しさを覚えた。大人になったな律。昔は俺に嫌味言ったり、愛想が良いと思えば高いメシ奢らせようとしたり、もっとワガママだったよな。…今思えばあれはあれで可愛かったのにな。
少ししんみりした気分でいたら俺の住むアパートの前に着いていた。
「ここ俺んちなんだ。じゃあ俺はここで…」
「そうですね、知ってます。」
そう言うと律はアパートの階段を登っていく。え?お前俺んち寄ってくつもりか?俺に断りもなく?…別にいいけど…ったく大人になったと思ったがまだまだ自分勝手な子供だな。以前の律らしい振る舞いに少し嬉しくなる。そのまま俺の前を歩いていた律だが、俺の部屋の隣の部屋の前で立ち止まった。俺の部屋が分からないのだろう。
「俺んちはその隣の…」
俺が言いかけると律はスーツのポケットから鍵を取り出した。
「僕の部屋ここなんです。」
「…え?」
「先週引っ越してきました。これからよろしくお願いしますね。」
「…え?」
「霊幻さん、霊幻さんは知らなかったでしょうが僕はずっと霊幻さんと一緒に同じ場所に帰ってみたかったんです。今日さっそく実現して嬉しいです。」
「…お前まさか待ち伏せして」
「そんな訳ないでしょう。自意識過剰ですよ。」
ええ…そうなの…。
「他にもしてみたかった事沢山あるんですが今日はここまでにしときます。おやすみなさい、霊幻さん。また明日。」
そういうと律は呆然とする俺を尻目に隣の部屋の扉を開け、さっさと中に入って鍵をかける。この部屋に越してきたというのは本当らしい。いったい何を考えてるんだ?
混乱する頭でこれだけは分かる。影山律は勝負にでたのだ。それが何なのか確信は持てないが俺は勝てる気がしなかった。