架空の天使 宗教国家であるゆえに信仰を唱えることは何もおかしな話ではない。それはものであったり人であったり、あるいは存在しない事象だったりすることもある。
───天使がいるんだ。
そうアイメリクが話題に出したのが、前者であるのか後者であるのかは理解できなかった。ぼんやりと頭に浮かべるのは、彫刻になるような美しい女神の姿だ。どうやらそれを彼は目視で見たことがあるらしい。
イシュガルドの街を歩きながら、そんな話に疑問を覚える。なんでも、初めて聞く話だということもあった。
「それは他の人にも見えるの?」
「エスティニアンにも教えたらそれはお前だけだと言われた」
よりにもよっていちばん信仰だか何だかに疎そうなエスティニアンにその話をしたのか。まあ長年の付き合いのある彼らのことだ、そんな些細な会話は流す程度に行っているのかもしれない。
「じゃあ見えないのか」
「恐らくな」
私にも見えないのだろうか。空を見上げるがどこにも人影は見当たらない。今日のイシュガルドは雪が降りそうで降らないような曇り空を映し出していた。そんな中ふと、彼の頭が目に入る。恐らく街中を通ったときのものか、街路樹の葉が彼の髪に絡まっていた。掬おうとするも彼の背には一筋縄では届かない。
「少し屈んで」
「? ああ」
その背が少し丸まって、私へと近づく。理由を問われないのは信頼されている証拠なのだろうか。そう思うと心が温かくなったような、そんな気がした。アイメリクの柔らかい黒髪に軽く指を通し、葉を手に取る。彼が屈めた背を戻すように肩を叩くと、呆然とした彼の顔が目に入った。きょとんとした表情を前に、思わずこちらもつられて首を傾げる。
「……いたよ」
「え?」
「天使だ。私に微笑む姿がそうだ」
その瞳は空でも他所でもなく、紛れもなく私だけを見つめている。まさかそんな、そんな理由で天使の話を語っていたとでも? それに、自分には微笑んだ自覚なんてものもない。アイメリクの判断がおかしいのか疲れているかのどちらかとしか思えない。
「笑ってた?」
「ああ。さぞ優しそうにな」
「無意識でそれは恥ずかしいにもほどがある……忘れない?」
自分のつま先がふわりと浮いたかと思えば、アイメリクが軽々とその体を持ち上げていた。宙に浮かべて、はい天使ですよなんて喩えるかのように。浮いた足の行き場に迷いながらも落ちないように彼の肩を支えようとすれば、彼もまた、落とさないように私の体をしっかりと支えていた。
「忘れてやらないし、放しもしない。私の天使だ」
ああ、これはきみだけにしか見えないわけだ。諦めたように肩を竦めると、彼の額にそっと唇を落とした。