夕焼色の死体 二年半勤めた会社を辞めた。
通知書を握りしめてベランダの柵に寄りかかり、昼過ぎの青白い空に向かって鬱憤を晴らすために吸っていた煙草の煙を吹きかけた。生温い陽光に秋風が混じりあい、長い黒髪が乱雑にうねり私の頭を殴る。
やりたいことがあったとか、大病を患ったとか、そういうはっきりした辞める理由があったわけではない。
ただ、限界だった。
私は人の顔を認識できない、という厄介な目を持っていた。盲目とかではなく、人の顔が肌色の絵具で塗りつぶされているみたいに、はっきりと見ることができないのである。人間以外の動物や、絵画や彫刻、イラストといった虚像の顔であれば見えるのだが、生身の顔になると全く見る事が出来ない。眼科や精神科などの医者やカウンセリングにも何度もかかったが、一辺倒の回答ばかりを得るだけで一向に良くなることは無かった。
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