Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    時雨子

    フェリディミ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐺 ⚔ 🐗 💙
    POIPOI 98

    時雨子

    ☆quiet follow

    フェリに殿下をぎゅうっとさせたい気分 ぎゅ~~


    カチャリ、パタンと。隣の部屋から外に出る気配があった。
    ぼんやりと寝台の上に腰かけながら、窓の方を見上げた。雲ひとつない空で煌々と輝く月が空の高い位置に浮かんでいる。
    今は何時ぐらいなのか分からないが、いつもならばこんな時間に起きているのは見張りの兵と……俺ぐらいだろう。他には夜遊びに繰り出すシルヴァンぐらいだが、このような中途半端な時間帯にうろつくことはしない。
    あいつにしては珍しい。早朝から鍛錬に励むあいつは夜遊びとは無縁で、休息を取るべき時には速やかに就寝する。
    だから、特に何の理由も無いはずの――帝都を攻め落として、大修道院に一旦引き上げて戦争の後処理に明け暮れている今、フェリクスが夜中に起き出して、向かう場所に心当たりは無かった。
    俺でもあるまいし、と思いかけて苦笑する。そんなことを言ったら、きっと苦々しい顔をされてしまうだろう。このところはその眉間に一本皺が刻まれるよりも呆れたように緩む方が多くなってきたというのに。
    向けられてきた様々な表情を思い返しながら、ふふ、と笑って立ち上がった。部屋の扉を静かに明けて廊下の奥を覗けば、ちょうどフェリクスが階段の奥に消えるところだった。
    だが、どうやら行先は階下では無いらしい。この寮の屋上に続く方だ。


    「ついてくるのはいいが、羽織物ぐらい着てこい」
    「まだ暖かいだろう」
    「そういう問題では無い」
    後をつけてきたのは気付かれていたのだろう。屋上の扉を開ければ、予想していたようにフェリクスが振り返り、開口一番にさっそく説教されてしまった。
    機嫌を損ねてしまったか、取りに戻ろうか。逡巡していると、舌打ちをしながらフェリクスが詰め寄って来る。何を、と言う前に両肩を掴まれて隣に座らさせられた。
    屋根の上で男二人がバタバタ騒ぐのは危ない。だから大人しく従うと、もこもことしたものに包まれた。それは、微かに鉄と柑橘類の匂いを纏っている。フェリクスの外套だ。王の自覚が足りんなどとぶつくさ言われながら、ごく当たり前のように肩にかけられた。
    フェリクスの体格にぴったり合うように誂えられた外套は、俺には短くて少し不格好だろう。だが、文句あるのかとでも言いたげな仏頂面と、慣れ親しんだ匂いに胸のあたりに暖かいものが流れ込んで来る。
    「お前の匂いがする」
    文句を無視して外套の端を口元に寄せて頬ずりすると、フェリクスが言葉を詰まらせた。何とも言い難い複雑そうな表情だ。何か言葉に迷っている様子に首を傾げて待っていると、やがて諦めたように、犬か何かか、という溜息交じりに悪態を吐かれた。


    夜闇に溶けてしまいそうなフェリクスの髪を、月の光が照らしている。晴れた夜空は美しく澄み切った暗闇で、月の存在感を引き立てている。
    ――長い間、濁りきった暗闇を彷徨っていた。穏やかに月を包む夜闇が持つ静寂と美しさを、久しく忘れていたように思う。
    二人一緒に、言葉も少なく夜空を見上げてどのくらい経っただろうか。フェリクスが、独り言のようにぽつりと呟いた。
    「俺はお前が嫌いだ」
    「そうか。俺はお前が好きだよ」
    嫌いならば、この暖かく包む手や、寄せ合う肩は何だというのだろうか。だから何も考えずそう口にしたら、弾かれたように俺を見上げたフェリクスが、長い睫毛に縁どられた瞳をぎょっとしたように見開かせた。
    「おい、そういう話ではない」
    「違うのか?でもお前が俺のことを嫌いでも、俺はお前が好きだよ」
    好きだ、好きだよ、フェリクス。改めて口に出してみると、自然と表情が緩んでしまう。表情は豊かな方では無いはずなのだが、口元がにやついてしまっている気がするし、自分でも呆れるぐらいに能天気な声が出てしまう。
    「チッ、そろそろ黙っ」
    「フェリクス。……お前が一番好きだよ」
    「…………」
    調子に乗って耳元で囁いたら、少し怒ったように頭を叩かれた。
    可愛い嘘だと思う。言葉以外の全てで好きと言ってくれているのに。構わず抱きついて腕の中に閉じ込めてやれば、更にあからさまに怒って胸を叩かれる。
    「全くお前は……いいか、聞け」
    流石にやりすぎたか。本気で抵抗される気配を感じて渋々腕を解いてやる。すると、逆に両腕を掴まれた。照れは抜けきっていないようだが、その言葉は真剣味を帯びている。
    茶化したつもりは無いが、悪いことをしたかもしれない。そう思って居住まいを正すと、フェリクスはゆっくりと瞬きをしてから言葉を紡いだ。
    「俺は嫌いだ。そのくすんだ金髪も、つぶれた右目も、酷い有様のこの手も」
    「……ああ」
    こんなに醜くなってしまった。仕方が無いことで、相応の報いだ。この身の不徳と不甲斐なさを責められるのは仕方無い。俯いて傷だらけで変色した自分の手のひらを改めて見る。血と泥に塗れている方が似合うのだろう。
    そんな醜く歪んだ自分の手に、剣だこで節くれだった固い指が重なる。俺より少し小さくて、けれども力強く頼もしい剣士の手だ。
    もちろん傷はあるし荒れているが、俺のように醜くはない。しかし顔を上げると、フェリクスの方が余程痛そうな表情に見えた。
    「その上――」
    不自然に言葉が切れる。黙って待っていると、両腕が背中に回されて引き寄せられた。
    「いつも刃に突き刺されたまま、何事も無かったかのように笑うお前が、嫌いだ。反吐が出る。見ていて虫唾が走る」
    不快そうに吐き捨てられた言葉は照れ隠しとはまた異なり、本心からの響きがあった。
    その頭は、左の腕の付け根の方に摺り寄せられている。
    「お前には、刃が刺さったままように見えるのか」
    正直、分からない。理不尽に奪われた命たち。継母の裏切り。義姉に突き返された感情。
    傷ついた、と言えばそうだと思う。だが、もういい。今ではそう思っていることも本当だ。
    お前はそれも分かっていて、納得しないのだろう。だって、お前は優しいから。
    「そういうところが嫌いなのだと言っている」
    なおも苛立ちを隠さないまま、抱擁してくる腕の力が強くなった。少し痛いぐらいだ。それの優しい痛みにとめどなく愛おしさが湧いてくる。
    信じがたいことだが、フェリクスは自覚が乏しい。己の怒りのほとんどが、大事な存在への心配から生まれていることに。言葉が強くなるほど、それほど大切な存在であると自白しているも同然であることに。
    「……すまないな」
    でも、浅ましく欲深い俺は独り占めしたくなってしまう。そうやって特別怒ってくれることに優越感を感じてしまう。
    「……フン」
    もどかしい。怒ってもらえることが嬉しいのに、お前がそんな顔をするのを俺がどうにもしてやれないことに不満を持っている。とんでもない矛盾だ。
    でも、それはお前のせいでもあるんだ。多分それを分かっていない。
    「だけど、痛くないのは、お前がいるからだよ」
    「は?」
    「だから、お前が何とかしてくれないか」
    痛いのが分からない分、お前が俺のことを俺以上に分かっていればいい。名案だ。一人で納得していると、困惑しきったフェリクスの声がそれを遮る。
    「おい、何の話だ、違う、」
    「駄目か?」
    そんなはずは無いだろう。お前は俺の一番でありたいはずだし、お前の一番はこの俺だ。そうだろう、と問うようにフェリクスの蘇芳色の瞳をじっと見つめる。
    「駄目では、いや、勝手に話を進めるな」
    月の下でも分かるほどにじわじわと頬が染まっていく。可愛い男だ。俺の、可愛いお前。
    「いいじゃないか。嫌いな俺を見なくて済むようになる」
    「なんだその無茶苦茶な理論は」
    「だって俺はお前が好きなのに。……なぁ、本当に俺が嫌いか?」
    問うと同時に風が吹いて、どちらからともなく更に身を寄せ合った。冬の森で互いに暖を取る獣のように。しかし、そんなものでは全く無いことは知っている。
    「……嫌いだ。お前が嫌いだ。お前を粗雑に扱って顧みないお前なんか、大嫌いだ、ディミトリ」
    そう言いながら指先が絡め取られる。押し付けあった胸がトクトクと脈を打っているのは、どちらのものなのか。もう区別がつかない。絡み合った視線には熱が灯って、唇には互いの吐息があたって。
    「……そうか。だけどやっぱり、俺はお前が好きだよ」
    嘘つきだな、お前は、と。
    その言葉が舌に乗るよりも先に、唇が塞がれた。

    2021/04/02
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💒💒💒💒💒💒💒💒💒💒💙💒
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works