「付き合ってないガチャ」様からお題お題「ディミトリがフェリクスに耳打ちして笑わせて、フェリクスがディミトリに耳打ちして笑わせて……っていうのを、まあ軽く3ターンは見たかな。」(先生)
修道院の中庭の長椅子で。風に揺れる濃紺の髪を掻き分け、その奥の耳朶を隠すようにそっと両手を添えて、唇を寄せて。
「――、――。――?」
「……く、お前、それは……くくっ」
珍しくフェリクスが笑っている。皮肉げなものでも、好戦的なものでも、挑発というわけでもなく。ただ可笑しくてたまらないというように。
否。自分にとっては珍しくはないのだ。
何でもない軽口を大袈裟に嘆いて見せたり。
「聞いてくれフェリクス。先生が俺にダークナイトになれだと無茶を言う。身なりからダークナイトらしいのにと」
何でもない日常の風景を共有したくなったり。
「さっき女性に追われたシルヴァンが苦し紛れに今からイングリットと食事の約束が、って言い始めたんだ。けど、ちょうど肉串を両手に持ったイングリットとラファエルが現れてな。その時のシルヴァンの顔と言ったら」
ちょっとしたお願いを、二人だけの内緒話のように話したり。
「後生だフェリクス。頼みがある。実はな……?」
そうやって俺が話せば、フェリクスは眉間の皺を緩ませる。ふざけて擦り寄ったりすれば頭ごと傾けてきてくれる。
「見た目に反して中身はからきし、と言うならば先生もあの大仰な衣装だろう。そう言ってやれ」
立派な衣装を纏いながらも聖句の一つもうろ覚えらしいと揶揄し。
「イングリットの呆れ顔が目に浮かぶな。食い気に負ける程度の色ボケも大概しろというものを」
俺もその面を拝んでやりたかったなと口角を上げて。
「……フッ。さあてどうしてやろうか。まさか何の対価も無くやれなどと言うわけではあるまいな?」
得意げな顔で褒美を強請ってきたりと。
もちろん、お互い本気で言っているわけでは無い。他愛ないふざけあいっこだ。
耳に唇を寄せて。誰にも聞こえないように、さも重要な秘密を明かすかのように語られるその中身は、ただの何でもない日常。
少しばかり幼い仕草に見えるのかもしれない。最初は、幼い頃と同じような行動を今更する俺に対して、呆れたような、照れ臭そうな反応をしていた。でも嫌がっている素振りは無かったし、照れるフェリクスは可愛い。だから構わず続けたら、昔のようにじゃれあいに応じるようになってくれた。
肩を組んだり腰を引き寄せたり。軽く背中を叩かれたり、頭を撫でられたり。
うまく笑顔を引き出せれば上機嫌に構ってくれる。まあ今のところ十回中十回がそんな反応だが。
だって、何でも無いことをフェリクスに一番に話したい。何かあれば、まずはフェリクスの顔が思い浮かんでしまうのだ。
だから今日も今日とてフェリクスを捕まえて、構い倒していた。捕まえたフェリクスはすこぶる機嫌が良さそうに俺を見上げて来ている。
ああ、とても楽しい。フェリクスと一緒にいるだけでこんなにも楽しくて、ついやめられなくなってしまう。
しかし、今日はタイミングが悪く。いや、甘ったれた自分にはいい薬なのかもしれないが、自らの責務を思い出させる足音が聞こえた。
「あー、……ディミトリ、いいか?」
目線を上げれば、予想に違わず先生がいた。仰々しい例の衣装を着ている。魔獣の討伐に行くと言っていたが、無事に戻ってきたようだ。
「ああ、先生。おかえり。無事でよかった」
疲れているだろう、と。先生に対しての生徒に。軍師に対しての将、そして責ある王に。そんな顔に戻って、労ったつもりだった。
が、何やら気まずげに口を開閉している。
「そ、そうだな」
歯切れの悪い返事に首を傾げ、頭を巡らせた。
失言になるようなことは言っていない。しかし何か気を煩わせてしまっただろうか。もしかして、顔色が悪く見えるのだろうか。
それはないはずだ。最近の自分は怒ってくれる誰かのおかげで、以前よりまともな顔をしている。今日もフェリクスは出会い頭にじっと見つめてきたが、どうやら合格らしかった。
と、いうことは。特に心あたりはない。
ならば、フェリクスの方だろうか。先生の視線の先をよく追えば、己が瞳を疑うように目を白黒とさせて首を傾げているようにも見える。
しかし、そんなものにはお構いなしにフェリクスがもぞりと腕の中で動いて先生の方へ身体を向けた。
「首尾よく行ったか。ウーツ鋼はどうだ?在庫がどうとか言っていただろう」
俺にまとわりつかれていることも意識の外か、いやむしろ何の違和感も無くなったかのようにフェリクスが武具を素材の備蓄について真面目に話し始める。
相変わらず先生は困った顔をしている。だというのに、それが何なのか口に出そうとしない。
一体何が気にかかるのだろうか。
結局、先生は何も言わずに中途半端に笑って"武具の管理状態を見てもらいたいからフェリクスを借りてもいいか"などと妙に遠慮がちに聞いてきた。
おかしなことを言う。もちろん、フェリクスの都合が良いなら俺に許可を得る必要はない。
至極真っ当なことを言ったつもりだ。
しかしそう伝えたら、先生は驚いたように目を瞠った後、苦笑いと慈しみが半々になったように目を細め「そうか、そうなんだなぁ」と何やらしきりに頷いていた。
何がどうなのだろうか。さっぱりわからない。
ともかく、二人連れ立って行ってしまった。少しつまらないが、子供では無いのだから、と自らを叱咤する。
フェリクスもいないことだし、休憩は終わりだ。仕事を片付けてしまおう。
"後で一緒にたくさん遊べるように"、だなんて。
無意識のうち、幼い頃の声が頭の片隅に蘇って。そんな自分に苦笑した。
「フェリクス、ちょっとさっきみたいに笑ってみてくれ」
「は?何のことだ?」
「おかしいな。ディミトリといた時とは大違いだ」
「何を言っている」
「鏡を持ってきた方がいいか」
「……あいつの能天気につられただけだ」
「ああ、自覚はあるのか」
「なんだその顔は」
「ははは」
「おい」
「うんうんそうか〜」
「うるさいぞ」
付き合ってない。恋愛感情もない。今後芽生えるかは不明。
とにかくお互いが大好きで他に二人といない。 お互いにしか出せない表情がある。そういうことです。