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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    付き合ってないガチャ様より「フェリクスと殿下が隣同士で本を読むくらいではもう驚きませんけどね。ん、一緒に見るのかな? うんうん、微笑ましい。 いや待って! あたま! 近!!」(シルヴァン)


    シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエは、常であれば軟派でヘラヘラとしていると評される表情の一切が抜け落ちた。

    「おい猪。まだか」
    「……すまない。もう少し時間が掛かる」
    「全く、この程度も分からんのか、貸してみろ」
    「え、ちょ、フェリクス?」
    「いいか。何を勘違いしているか知らんがここを読め。これでどうしてこの回答になる」
    「待ってくれ、どこだ?」
    「ほら、ここだ。お前の目は節穴なのか」

    実は二人で共謀して不仲に見せかけているだけなのだろうか、という幼馴染たちへの猜疑によって。

    いやそんなわけないだろ、とシルヴァンは心の中で思い切り首を振った。ことあるごとにディミトリに突っかかるのは今日も変わらない。
    今朝だってフェリクスと朝飯を取っていた時にディミトリがやってきたところ、忌々しげに舌打ちをして去っていったはずだ。
    何をそんなにへそを曲げているのか。
    それはそれとしてその距離はいいのか。
    今は理学の授業中。目の前で背を向けて座っている弟分たちがいちゃついている。 もとい。仲違いしているはずの二人が肩をくっつけあって二人で教本を読んでいる。
    「ああ、これか。……いや、これだけでは分からないのだが」
    「……もういい」
    「す、すまない、もう少し教えてくれ」
    ゴチ、と頭がぶつかった。舌打ちが聞こえる。なのに離れない。
    近い。野郎二人でそんなに近づく理由がわからない。
    フェリクスの背中から一層苛立たしそうな気配が漂う。しかし、離れようとしない。何故なのか。二人とも一体なんなんだ。

    これが可愛い女の子相手に下心でやっているのであればなあ。
    こいつらも少しは色気付いてきたかと兄貴分として安心するところなのに。
    何だか見覚えがあるなあ十年くらい前だろうかなあ。

    頭の中で独り言ちながら、シルヴァンは聞こえないよう密かにため息をついた。
    窓からの光を受けてキラキラと輝く金色の髪束が、少し癖のある濃紺の髪に掛かる。
    目の前でくっつている頭二つから無理矢理に視線を引き剥がすと、先生と目が合った。
    先生は、くっつき合う二人にチラリと目線を向けてから、困惑しているように眉を下げ、目配せしてきた。
    ――実は二人は仲がいいのか?
    先生が以前にも深刻そうな顔をして自分に尋ねてきたのは記憶に新しいことだった。そうだ、とも言えるし、そうでない、とも言える。
    その時は納得行かない顔をして首を捻っていた。フェリクスには二度と猪とは組ますなと文句を言われたがむしろ逆に組ませた方がいいのかなどとぶつぶつ呟いて。
    今回も肩を竦ませて曖昧な返事に代えて流すと、先生は益々困ったように唇をへの字に曲げた。
    その視線の先の男二人は未だ身を寄せ合って何事かを喋っている。
    「あ、分かったぞ!」
    「……フン」
    いつまで続ける気なのか。早く鐘が鳴ってほしい。
    シルヴァンはだらしなく机に肘をついて頬杖をつき、再び目の前の二人に視線を向けた。斜め後ろからイングリットの剣呑な視線が後頭部に突き刺さっている気がするが、まあ放っておいていいだろう。

    事の本質は何であるのか。それはシルヴァンの知るところでは無い。
    あの事件で大事なものがたくさん壊れ、そしてその災禍は今なお続いている。癒えることの無い負の感情が植え付けられた。他人には理解が出来ない、同じく傷を負った友でさえも他人に過ぎない。
    そして、フェリクスがどうしてもディミトリの何かを許せないらしい。
    とはいえ、だ。幼馴染同士の距離感というものがある。傍にいるのに何もかも意地を張り通すのは難しい。
    猪、と呼ぶのにも一呼吸置いていることに、シルヴァンは気づいていた。
    ――ご苦労なこって。
    理屈に沿えるわけが無い心を捻じ伏せ抑えつけてまで、意思表示をしたいのか。フェリクスが反発するのはディミトリと、それ以上にディミトリへ親しみを抱く自分の心だ。だから四六時中、フェリクスはディミトリの前では張り詰めて苛々している。
    その姿は一周回って健気なようにも思えた。
    「礼を言う。フェリクス」
    「……別に。見てられんかっただけだ」
    ようやく、やっと気づいたかのようにフェリクスがそろそろと体を離していく。ディミトリは不思議そうな顔で首を傾げている。
    甘っちょろいなあ、と思わざるを得ない。シルヴァンの位置から見れば丸わかりな態度なのだ。
    それは笑ってやったらいいのか、呆れてやったらいいのか。
    結局のところ、ディミトリが好きであることをやめられないのだろう、このへそ曲がりな弟分は。
    シルヴァンが頬杖をついていた腕を崩してずるずると頭を突っ伏すのと同時に、修道院の鐘が終業の時刻を告げていた。



    そんな光景を見たのが五年前のことであった。
    今再び、同じような光景が目の前で繰り広げられている。人目も憚らず食堂で。
    シルヴァンは、今度は正面からテーブルを二つほど隔てて眺めていた。
    「ディミトリ、ここを教えろ」
    「はいはい、次はどこだ?」
    弟分たちがいちゃついている。紛れもなくいちゃついている。それを真正面から見せられている。
    ディミトリの顔はデレデレと緩みきっているし、フェリクスの方も嬉しそう――なのを必死に隠している。
    この時シルヴァンはようやく気づいた。五年前は仲違いしている割には距離がおかしかったのではない。
    元々の距離がおかしいのだ、と。

    二人が読んでいるのは軍の指揮に関する本であるようだった。やっていること自体は真剣なものだ。何も咎める要素などない。
    だからタチが悪いんだよなあ、とシルヴァンは隠すこともせずにため息を吐いた。
    目の前の二人はそんなシルヴァンに気づいているのかいないのか、無反応だ。気づいていたとしてもお互い以外を意識の外にやっているのか。ピッタリとくっついて頬が触れそうな距離で本を読んでいる。
    「おい、ここに書いてあるような状況なんぞ、そうそう現実に起こるものか」
    「いい指摘だな。もちろん、それを見越して用兵を考えるのはお前自身だが、これが役に立たない訳ではない」
    ディミトリがごく自然な動作でフェリクスの頭を撫でている。さすがにフェリクスも鬱陶しそうに手を叩くが、満更でも無い顔をしている。
    見ているだけで砂でも吐きそうだが、二人はひたすらに幼い頃の触れ合いを再現しているに過ぎない。

    当人同士で何かあったのか、このところは気がつけば傍にいる気がする。
    何でも、軍の指揮について論じ合っているのだとか。単独行動を得意とするフェリクスの苦手な分野ではあるが、そうも言っていられなくなったのだろう。度々、ディミトリに教えを乞い――喧嘩腰のような言い方ではあるがその都度ディミトリは目に見えて表情を明るくさせ――教本を紐解いている。
    ロドリグが亡くなった以後、フラルダリウス兵を束ねるのはフェリクスだ。
    中隊長、大隊長らは後継者たるフェリクスへの助力を惜しまないだろう。しかし、ここでフェリクスが確と立ち、彼らが命を預けるだけの信頼を得なければならない。
    フラルダリウスの兵はその領主に仕えている。王ではない。そして領主が王に仕える。
    もちろん、平民からすれば王領の者でなくとも自国の王様は尊び崇める対象だ。ファーガスの兵や騎士も概ねそうだ。
    だが、忠誠の矛先となると話は別だ。フラルダリウスの兵たちは、ロドリグへ忠義を捧げるからこそ、ここまでついて来た。そして人望厚いロドリグが王家に忠節を尽くすからこそ王国の盾と称された。
    ただ単に将の座に居座れば良いという者ではない。そういう場所が、フェリクスに残されたのだ。

    と、いう理由は今この場ではどのくらい意識出来ているだろうか。
    シルヴァンは、飽きもせず戯れ合う野郎二人を見て目を眇めた。いや、二人とも根が真面目ではあるのだから、その点では問題は全く無い。
    無いが、しかし。フェリクスはディミトリと一緒にいることで嬉しくなるのはもはや本能のようなものだ。尻尾があったら千切れんばかりに振っているのだろう。
    そしてディミトリの方はといえばそんなフェリクスにすっかり甘い顔をしている。こっちの方が心配だ。それこそフェリクスの尻尾でも見えていてるのだろうか。
    二人は至って真面目に話をしている。だというのに、何を見せられているのかと辟易とさせられるのは何故なのか。
    「……駄目だ、このような本を読んだところで分かった気にはなれん」
    「なら、枢機卿の間に行こう。軍議の時に使っている資料がある」
    などとつらつら考えているうちに弟分達が立ち上がった。地図と駒を動かしながらの方がいい、とディミトリがフェリクスの手を引っ張り上げたのだ。
    そのまま、ぐいぐいと手を引いて扉の方に向かっていく。当たり前のように、手をしっかりと握って幼な子のように繋いだままで。

    ああ、手ぐらい繋ぐか。あの二人だもんなあ。
    微笑ましい、取り戻してほしかった姿だ。兄貴心として切に願っていた。
    ……そうに決まっている。

    それ以上の思考を拒否したかったシルヴァンは、ひたすら自分に言い聞かせた。
    少々心配なところはあるが、仕方ないのだろう。
    だって本当に仕方ない。
    今や自分よりも大柄な男も、口を開けば物騒な悪態ばかりの男も。
    本質はあの可愛らしかった子供たちと、さして変わってなどいないのだから。
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