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    おいなりさん

    カスミさん……☺️

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    おいなりさん

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    キスの日真スミ 3

    ##真スミ

    『真珠、お客様だよ』

    インカムから聞こえるその声は、リンドウのものだった。
    真珠はビクッと肩を揺らし、深呼吸を2、3度してから、その声に「はい」と答えた。
    たっぷり空いた間に、リンドウはクスクスと笑いながら、正面にいる表情の読めない薄ら笑いを浮かべた男、カスミに

    「あまりイジメないであげて。真珠は純粋だから」

    と笑顔を向けた。
    リンドウのそんな言動にほんの一瞬だけ表情を固まらせたものの、直ぐに感情の読めない笑みを貼り付け直したカスミは、

    「心配しないでくださいッス。真珠の事は、自分良く分かってるんで」

    と言ってカラカラと笑って見せた。
    けれど、ついさっきまでの穏やかな雰囲気から、急にカスミの背負う色が淀んで見えるようになってしまった事に気付いたリンドウは、口の端を微かに引き攣らせつつ心の中でそっと

    (真珠、地雷踏んじゃったみたいだ。ごめん)

    と呟いたのだった。


    そんなリンドウと入れ替わるようにして、真珠がエントランスにやってきた。
    真珠はやけにカチコチとした固い動きをしている。
    その場には真珠とカスミの二人きり。
    俯いたままの真珠が漸くカスミの前にやって来た時、カスミの手は真珠の手首を掴んでいた。

    「……ひゃっ!?か、かすみ」
    「こっち」

    勝手知ったる様子で真珠を引き摺るように歩き出すカスミ。
    慌てて足を動かす真珠は、辛うじて転びはしなかったけれど、カスミが少しばかり怒っているような雰囲気なのは感じ取ったらしい。
    促されるままに着いていけば、そこは滅多に人が来ない薄暗い倉庫の中だった。

    「か、カスミ?あの」
    「言ったんスか、メッセージの事」
    「へ?」
    「リンドウに、送ったメッセージの内容」

    いつもより低い声のカスミにそう問い詰められて、さっきまでクイズの事で熱っていた筈の真珠の体がすっと冷めていく。
    足に感覚が無くなって、カスミに支えられていないと今にも崩れ落ちそうになっていた。

    「ご、ごめん、言っちゃ、ダメだった?」

    どうにか震える事は無かったものの、真珠の声はどう聞いても怯えている。
    絞り出したような少し嗄れたその音に、カスミは内心舌打ちをした。

    「……いえ、すんません。怖がらせたかったわけじゃないんス」
    「お、おれの方こそ、勝手に……ごめ」
    「真珠は謝らないで」
    「ひゃっ」

    思いの外強く出てしまった言葉に、真珠がビクッと肩を跳ねさせた。
    そんなつもりじゃないのに、カスミの頭の中にはリンドウの言葉がやけに引っかかっていて、自分でも驚いてしまうくらいに苛立っている。
    オドオドとする真珠の様子に、カスミは大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出した後、真珠の身体を優しく抱き締めた。

    「怖かったッスよね、真珠は悪くないッスから。自分が少しもやもやしてしまって。本当に申し訳ないッス」
    「ほ、ほんとに?おれ、カスミがイヤなことしてない?」
    「はい、大丈夫ッスよ」
    「よ、よかったぁ……」

    真珠の腕がカスミの背中に回されたかと思えば、ズシリとカスミの支えていた体重が重くなり、急な事に二人してよろけて床に尻餅をついてしまった。

    「っ、真珠?」
    「ご、ごめん、なんか安心したら、力抜けちゃって……」
    「お尻、痛くなかったッスか?」
    「うん、カスミが支えてくれてたから。ありがと」

    照れ臭そうに笑う真珠が、カスミと目を合わせて3秒。
    はっとした顔をして、顔が急に赤らんで、パクパクと口が開閉し始めた。
    不思議そうにそれを眺めるカスミに真珠は伏目がちに言う。

    「あ、あの……クイズの、答え、なんだけど」

    恐る恐るといった具合に口にした言葉に、カスミは一瞬面食らったものの、すぐにぷっと吹き出してしまった。

    「ふふ、もうそれはいいッスよ。変な感じになっちゃったし、無かったことにしませんか」

    元はと言えば、自分が真珠の可愛い反応が見たいからという自分勝手な考えで可笑しなメッセージを送ってしまったからこんな事になったんだと、カスミは反省しているようだった。
    だから、何も無かったことにしようと、そう提案したのだけれど。

    「だ、ダメ!」

    食い下がったのは、意外にも真珠の方だった。
    エントランスでもあんなに恥ずかしそうに、気不味そうにしていたのに。
    流石にこれにはカスミもぽかんとしてしまったのだけど、真珠が続けた言葉で更に驚かされてしまった。

    「だって、正解したらくれるんでしょ?……ご、ごほうび……とか……」

    最後の方はもごもごと口籠ってはいたけれど、ちらりと見上げてくる蜂蜜色は、カスミの目、というよりも少し下の辺りを見ている様だった。
    その意味する所を理解して呆気にとられつつも、カスミの唇は柔らかく半円を描く。

    「そんなに欲しい?ご褒美」
    「……っ、う、ん。ほしい。いっぱい、ちょーだい」

    そう言いながら、真珠はもう蕩けた蜂蜜をカスミの鼻先まで近付けていた。





    「リンドウ、ごめん!急にいなくなっちゃって」

    慌てたようにフロアに入ってきた真珠は、すぐにリンドウの元へ駆け寄っていった。
    開店したばかりの店内はまだ疎らにしか席は埋まっていない。
    自分のやらかしもあり少しばかり後ろめたい気持ちのあるリンドウは、真珠ににっこり笑いながら大丈夫だよ、と声をかけた、ものの。

    「……うーん、お客様の事は大丈夫なんだけど……」
    「なに?」
    「一回シャワー浴びて、服を整えてから戻って来た方がいいと思うよ」

    そう言われて一瞬固まった真珠の顔は、あっという間に茹で蛸のようになってしまった。
    何があったとかはわざわざ聞かないけれど、一目見て察せてしまうような事になっていたのは真珠にも伝わったらしい。

    「す、すみません!」
    「いいよ、ゆっくりしておいで」

    バタバタと走っていく真珠の背中を見送るリンドウ。
    その視界の端に、ふと目に付くものがあった。

    「……カスミ、いつの間にあんな所に」

    さっきまでの仄暗い雰囲気は一掃されたものの、今度はやけに艶かしい色になったカスミが、店の隅の方の席にひっそりと座っていた。
    注文を取りに来たマイカにあれやこれやと(恐らく真珠のことだろう)言われているみたいだけれど、こっそり何かを渡すと途端に席をすぅっと離れて行ってしまった。
    話題の映えるアイテムでもご機嫌取りに渡したのだろうな、とその様子を見ていると、今度はリンドウの方を向きちょいちょいと手招きしている。
    さっきの事もありあまり近付きたくはなかったが、よくよく考えてみれば悪いのは考えもなく発言した自分の方だし、というかそもそも今日はお客様だし、と重い足をその席へと向けるリンドウ。

    「ご注文ですか」

    と声を掛けると、また一つ、マイカに渡したものとは別の小さな袋を取り出した。

    「これ、さっきのお詫びッス」
    「お詫び?」
    「職場でトラブルは避けたいんで、受け取って貰えるとありがたいッス」

    その言葉にこの上なく共感したリンドウは、ニッコリといつもの笑顔で手を伸ばした。

    「よくわからないけど、そういう事なら貰っておくよ」
    「ありがとうございまス〜……あ、あと」
    「ん?」
    「真珠、自分達が思ってるよりも、純粋じゃないかも知れないッス」

    やけに真剣なその表情、それと上から見下ろして漸く分かる位置にできた赤い花が目に入って、リンドウは手に持った袋から甘い香りを感じながら、苦く笑ってその場を濁したのだった。


    end.
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