愛を一粒、指先へ.
畑当番を終えて先生の部屋へ戻ると、部屋を出る前に見た時と同じ体勢で先生が机に向かっている。朝別れた時には本を読んでいたから、どうせまだ読み耽っているのだろう。
ただいま、と声をかけて返事がないのも、別に珍しいことでは無い。
気付いたらもう一回言えばいいしと気にも留めず室内へ入ると、畳を踏む音と気配にハッと顔を上げて先生が振り返った。
「おや、肥前くんおかえり。今日は畑当番だったね。お疲れ様」
柔らかい髪の毛を揺らし、メガネの奥の灰青色の瞳を細めて笑う。おかえりの声が、心なしかいつもより明るい。随分と機嫌が良さそうに見えた。
「……ん」
読書に夢中だったのかと思い手元を覗き込むと、そこにあったのは本ではなく、先月貰ったチョコレートの礼にと今朝渡したばかりの缶ケース。本の形を模したデザインが先生に合うと思って遠征先で買って渡したものだ。中には一口サイズのチョコレートが10個ほど入っている。
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