ラブホの聡狂 聡実はパイプ椅子に座り、アクリル板を隔てた向かいに座る狂児に向けて白けた表情をしていた。放射線状に穴の空いたそれは、お互いの声だけが通るようになっている。
「聡実くん」
机に肘をついて指を組む狂児は真剣な顔をしていた。
「なんです?」
だらしなく足を投げ出して座る聡実は、面倒臭そうに首を傾ける。もう何回名前を呼ばれたか覚えていない。狭い部屋に入っている狂児を呆れた目で見る。
「ごめんて。もうせんから」
「そう言って、またやったやん」
「もうせん。こっから先は絶対せん」
「信じられへんよ、そないな言葉聞き飽きたわ」
顔の前でひらひらと手を振り、聡実は狂児から目を逸らす。狂児の後ろにいる職員は聡実に背中を向けたまま動かない。
6944