奢り「旅はいいねぇ」
旅は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど…これはあんまりじゃないだろうか。
「しばらく遠征に行ってもらいます。考え事があるなら、小竜の好きな旅をしながらのほうがいいと思ったから」
手入れ部屋で言われたこと。
なかなかうまくいかな過ぎて、俺、神様だったはずだよね?って考え事増えちゃうよ。
「お兄さん、この布なんてどうだい?」
「ん?」
今は目立たないよう、この時代の人たちには黒髪で、旅人の格好をした男が歩いているようにしか見えない。
旅人…これ、修行に行く時に似てるよな。
でも修行じゃないんだよ。
「ああ、いい布だね。この時代にしたらいい布だ」
実際そうなのだが、言い方を間違えた
「この時代…?」
「ああ、この生地はいいって言ったんだよ」
「そうかい、いい生地だろう?」
「ああ。でもちょいと好みじゃないから遠慮しておくよ」
「そうかい?残念だねぇ」
「ちゃんと似合う人が来るさ」
「ありがね~」
ひらひらと手を振りながら先へ急ぐ。
主がいる時代での時間と遠征先での時間は異なっていて、こちらでは何倍にも日が経つのが早い。
考え事は至極簡単なことだったからすぐに片付いた。
すぐに帰らないのは、純粋に旅をする時間を楽しみたいから。
「そこのお兄ちゃん、難しい顔してどうしたんだい?」
「いや、難しいか、お…あれ。なんでいるんだい?」
「遠征の見張り役だ」
「僕はこの時代の文化を見て見たくてね」
「…そうかい。気付かなかったよ」
少し考えれば分かることに気付いてなかった。
「この遠征任務は難しくはない。肥前のが寄越されたんは、想像つくじゃろ?わいは先生と行くからゆっくり話してみぃ!」
「陸奥守くんは話が早いね。さて、僕が気になるのは…」
「陸奥守!ちゃんと先生に着いていくんだぞ!」
手を振り町中に向かうふた振りを見送り、肥前を見る。
「えーっと…」
どうしようかと周りを見渡して、また肥前を見れば、目つきがさらに悪くなった。
「ちっ…腹が減った。そこの飯屋に入るぞ」
「そうだね」
これは僕の奢りだよねぇ…なんて思いながら席に着いたのだった。
ご飯とおかずを何個かを頼んだ肥前忠広はそっぽを向いていて目が合わない。
「肥前、忠広くん」
「肥前でいい」
「じゃあ、肥前。この間はありがとう。助かった。」
頭を下げればこちらに視線を感じる。
「…なんであんな無茶したんだ」
「あー…」
俺よりはるかに彼はそういう場に慣れている。
だからこそ判断して、残ってくれた。
「謙信が頑張ってたのに負けられないなぁって」
肘を着いて載せていた頬が離れて疑いの目を向けられる
「俺は人斬りの刀だ。だから、主にお前と話してくれって言われたけど話すことなんて分かんねぇんだよ」
話の途中で食事が運ばれてきて、店員に礼を言い、両手を合わせていただきます、と言って食べ始めた彼には、なんだか話してもいいような気がした。
「…誉れを取りたかったんだよね」
豪快に口に食事を放り込みながら、リスのように膨らむ頬が可愛いけど、言ったらダメだよねぇ。
目線だけをくれて、次は?と促された。
「誉をためたら褒美がもらえるだろう?そのために、ね」
変わらずに口いっぱい食べている肥前は、充分に咀嚼してからごくんと飲み込んだ。
「褒美が欲しいのは分かる。だが、無茶をするのは話が違うと俺は思うね」
「ごもっともです…」
項垂れてしまったのを見て、肥前がため息を着くのが聞こえた。
「主になんて報告してほしいんだ」
「え?」
きょとんとすれば、ぶは、と笑う声
「長船の若い刀が褒美のためにしこたま怒られた、なんて噂流されたいのか?」
かああっと顔が赤くなるのが分かった。
「かっこ悪い!」
両手で顔を隠せばゲラゲラ笑っている
「あんた面白いな!ほら、さっさと飯食ってふた振りと合流すんぞ」
「きみは、案外とそんな感情を持ち合わせてたんだねぇ」
「さっきの噂流すわ」
「ごめんなさいこれで勘弁してください」
この時代のおしんこは大量に盛られてるんだよねぇ
「じゃあこれもな」
ひょい、とめざしを持っていかれた。
「あああっ!もう…仕方ないかぁ」
にやにやして見ている肥前のめざしを咥えている口は固いと信じたい。
少なくなったおかずより多いんじゃないかってくらいに味噌汁は、野菜がたっぷり入ってる。
「いただきます」
両手を合わせてから、食べ始める。
「…燭台切の食事を早く食べたいよ」
「見張り役だって言ったろ。お前が隊長なんだ。帰りたいと思ったら帰れるだろ」
すでに食べ終わった肥前は出されたお茶を飲んでいる。
「…甘味は先生と合流してからにするか。陸奥守もあんなん相手じゃ食事なんて無理だろ」
「まだ食べるのかい君…」
「悪いか?」
「いや全然」
食べ終わり会計はやっぱり俺。
「ごっそーさん!さて、もう少しこの時代にいるならあいつら見つけないとな」
「…明日には帰ろうかな」
「ああ、いいぜ。隊長さん」
にやりと笑う肥前と目が合う。
「決まったんなら早く教えろよ」
その目は心底面白い、と物語っていた…