「お二人さま、カップル割で大丈夫ですよ」
ふいにそう声をかけられたのは、水族館のチケット売り場だった。財布を出しかけた真島に係員の女性が微笑みながら言った何気ない一言で、ユキの指がぴくりと動いた。
「……カップル、って……」つぶやく声は ごく小さく。ユキはチケット売り場のガラスに映った自分と真島の姿へ目を向けた。並んで立ち、手をつないでいる。ちゃんと『恋人同士』に見えるらしい。
「ふふっ……へへ……えへへっ」少し遅れて頬がにやけてきた。気付けば指先が胸の前でくるくると踊り、足元では軽くつま先が交差する。恥ずかしさと嬉しさが入り混じったその仕草は、まるで花が咲いたみたいに幸せそうだ。
「カップル、って……わたしたちが。ふふっ、ちゃんとそう見えるんですね……真島さん」小声で呟きながら真島の袖をくいと引っ張る。言葉にはしないけれど、その目が、「うれしいです」と言っていた。
ユキにとって、“真島さんとおつきあいしている”という関係は、幸せで、ちょっと夢みたいで、何度も確かめたくなるもの。でもたった今、── 知り合いでも友人でもない、「恋人同士」と思ってもらえたその事実が、胸の奥をじんわりとあたためてくれる。
「そんだけ自然やって事やろ、俺らが一緒におるのが」真島は静かに笑うと、ユキの頭をそっと撫でた。前髪を指で整えるように触れたあと、そのままやさしく抱き寄せる。
「……もっと、そういうふうに見られたいです。たくさん」少しだけ甘えるように伏し目がちになって、ユキは真島の胸に額を寄せた。声も、熱も、ささやかな幸せも、ぜんぶ伝わる距離で。
カップルって、言われたから。
今日はなんだか、抱きしめられたくなる理由が増えてしまった。