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    fuduki_otk

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    fuduki_otk

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    エスケ大人組。
    選挙をがんばる愛様とそれをこっそり見守っていたジョチェ。

     午後八時。
     賑やかしのためになんとなくつけていたリビングのテレビから、視聴者の注意を引く独特のチャイム音が響き渡る。
     今日の仕事を終えて、虎次郎が作り置いていったつまみを肴に缶ビールを傾けていた薫も、思わず釣られてそちらに顔を向けた。
     
     ──東京都、○区。××氏。当選確実。
     
     画面上部に表示されたテロップに、薫はそういえば今日が衆院選の投開票日であったことを思い出す。
     薫がそのことを忘れていたのは、選挙に興味がないからではなく、期日前投票を利用したからだ。
     自由業である薫はいつクライアントとの打ち合わせが入るか分からないため、空いた時間を有効利用して、国民の権利を行使したのである。
     そう少なくない額の税金を納めている以上、投票は義務ではなくその対価たる権利であるというのが薫の意見だが、それはあくまで一個人の意見であり、他人に強制するべきことではない。
     ただ、このところ下がり続けている投票率のグラフを眺めていると、それなりに思うところがないわけではなかっら。
     それは、いち有権者としての感想であり、知人に被選挙人を持つ者としての感想であった。
     
    「……お」

     再びテレビがチャイムを鳴らし、新たな当選確実者の情報が画面上部に映し出される。
     
     ──沖縄県、○区。神道愛之介氏、当選確実。
     
     見覚えのあるその名前を見て、薫は低い位置でぐっと拳を握りしめた。
     それと同時に、愛しのカーラが携帯電話の着信を教えてくれる。
     相手は聞かなくても分かっているので、薫はそのままカーラに通話を許可し、ぞんざいに話しかけた。
    「なんだ?」
    『よー、薫。お前、テレビ見てるか?』
     答えたのは案の定、幼馴染の虎次郎だった。
     虎次郎の声の後ろでは、何かを炒めているような音や、客の注文を取るスタッフの声などが雑多に飛び交っていて、虎次郎がディナータイムで忙しい厨房からわざわざ電話を掛けてきたことが察せられた。
    「まあ……たまたま、な。お前こそ、店が一番繁盛して忙しい時間帯だろうに、わざわざ電話を寄越すとはマメな男だな」
    『マメなのはお前も同じだと思うけどな。俺がなんで電話したのか分かってます、って口ぶりじゃねえか』
    「む……」
     虎次郎の言う通り、たまたまだなんだと言葉では繕っていても、今日一日そのことが頭から離れなかったというのが事実である。
     神道愛之介。
     またの名を愛抱夢というその男は、薫と虎次郎のかつての悪友であり、そして、ここ沖縄の次代を担うと目されている若手議員であった。
    『ま、あいつの外面の良さは今に始まったことじゃねえし、特に心配はしてなかったんだけどさ』
    「そうだな。今時、票田なんぞ金で買えるしな」
    『おまっ、そういうことは冗談でも言うもんじゃねえよ!』
    「冗談のつもりはないが?」
    『なおのことタチ悪ィわ!』
     打てば響くような虎次郎の悲鳴にくつくつと笑いを漏らしながら、薫はふと思い立ってチャンネルを全国局から地元のローカル局に切り替えた。
     地元で人気のアナウンサーが務める選挙特番がまず映し出され、次いで、薫の予想通り、当確に沸く神道愛之介事務所が映し出される。
    『ありがとうございます。これも地元の皆様のご支援あればこそです』
     赤い造花を壁に貼った自分の名前の上に飾りながらそう語るのが、薫と虎次郎の悪友である、神道愛之介その人であった。
     青みがかった髪をぴしりと後ろに撫でつけて、張りのある長身に品の良いスーツを纏う姿は、思わずため息が出るほどに凛々しい。
     その本性がなんであれ、いま画面に映し出されている神道愛之介氏は間違いなく、県民の期待を一身に背負う将来有望な若手議員であった。
    「いま、ちょうどテレビに愛抱夢が映っているところだぞ。作り笑顔で愛想を振りまいて……うさんくさいことこの上ないな」
    『あっはは! 天下の桜屋敷先生に言われるとは、愛抱夢のやつ、よっぽどだな』
    「……どーいう意味だ?」
    『べっつにぃ?』
     含みのある虎次郎の言葉に薫は声の温度を下げるが、電話越しであることが普段より余裕を生むのか、虎次郎の態度に悪びれる様子はない。
    「……まあ、とにかく。これで一安心だな」
    『だな。まあ、無職になる愛抱夢ってのもちょいと見て見たかった気もするが』
    「? 何の話だ? オレはSの話をしてるんだぞ?」
     Sの主催者は神道愛之介こと愛抱夢であり、Sが開催されるクレイジーロック周辺は、神道愛之介の関係各所への根回しにより治外法権のような状態が保たれていた。
     でなければ、夜な夜な危険なスケートレースを、あれほどの規模で開催することなどかなわないだろう。
    『またまたー。ま、そういうことにしといてやってもいいけどさ』
    「そういうこともなにも、そういう意味しかないぞ。別にオレは愛抱夢が当選しようが落選しようがどうだっていいんだからなっ」
    『ハイハイ』
    「ハイは一回!」
    『はあい』
    「てめえ……喧嘩売ってんだろ……!」
     ペペロンチーノできたぞー、と、電話の向こうで呑気にスタッフへ呼びかける虎次郎へ怒りを滲ませながら、薫はテレビに映し出されている悪友の顔を盗み見た。
     張り付いた笑顔は作り笑顔。
     饒舌に語る言葉は絵に描いたような美辞麗句。
     けれど、ガラガラに枯れた声は数日間に渡る選挙戦に誠実に向き合った証であり、その努力までをも笑うことは、薫には出来なかった。
    『アイツに祝いのメッセージでも送ってやったらどうだ?』
    「……なんでオレが」
    『俺いま手が離せなんだよ。だから、代わりにさ。頼むよ』
    「……」
     虎次郎に懇願されて、薫の手が渋々テーブルの片隅で開いたままだったノートパソコンに伸びる。
     のろのろとやる気のないそぶりでメッセージアプリを立ち上げ、ぽちぽちと人差し指でメッセージを打ち込んで、一瞬ためらったのち──送信。
    「……送ったぞ」
     低く唸るような声で伝えてやれば、虎次郎は嬉しそうに「ありがとな」と返してくれた。
     その声は、心の底からかつての友人の活躍を喜ぶものだったので、薫もそれ以上はなにも言えず、天を仰いでため息をつく。
    「なんだかどっと疲れた気がするな……」
    『ははっ。俺も』
    「はあ……そろそろ切るぞ。お前も真面目に仕事しろ」
    『おう。お前はほどほどにな。じゃなー』
     ぷつん、と通話が途切れて、途端にリビングが静かになる。
     テレビには相変わらずにこにこと笑みを浮かべる愛抱夢が、キャスターの質問に答える様子が映し出されていた。
     その最中、愛抱夢のそばに音もなく秘書らしき男が歩み寄り、そっと懐から取り出したスマートフォンの画面を愛抱夢に見せる。
     薫は妙にそれが気になって、ぐっと身を乗り出して、テレビを見つめた。
     愛抱夢が一体なにを見たのか、こちらからは分からない。
     ただ、愛抱夢は驚いたように微かに目を見張ると、わずかに一瞬、自分の姿を捉えるテレビカメラに真っ直ぐ視線を向けて、ニヤリと笑った。
    「っ……」
     それは、薫の良く知る愛抱夢の笑みで。
     まるで、テレビカメラ越しに愛抱夢と目が合ったような錯覚に襲われて、薫は息を呑んだ。
     錯覚……そう、錯覚だ。
     そんな偶然、あるはずがない。
     薫は何度も首を振りながらテレビを消すと、残っていた缶ビールを飲み干して、リビングを後にする。
     しかし、リビングの明かりを落とす刹那。
     薫の口元にはほんのりと笑みが浮かんでいた。
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    69asuna18

    MAIKINGお題サイト『確かに恋だった』様

    【キューピットは語る】
    1.いい加減くっつけ
    2.見てるこっちがハラハラ
    3.我ながら完璧な舞台設定
    4.照れ屋もここまでくると病気
    5.ようやくこの日が
    おまけの6.惚気は他でやってくれ
    (わたし/俺のおかげってこと忘れてない?)
    全部書けたらpixivにあげるつもり。
    2.見てるこっちがハラハラ今日は暦とランガと三人でジョーの店へやってきた。お休みだから遊びに来ていいと言ってくれたのだ。本当はチェリーも誘ったんだけど、なんだか締め切りとかで忙しいらしい。そういえば先週のSにも居なかったし、普通の会社勤めじゃないあぁいう仕事は大変なんだなと改めて思う。ジョーのお店のドアに触れた時、暦が急に声を上げた。
    「待て、ミヤ!」
    「なんだよ、急に…」
    暦は人差し指を口元に当てて、シーッと沈黙を促す。聞き耳を立てるその様子をみて、ドアの方へ耳を傾けるとなにやらなかで話す声が聞こえる。
    「お前には関係ねぇだろうが!」
    「そうやって言って、すぐぶっ倒れるのはどこのどいつだよ!」
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