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    行方未知(ゆくえしれず)

    @needle_loverXXX

    ジャンキー女の子のR-18Gイラストがメイン。美少女の薬物注射みたいなフェチな絵を描いてます。
    他に娼婦と売春・スラム・ナチス・敗戦焼跡闇市・犯罪史・暗黒歴史・退廃エロス・権力・暴力・差別などがテーマ。
    Xに毎日イラストを流してます。見てね。
    https://x.com/needle_loverXXX

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    ポイポイ 204

    北町奉行所御用控 荒川筋夜鷹怪死一件顛末

    近頃、荒川筋において、若き夜鷹のむくろ、度々見出されるようになり候。奉行所にて不審に思い、手先の者を川辺に配し、密かに見張らせしところ、数日後の夜、若い女の悲鳴が聞こえ候。目明かしどもが駆けつけ候えば、茣蓙の上にて中年の男が夜鷹に馬乗りになり、揉み合ひており候。
    手先の者、その場にて男を捕縛し奉行所に引き立てて吟味を遂げしところ、本所に住む蘭方医、石井宗謙と申す者にて候。同人は仁医として名高き者なれど、南蛮渡来の注射器という道具を用い、多くの夜鷹を毒殺しておりしこと、明らかになり候。
    お上の取り調べに対し、宗謙は「夜鷹どもは皆、世に害をなす梅毒者なれば、取り除くは医師の務めなり」と頑なに言い立て候。
    本来ならば獄門に処すべき重罪なれど、殺されし者どもが夜鷹という下賤の身分なりし故、御慈悲を以て罪一等を減じ、遠島に処せられ候。
    なお、いよいよ島送りの船が出帆せらる当日には、これまでの療治を深く徳といたし候あまたの病家ども、船着き場へ群集いたし、名残を惜しみ見送りに来たりし由に候。
    この一件は、今なお町々にて取り沙汰尽き申さず候。

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    行方未知(ゆくえしれず)

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    できたR-15 刺青精霊紀行 青木ヶ原樹海

    死の気配に惹かれる精霊は、その地の災厄と喪失を身に刻む。
    ① 面白い映画を観た。
    ② さっそく映画にでてきた青木ヶ原樹海に行ってみた。(富士山九合目より青木ヶ原樹海)
    ③ 自殺の名所になってた……。(青木ヶ原樹海遊歩道)
    ④ しょんぼり……。
    ーーー
    ⑤ 波の塔でヒロインを演じた有馬稲子。人妻の色気……。

    青木ヶ原樹海には、磁性を帯びた溶岩のため方位磁石が利かず密林に遮られて空も見えず、迷えば二度と出られない『魔の森』だという伝説が知られている。それ以上に知られているのは、『自殺の名所』としてだ。
    それ以前にも青木ヶ原樹海で自殺はあっただろうが、自殺の名所として広く知られるきっかけは昭和34年(1959)から松本清張が雑誌『女性自身』で連載した小説『波の塔』だったとされる。新米検事と汚職疑惑に関わる政治ブローカーの妻の不倫ものなのだが、最後にヒロインの人妻は樹海に消え自殺にいたる。連載終了後すぐに映画化されるヒット作となった。映画でヒロインを演じた有馬稲子の美貌は、今でも圧倒される。
    舞台となった深大寺はカップルが集まり、ヒロインの死に場所となった青木ヶ原樹海は『波の塔』を持った自殺志望の女性達が目立って増えた。連載終了から14年経った1974年になっても、『波の塔』を枕に自殺した女性の白骨遺体が発見されるありさまだ。青木ヶ原では毎年自衛隊が捜索訓練などとして樹海に入り、警察や消防団なども探索を行っていた。ピーク時には100以上の遺体が発見・収容された。
    松本清張も小説が「自殺の名所」をつくり出すとは思わなかっただろう。編集者の回想によると、青木ヶ原で自殺者が発見される度に編集部と清張宅に警察から連絡が入ったという。影響は住民にまで及んだ。筆者が地元住民に聞いたところ、青木ヶ原にはよほどのことがないかぎり足を踏み入れないという。不用意に入り込んだ者が「おかしくなった」という話が語られているそうだ。
    #R-15#刺青#精霊#紀行#青木ヶ原 5
    行方未知(ゆくえしれず)

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    できたR-15 刺青精霊紀行 寿産院跡(東京都新宿区市谷柳町27番地)

    身体に死者の記録を刻んだ人ならざる少女は、死地を巡る。
    「ここには何もない。でも、私はここに来てしまった」

    ①都営地下鉄牛込柳町駅。寿産院まで数分の場所にある。
    ②かつての寿産院。当時の姿を幻視。
    ③寿産院跡地至近。なんの痕跡もない。

    昭和23年(1948)、新宿区の助産院『寿産院』において乳児の大量殺人が発覚した。主犯は助産婦で、養育料の横領や養育に係わる配給の横流しで大金を稼いでいた。
    主に未婚の男女の間に生まれ育てることができない私生児を預かって養育し、子供を欲しがる者に斡旋する特殊産院が『寿産院』だった。その真の姿は人身売買であり、売れ残った乳児の大半を栄養失調で死亡させ、一部は冬期に保温せずに凍死させていた。泣き声がうるさいという理由で直接手を下して殺したという証言もある。
    寿産院内には40人以上の遺骨が放置されていた。消えた乳児は169人という説が有力だ。名乗り出る親は少なく、全員の行方は把握できなかった。警察は死亡84人、行方不明85人とし、検察は27人の死亡で起訴した。
    判決では、22人の殺害容疑は証拠不十分で無罪とし、5人についてのみ栄養失調で殺害した不作為犯(手は下さないが死ぬとわかっていて放置した)と認定。主犯の助産婦は、懲役4年の判決を受けた。犯人は、出獄後不動産業で成功。1987年に91歳で死亡した。
    寿産院から数分の距離に新選組『試衛館』の跡地があり、小さな記念碑が建っている。しかし、おそらくは100人を超える大量殺人が行われた現場には、慰霊碑のひとつすらない。現場は変哲のない都心のマンション地区になっていた。これには、「産院に同情した」「大多数はモテ余して預ける」(菊池寛賞を受賞した徳川夢声)という声に典型的に表れる『不義の子』の命の価値は低いという意識。そして、敗戦の混乱時の穢れた出来事を忘れたいという人々の意思を感じさせるのだ。
    #刺青#精霊#紀行#壽産院#寿産院 3
    行方未知(ゆくえしれず)

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    できたR-15 刺青精霊紀行 谷川岳一ノ倉沢

    死の気配に惹かれる精霊は、その地の災厄と喪失を身に刻む。

    登山者のなかには、死に向かい山に登るような人がいる。
    谷川岳での遭難死者数は820人超。世界で最も多い。なかでも一ノ倉沢は、昭和初期から登山者の命を飲み込んできた。昭和初期に行方不明となった登山者の遺体が、50年ぶりに発見されたことさえあった。
    収容不可能な遺体を野焼きするため多くの木が焼かれ、山の木が減ってしまったという。少女は山で野焼きされることを美しいと感じた。
    この山には常識では考えられない遭難死、そして死者の逸話が多く伝えられている。
    ーーーーーー

    ①②土合駅
    日本一の地下駅と呼ばれており、下りホームから改札までの間に486段の階段がある。かつては上野発の夜行列車に乗れば、翌早朝にはこの駅に降り一ノ倉沢へ歩いて入ることができた。そのアクセスの良さが、ここで多くの遭難死を生んだ大きな理由のひとつだろう。

    ③一ノ倉沢
    ヨーロッパアルプスのピッツ・バディーレ北稜に比肩する難度(5級下・最高ピッチⅤ)のルートを擁する。アイガー北壁に比せられる日本三大岩壁のひとつ。死者数では世界一とされ、世界の八千メートル峰での死者数を全て合わせたよりも多い。

    ④土合霊園地
    谷川岳で遭難死した登山者の慰霊塔がある。昭和12年(1937)に地元の水上村と水上山岳会により建てられた。となりに遭難者の名前が刻まれた黒い壁のような「過去碑」がある。ここに昭和6年(1931)の最初の死者から年代順に名前が刻まれている。その数は820人を超える。

    ⑤一ノ倉沢出合い
    岩壁に死者を悼むレリーフ(墓標)が百以上も打ちつけられている。錆びて朽ちかけたそれらを眺めていると、裸の女性を彫った奇妙なレリーフを見つけた。まだ16歳だった死者を悼むものだった。女を知らず死んだ子を思う親の気持ちが切なかった。

    X: https://x.com/needle_loverXXX
    #刺青#精霊#紀行#谷川岳#一ノ倉沢 5
    行方未知(ゆくえしれず)

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    できたR-15 刺青精霊紀行 湯殿山麓即身仏

    死の気配に惹かれる精霊は、その地の災厄と喪失を身に刻む。

    ①②③湯殿山注連寺
    ④⑤湯殿山総本寺 大網大日坊
    ⑥湯殿山神社本宮

    山草や木の実だけで命を繋ぐ木食の行を何十年も積み重ね、生きながらにして土中に入定し三年三ヶ月後に信者の手により掘り出し清め即身仏となる。これを一世行人という。山形県庄内地方を中心に全国に十六体の即身仏が現存する。
    信仰を集めた鉄門海上人の即身仏が安置された注連寺は、即身仏の聖地とされている。鉄門海上人は、若いころ川人足で、女郎をめぐって武士と喧嘩し殴り殺してしまった。進退窮まった上人は、注連寺に駆け込みそのまま出家した。25歳のときだ。そして、一世行人として修行を始めた。
    籠山行の途中、馴染みの女郎がよりを戻そうとして訪ねてきた。鉄門海上人は「今は出家の身、女子は修行の妨げである」として追い返したが、その時、自らの睾丸を切り取って女郎に与えた。鉄門海上人の睾丸は「商売繁盛のお守り」として女郎の間を転々とし、現在は鶴岡市の南岳寺に納められている。学術調査で鉄門海上人の即身仏と血液型が一致し、この逸話は事実であろうと考えられている。

    精霊は手を合わせる。
    即身仏は、死体ではなかった。
    死を超えてなお、この世にいるものの顔だった。

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    #刺青#精霊#紀行#霊地#霊場 5

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