貢ぎ物の現パロ宇槇ただいま、と声が聞こえた。
廊下に出ると彼が玄関に立っている。引き出物の大きな紙袋を提げて。
肩まで伸ばしている髪を後ろで一つにまとめ、オーダーメイドのスーツを身に纏う姿はいつもながらなかなかの迫力だ。
街を歩けばモデルをやらないかと決まって声をかけられるほどの美貌。そんな彼も、俺の顔を見ると子供みたいに白い歯を見せて笑うのだ。
「でっかいのが入ってるぜ!」
そう言って差し出した紙袋を受け取る。中を見ると、凝ったデザインの席次表や席札の下に見慣れた柄の箱が入っていた。
なるほど、大きいな。ずっしりと重い紙袋を手に俺は声を掛けた。
「おかえり」
この部屋で二人暮らしを始めて、一年が過ぎようとしている。
『バウムクーヘン・メモワール』
彼とは勤め先の学校で出会った。教え子だった。家庭が複雑だったこともあり色々親身になっていたところ、惚れられてしまった。
人生、何があるか分からない。
信じられないのはモデル級の美貌を持つ若い男に口説かれたことではない。教師であり、同性であり、随分と歳上のおっさんである自分が彼を受け入れたことだ。
「食べようぜ! コース料理じゃ腹一杯にならなかったんだよなあ」
二人用の小さなダイニングテーブルに大きなバウムクーヘン。向かい合って座るが、半分には切り分けない。俺は四分の一を皿にとり、残りを彼の前に置いた。
いただきますと同時にフォークで切り分けたひとくち分が大きい。それを嬉しそうに頬張る姿を見て、やはり若いなと思った。
「ん、美味い……!」
満足そうに微笑む彼に目を細め、それからフォークを手に取った。
何度も重ねられた生地。しっとりとしているので、フォークで切り分けてもポロポロと崩れることはない。口に入れると外側に塗られたフォンダンが舌に触れて、甘い。
視線を感じて見ると、今度は彼のほうが微笑を浮かべ俺を見ていた。──全く、こんなおっさんのどこがいいんだか。
今年に入って、結婚式に出席するのは二回目だ。学生だった彼もそんな年頃になったのだ。俺と出会わなければきっと、普通に家庭を持っていたに違いない。……いや、もしかしたら独身のまま多くの女性を手玉にとっていたのかも。
ただ、こう見えて彼はとても一途なのだ。
ティーバッグで淹れた安い紅茶と交互にバウムクーヘンを頬張る。向かいに座る彼は早くも半分以上をたいらげ、フォーク片手に首を傾げた。
「なあ先生、俺達も結婚式しよっか?」
最後のひとくちを頬張ったところへの不意打ち。咀嚼して飲み込むまでの間、思いを巡らす。
タキシードなんて、似合うに決まってる。和装もありか。人望の厚い彼は多くの人に囲まれ盛大に祝福されるに違いない。幸せそうな彼の姿を見たいと思う……が、その隣にいるのか? 俺が?
脳内に繰り広げられていた華やかな光景に影が差す。俺は甘みのない紅茶を啜ったあと、椅子の背もたれに寄りかかった。
「まあ……その『先生』呼びが直ってからだな」
「え?!」
ティーカップを持ち上げようとして、目を丸くする。
「言ってた?! 俺?!」
「言ってた」
腕組みをしてうんうんと頷いてみせた。彼は甘える時、しばしば俺を『先生』と呼ぶ。抜けきらないその癖が愛おしい。後ろめたく感じたところで出会いのきっかけは変わらず年の差も埋まらない。特別な存在だと認めた時に腹を括ったはずだろう?
「じゃあ、新婚旅行行こうぜ。どっか行こう」
「旅行か……」
「先生の行きたいとこでいいからさ」
「あ」
「え?」
「ほら、また……」
「えーっ!!」
悲痛な声を上げ、ダイニングテーブルに突っ伏した姿を前にしみじみと思う。
彼の隣で生きていく道を選んだのだと。
終わり