Laylaa 胸苦しさに、アスランは目を覚ました。上体を起こし、膝を抱えるようにしてうずくまる。肩に竜でも降り立ったかのような重苦しい痛み――思わず呼吸が止まりそうになるのを堪えて、ゆっくりと細く息を吐く。
「――アスラン様」
侍従が声を掛けて近付いてくるが、アスランは軽く手を振って制止する。声は出ない。出せない。
固く目を瞑って耐えていると、やがて痛みが波のように引いていった。どっと冷や汗が噴き出し、肩の重みが鈍い痺れに変わる。
大きく息を吸って、吐いて。そうすると、急に心臓が脈打って、かあっと身体が熱くなる。しかし指先は冷たい。
鼓動が落ち着くのを待って、アスランは寝台から降りた。バルコニーに出て長椅子に腰かけると、夜の砂漠の向こうから、冷たい風が吹きつけてくる。
見上げれば、紺青の空に銀の星粒が瞬いている。月のない夜だから、夜空の底の小さく弱い輝きさえも仔細を見て取れる。
「……ライラ―」
月のない夜。太陽信仰の根付くこのレジェンドラで、特別な意味を持つ夜の名前、それがライラ―。
こんな夜は、彼女のことを思い出す。ただ一人、魂の底からアスランが愛した女。
アスランは長椅子に寝そべって、月のない夜空を見上げた。
月の光は太陽の光の裏返し――月のない夜は、ひと月のうち唯一太陽の気配が消える夜だ。
アスランは目を閉じる。肩の痺れはまだ取れない。
発作を起こす毎に、死神の手が生命と魂を削り取っていくようだった。一足、ひと足と、死へ歩み寄っていく――。
恐ろしいとは思わない。だが、この心臓を掴もうとする死神の手を振り払う気力もまた、残ってはいない。
風が通り抜ける。宮殿は、朽ちた遺構のように静かだ。
皇子たちは一人を残して皆死んだ。残った一人も、魔王討伐レースのため国を離れている――もっとも、あれはそもそも宮殿には好んで居つかなかったが。
そう、ひとり。皇子は一人。だが、血を分けた息子は、もう一人――砂漠の夜の影のように、夜空を彩る月のように、ただひとりアスランの罪を映し、見つめている。
お前の、名前は。私の罪のひとかけらだ。
太陽が沈む。レジェンドラの灯はもう間もなく消える。そして、新たな太陽が昇る――
お前は何を選ぶ? 太陽は星の光を飲み込む。焦がれれば焦がれるほど、その熱さは容赦なく近しい者を焼く。
そう、時には我が身すらも。
お前は私によく似ている。だから。だから、お前が王になることを、私はきっと――恐れている。
目を開けると、頭上にたなびく星影から、一粒が尾を引いて流れ落ちた。
流星は死人の涙と聞く。泣くのは彼女か、それとも非業の内に果てた息子たちか。
アスランは自嘲する。
きっとどちらでもないだろう。惜しまれるほどの情を、分けられたとは到底思えぬ。
「お前は、ただの一度も泣かなかったな」
どれほどの不遇も、不運も。彼女の瞳から光を奪うことは出来なかった。
愛していたのだ、他の何よりも。
ただ、私が王でさえなければ。
「……お前は、どうだ」
アスランの問いに、ちかちかと星が瞬いて落ちる。
「ライラ―……」
月のない夜。
沈むならば、この夜がいい。
夜の砂漠のずっと向こうで、燃え尽き崩れて冷たい砂の一粒になって。
許されるのならば、また。
お前に会いたい。