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    モブ胸糞魔術師×つなくん12さい ①

     齢十二の綱は、今日も金時に稽古をつけていた。
     ひのきの棒を大上段に振りかぶる金時。綱はそれをひらりとかわし、同じ得物で地面すれすれを薙いだ。
    足首を強く打たれて倒れた金時は、じたばた暴れて「くっっそお~~!!!」と悔しがった。
    「すもうなら負けねェのに!!!」
    「その言い訳は聞きあきた。」
    びよんと跳ね起き、何度も突進する金時を、綱は何度でも打ち負かした。
    「今日はここまでだ。」
    「ええ~!?」
     不満をあらわにする金時に、「続きは明日。日の出の頃でどうだ。」と提案する。
    「……わぁったよ。明日な。約束な!明日はぜっったい負かしてやっからな!!」
    「ふむ。楽しみにしておこう。」

     そんなやり取りをし、頼光様に付き添って諸々の役目をこなし、綱は普段どおり眠りに就いた。
     夜半、ふと寒気がして目を覚ました綱は、部屋のすみに何やら黒いものがわだかまっているのを見付けた。素早く枕元の太刀を掴んだ直後、黒い影は急激に膨張し、綱を頭から飲み込んだ。
    「!?」
     一瞬前まで耳に届いていた鈴虫の声、葉擦れの音、それらが掻き消えた。四方を闇に閉ざされ、目を開けているのに自らの手足も見えない。
    「――……、……――――、」
     声を発しているはずなのに、自分の喉が振動していることはわかるのに、音にならない。
    (……頼光さま。 卜部どの。 碓井どの。)
     呼びかけても、呼びかけにならない。当然のように、応える声もない。
    (……金時。)
    (……約束、……)
     それを最後に、綱は口を引き結んだ。どうすればいいか分からなかった。
     光もない。音もない。立ちすくんだまま、何日も、何年も経ったような心地がした。

    「……!」
     出し抜けに、遠く向こうから光が射した。
     綱は駆け出した。ついさっきまで現実味の無かった己の脚が、地を蹴っているのを感じた。
     ようやく抜け出せる。きっと、ようやく帰れる。
     光に追いすがった。視界が開けて、まっ先に目に入ったのは、橙色の炎に照らされた、石造りの壁だった。
    (……ここは……)
    「初めまして。よく来てくれたね。」
     黒い外套に身を包んだ男が、鷹揚に両腕を広げて微笑んだ。
    「君はサーヴァント。そして私が、君のマスターだ。
     共に闘い、この聖杯戦争を勝ち抜こう。そうすれば、君の願いは必ず叶う。」


     ○


     外套の男は、困惑する綱を気遣い、別室へ案内した。
     見たことのない家具に立ち尽くす綱を見て、「無理もない」と静かに頷き、『机と椅子』の用途を説いた。先に座ってみせた男にならい、綱も慎重に席についた。
     男は綱に紅茶、シチュー、バゲットを振る舞った。男がバゲットをかじり、紅茶をすするのを見たが、綱は目の前のそれらに手をつける気になれなかった。
    「……先に温かいものでも、と思ったが……。警戒するのも道理だな。
    では、先に私の身の上を、そして君を呼んだ目的を話すとしよう。歓待の理由に納得して貰った方が、食事も進むだろうからね。」

     男は口火を切った。己が「魔術」と呼ばれる神秘を扱うこと。魔術を用いて、過去の人間である綱を、綱にとっての「未来」に呼び出したこと。
    聖杯を巡る殺し合いの歴史。サーヴァントを使役する代理戦争の仕組み。
    男が属する血族は、崇高な目的のため、代々聖杯を追い求めてきたこと。男と敵対する魔術師は皆、聖杯を非道な企みに用いようとしていること。

    「聖杯が悪辣な者どもの手にわたるのは、何としても避けねばならない。どうか、力を貸して欲しい。」
    「……」
     綱は男の話を注意深く反芻した。従うにしろ、疑うにしろ、この男の思惑をもう少し知る必要があった。
    「……どうして、俺を?」
     問われた男は、ばつが悪そうに笑った。曰く、綱を召喚するに至ったのは、男の力不足に起因するらしい。
    「つい先ほど「崇高な目的」などと大きな口を叩いたが、実は我々の家系は、長きにわたる魔術師同士の小競り合いの末、かなり衰退していてね……。
     力を持つ家系であれば、強力な英霊にまつわる聖遺物を手に入れ、それを召喚の触媒にできる。だが私は、ただでさえ魔術師としての能力も高くない上、財もなく、地位もない。せめて私の父の代と聖杯戦争の周期が合致すればよかったのだが……。正直、英霊が私の召喚に応えてくれるかどうかさえ、危ういところだった。」
     男の浅黒い手が、綱の拳を包んだ。
    「君が私に応えてくれて、本当に良かった。」
    「……」
     綱は迷っていた。
     この男のもとに留まれば、当面の衣食住は保証されるだろう。だが、自らの実力で古今東西の強力な英霊に太刀打ちできるとは、到底思えなかった。
    「……俺は、……強くありません。 6騎もの英霊を、打ち倒せるとは、とても……。」
     男は静かにかぶりを振った。
    「策はある。まず、この戦争の勝利条件は『最後の一組になること』だ。律儀にこちらから打って出る必要は無い。他の英霊同士が潰し合って消耗するまで、穴熊を決め込もうと思う。
     それと、サーヴァントの膂力は、生前の実力だけでは決まらない。マスターの魔力がサーヴァントに馴染むほど、人外の速度で駆け、強力な一撃を繰り出せるようになる。」
    「……」
    「……あぁ、そうだ。大事なことを伝え忘れていた。私が最初に、『君の願いは必ず叶う』と言ったのを覚えているかな。
     聖杯を手にすれば、マスターの願いに加え、サーヴァントの願いも叶えることができる。こういう言い方もなんだが、君に強い願いがあるなら、私と共に闘うことは、君にとっても利益になる。……何か、望みはあるかい?」
    「……」
    (願い……。望み……。)
     綱は考えた。願いと呼べるものは、すぐには思い浮かばなかった。
     自らのこれまでを思い返した。ほんの昨日まで居た場所……今はずいぶん遠くに思える場所を思い浮かべた。
    (……お屋敷。……頼光さま。卜部どの。碓井どの。金時。……)

    ―― 明日な。約束な!明日はぜっったい負かしてやっからな!! ――

    「……戻りたい……。」
    「『戻りたい』……?」
    「……元居た場所に、戻りたい……。」
    「……何だって……?」
     男は眉をひそめた。男が言うには、英霊とはそもそも「死後の魂」が「座」と呼ばれる場所に召し上げられ、全盛期の姿でサーヴァントとして召喚される、というのが通例らしい。
    「例外もあるらしいとは聞いた。死の直前、今際のきわの叫びを以て、英霊の座に辿り付いた者も居るそうだ。……君はそれとも違うのか?」
     綱は頷き、ここに来るまでの経緯を話した。男は顔を曇らせて考え込んだ。
    「そんなことが……。英霊の座にそのような側面があるなら、君の他にも、生涯を中途で絶たれたものが居るのかもしれないな……。」
    (……死後の、魂……。生涯を、中途で……。
     ……俺は……死んだのか? 英霊の座に……殺された……?)
     綱は茫然とうつむき、机の天板を見つめた。
    「……すまなかった。」
     その声に顔を上げると、男が深くこうべを垂れていた。
    「君の事情も知らず、私の願いばかり語ってしまった。君には何より先に、休息が必要だ。
     今後のことは、明日以降に。ゆっくり考えてくれていい。 喉を通るようなら、休む前に紅茶だけでも飲んだ方がいい。 隣の部屋に寝台があるから、使ってくれ。私は離れに居るから、何かあれば、気軽に呼ぶといい。」
     男が立ち上がるのを、綱は目で追った。男が扉を開け、屋内に夜風が吹き込んだ。
    「……あの。……お気遣い、ありがとうございます。」
     綱の声に、男は振り返って微笑んだ。
     そうして男は部屋を辞し、にたりと、醜悪な笑みを浮かべた。
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