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    葵 捺揆

    探囚のメモ的なものを放り投げてます

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    葵 捺揆

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    ホワイトデー探囚

    大事に育ててただけなのに「ノートン、もうすぐホワイトデーだからね!」
    「わかってるよ」
     女性職員から声をかけられたノートンが手を振って応える。毎年バレンタインのお返しはもらった女性の手伝いに駆り出されていた。最近は噂が広まって「一人につき一つ、簡単なお手伝い」に統一したものの、ホワイトデーは分刻みでスケジュールが組まれるほど忙しい。
    「ホワイトデー? に何かあるのか?」
     隣を歩いていたボアから訊ねられて、バレンタインやホワイトデーの概念と毎年のルーティンを話した。
     ボアは最近ノートンがいる管理局にやってきた保護対象者だ。双子の兄が蛇に変化できるという蛇人間で、ボアと離れたがらなかったものだから一緒に保護する形になった。
     ボアは目に蛇の要素が現れていたが、中途半端に要素が現れていたことと現人神として崇められていたバイパーに対する不敬として片目が潰されている。他にもバイパーとの外見の相似もあって虐待に近い境遇だったようだ。
     対して蛇の要素が強いバイパーは完全な蛇になることができ、先程も言ったように周囲の人間からは現人神として崇められていた。バイパーにとってボアの虐待は許せるものではなく、管理局が介入した時に真っ先にボアの保護を申し出たほど頭に来ていたようだった。
     バイパーも座敷と呼ばれるい草のマット……畳と呼ぶらしいものの上に転がされ、ほぼ監禁されていたため足の筋力が衰えて動けなくなっていた。そのため彼を抱っこしてボアに会いに行ったのがノートンとボアの出会いだった。
     バイパーが抱っこされていることに初めは警戒していたものの、このことがあったせいか管理局が保護した後、ボアはノートンから離れなくなった。知らない場所で知らない大人と一緒にいることが不安なのだろう。
     バイパーは数日経って慣れてきたようだ――管理局の一人を子分だ! と連れて回ってることに目眩がしそうになった――が、ボアが彼のように動き回るにはもう少し時間がかかりそうだ。
     幸いなことにバイパーが親しくしている局員には少しずつ慣れ始めているから、一年もしないうちにノートンの手を離れるだろうと予測している。それまでにボアが普通の人間のように生活できるよう支えるのが今のノートンの職務だ。
     なのでこういったイベントごともことあるごとに説明するのだが、いつもは目を輝かせて聞くボアが今回は少しだけつまらなそうに聞いている。
    「もしかしてもう誰かからイベントのこと聞いたのかな?」
    「え? ううん。初めて聞いたよ」
    「ああ、ホワイトデーはバレンタインとセットのようなものだし、今から参加とはいかないからつまらないよね。来年はボアも参加しようね」
    「う、うん……」
     歯切れが悪いボアに首を傾げながら学習室でその日の勉強を終える。一日を通して元気がないなとは思っていたけれど、翌日ボアと一緒に待っていたバイパーからボアに何したんだと詰め寄られて驚いた。
    「バイパー待って! 何もされてないんだってば!」
    「嘘つけ! じゃあなんで落ち込んでるんだよ!」
    「それは……」
     憤るバイパーをボアが止めようとするけれど、ボアのために怒っているのが伝わっているようで強く出られないみたいだ。
    「心配かけてごめんね。昨日から元気がなかったって気付いてたんだけど、ちゃんとボアの話を聞いてあげればよかったね」
    「気付いてたんだ……あ、じゃなくて! 違うよ、まかんさんは何も悪くないから!」
    「じゃあなんで落ち込んでるんだよ!」
    「えっ。よ、よくわかんない……」
    「はァ!?」
    「バイパー、そんなに怒ってたらボアが答えられないよ。落ち着いて」
    「お前は落ち着きすぎなんだよ!!」
     ボアを守って威嚇するバイパーから蛇のような緊張感を受けるけれど、ノートンが怯んだらバイパーにいうことをきかせることができなくなってしまう。物を教える立場としてはここでバイパーに飲まれるわけにはいかない。
    「ボアは今まで周りから言われてきたことしか考えることを許されなかったんだ。自分の意見を言えるように頑張ってるところだから、バイパーも焦らずに支えてあげようね」
     ノートンが言うとボアは照れくさそうな顔を俯いて隠そうとするし、バイパーは面白くないと言わんばかりに頬を膨らませてノートンを睨んだ。
     育つ環境って大事なんだなぁ、としみじみとしながら、もちろん、と口を開く。
    「もちろんバイパーがボアのことを思って怒ってるのはボアも僕もわかってるよ。誰かのために怒れて偉いね」
     にこりと笑ってみせると今度はバイパーも照れたようで、当たり前だろ、とツンケンしながらも誇らしそうだった。
    「じゃあ二人とも、着替えたらご飯を食べに行こう。今日は二人の好きな目玉焼きだよ」
    「目玉焼き!」
    「はんばーぐは!?」
     ここで初めて食べた食事が目玉焼きが乗ったハンバーグだったせいか、二人はこのメニューが大のお気に入りだ。バラバラに出てきても機嫌はいいけれど、二つ一緒に食べたがる。
    (こういうところは子供っぽくて可愛いな)
     二人の肉体はまだ成人前だと検査でわかっている。実際の年齢はわからない。記録が残っていなかったのと本人たちもわかっていない様子で、一先ずは十四歳ということで扱っている。
     大人が多いこの施設の面々からは可愛がられているようだ。晩御飯の時に我先にと報告したがる双子の話からもそれがよくわかった。
     これからはそんな日々が続くのだと、ここは安全なのだとボアが受け入れられれば、ボアの主張が聞ける日も来るだろう。
    (人事考課で飛ばされなきゃ良いな。まだ人見知りが出るし、引き続きボアを担当できれば良いんだけど)
     今のところの懸念はそれだけだ。バイパーを担当しているアンドルーには若干苦手意識が薄れたようだし、局員の何人かも話をするまでにはなったが、まだ身体を強ばらせていることが多い。もう少し見守っていたいと思いつつ双子をクローゼットまで連れていく。
    「ハンバーグはまた今度ね」
    「今度っていつ?」
    「今日の昼?」
    「良い子で今日やることを全部こなしたら夜はハンバーグにしてあげる」
    「ほんとか!? 目玉焼きも乗せるんだぞ!」
    「もちろんだよ」
    「やったぁ!」
     気がそぞろになる双子の着替えを手伝いながら、早くしないとご飯がなくなっちゃうよと急かしながら、好物に気を取られて笑みが戻ったボアに安堵していた。


     ボアが落ち込むような出来事なんてあっただろうか?
     身体検査の間、首を傾げながら昨日のタイムスケジュールを確認してみたが特に何もない。強いて言えば午後の移動中から少し元気がなかったような気がする。
    「ノートン! ホワイトデー忘れないでよね」
    「わかってるよ」
    「ふふっ、いつもありがとう。助かるわ」
    「どういたしまして。ああ、そうだ君たち今時間ある? 僕が見てる保護対象の機嫌を取りたいんだけど、子供って何したら喜ぶかな」
    「え? あなたの保護対象って例の双子ちゃんよね。そうね……身体を動かすことは楽しいって思う時期だし、あなたに懐いてるって聞くからアスレチックで一緒に遊んでみたらどうかしら」
    「運動か……」
     身体を鍛えるのが好きなノートンだが、運動が好きかと聞かれたら答えはノーだ。特に子供と遊ぶのは運動とは言い難い。けれど身体を動かせば気分転換にはなるだろう。
    (スポーツの指導と思ってやってみるか)
     双子が保護されたのは密林の奥深くだったから、川や海が近いこの街で暮らすなら溺れないように泳ぎ方や浮き方の練習をした方が良いかもしれない。まずは水に漬かって遊ぶところから慣れていくのもありなんじゃないか。
    「参考になったよ。ありがとう」
    「お礼はランチでもいいわよ」
    「それは却下」
    「なによ、つれないわね」
     くすくす笑う彼女たちに子供の遊び場にできそうな場所をいくつか聞いて、双子を待たせてるからと離れる。数歩歩かないうちに廊下の角から双子から送られるじっとりした視線に気付いて内心とても驚いた。
    「もう検査終わったの?」
    「まかんのすけべ!」
    「まさんさんのすけべ!」
    「えぇ? どこで覚えてきたのそんな言葉」
    「女の人はべらせてた!」
    「私たちより女の人がいいの?」
    「侍らせるってよく知ってるね……。今は君たちが一番かな。遊べるところを教えてもらってたんだよ」
    「遊べるところ?」
    「うん。明日は予定を変更してプールに行こう。水で遊ぶところでね、お風呂よりも大きな入れ物に水が入れてあるんだ」
    「プール行きたい!」
    「プール見たい!」
    「屋内施設に大きな池があるから見てみる? プールそのものではないけど、大きな水場だから覗いてみようか」
    「行く!」
     興奮で頬を高揚させてきゃあきゃあ騒ぐ双子と手を繋いで水生生物エリアへと向かう。植えてある植物が密林に似たものへと変わり、あの木見たことある! と元気よくバイパーが走り出すのを手を引っ張って止めたり、珍しい昆虫を見つけて観察を始めたボアを引っ張って歩かせたりして池の辺までやってきた。
    「でっかーー!!」
    「大きい……!」
    「危ないから水辺では走らないこと。約束は守れるかな?」
    「当たり前だろ!」
    「できるよ!」
    「よし、じゃあ僕が呼んだら戻ってくるんだよ。それまで自由時間」
    「やったー!! ボア、早く行こう!!」
    「待ってバイパー、走っちゃダメだってば」
    「ちょっとくらい大丈夫大丈夫」
     走り出したかと思ったら靴のまま水の中に入ったバイパーが飛んだり跳ねたり水を蹴って飛ばしたりしている。当然傍にいるボアも引っ張られて水に入ってしまい、バイパーが立てた水しぶきを浴びていた。
    「気持ちいいぞボア!」
    「わっ! 水がかかっちゃうからやめてよ!」
     楽しそうに遊ぶのを微笑んで見ていたら、通りすがりのマイクからお父さんみたいな顔してるとからかわれてしまった。悪いか。
    「二人とも、今日は見るだけって言ったでしょ」
     ひとしきり遊んだところで迎えに行き、濡れてしまった靴と靴下を脱いで裸足で戻った。始終子供らしく騒いでいたのが可愛かったなぁ、とホクホクしていたのがお気に召さなかったのか、双子からジト目で見られたけれど。
     双子が晩ご飯を食べる頃には疲れが出てきて、半分眠りながらご飯を済ませると早々にベッドに潜り込んでいた。よほど楽しかったんだろう。
     後片付けを済ませてコーヒーを飲みながら今日の報告書をまとめていたら、寝ていたはずのボアが部屋からこちらを覗いていた。
    「ボア? 眠れないの?」
     おいで、と手招きすると眠そうな足取りでやって来てノートンの膝の上に登り始める。眠い時のボアはノートンに甘えたがると気付いたのはこの数日のことだ。今まで人に甘えるという考えもなかっただろうから、意識の変化が出てきたのは喜ばしい。
    「なにしてたの?」
     眠気で舌足らずになっている。子供ってやっぱり可愛いなぁと思いつつ仕事だよ、と答えた。
    「今日もボアとバイパーが良い子で勉強して元気に過ごしましたって報告書を作ってるんだ」
    「報告書……」
    「これを見て偉い人たちがボアたちの健康とか虐められてないかとか色々知るためのものだよ。ボアたちはいつも日記書いてるでしょ? あれを仕事にしたようなものだよ」
    「ん……」
     眠くてノートンに寄りかかるボアは、子供体温であることと、入眠による体温の上昇でカイロのように温かい。幼児ではないのに甘いにおいがするのは何故だろう。体臭だろうか。
    「ボア、ミルクを温めたものを作ろうと思うんだけど、一緒に飲むかい?」
    「のむ」
    「じゃあ座って……」
     待ってて、と椅子に下ろそうとしたけれど、しがみついて離れない。何かあったかなぁ、と若干不安になりながら抱え直してキッチンへと向かった。ミルクを出してはちみつと一緒に鍋に入れる。ちょっとだけバニラエッセンスを入れて甘い香りをつけ足すと半分まどろんだボアの視線が鍋の方へと向かった。
    「あまいにおい」
    「そうだね。ボアこれ好きでしょ」
    「ん、すき」
     ミルクが温まったらマグカップに注いでソファへと移動する。今度は素直にソファへと下りたけれど、隣にノートンが座るとミルクを飲みながら寄りかかってくる。身体が温まって頬の血色が良くなっている。眠いのだろう。
    「飲んだら寝ようね」
    「ん……まかんさんは?」
    「僕はもう少し仕事したら寝るよ」
    「……いっしょがいい」
     珍しいな、と思った。先にも言ったがボアは人に甘えるという考え自体を否定していた。それまでの環境が甘えを許さなかったのはわかっているし、一緒にいるバイパーがボアに甘えたりバイパーと一緒に甘やかしたりして「甘える」という行為を学習中だ。
     基本的にワガママを言うのが苦手なボアが、少しでも甘えてくれたのが嬉しい。
    「一緒に寝る?」
    「ん-……おしごと、おわるまで、まつ……」
     眠気を堪えて顔をしわくちゃにしているのがおかしくて、先に寝かせようか、とボアを抱き上げた。
    「まかんさん……」
    「ん?」
    「すき。まかんさんはわたしのだから、ほかのひとにやさしくしちゃやだ……」
    「んん?」
     んー、と唸りながら顔をノートンの胸に擦りつけていたボアは、混乱するノートンを他所に完全に寝入ってしまった。
    「え? 好きって……」
     ボアを見下ろすと眠りながらもしっかりとシャツを握り締めている。絶対に離さないという意思を感じた。呆然としていたノートンの脳裏に今日一日の様子のおかしいボアの姿が過ぎっていく。
    「……様子がおかしかったのって、もしかして嫉妬……?」
     混乱しながらも、あ、お父さんを取られると思ったのかな、と納得した翌日、念のために確認したら恋愛の方の好きだとわかってしばらくノートンは壊れたのだった。
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