楓可不『君には言えない』 病室の夜は静かで煩い。日中に比べて人の活動がが少なくなる分、小さな音がよく響く。時計の秒針も、モニターの電子音も、可不可の命を繋ぐ点滴が落ちる規則的な音も、いちいち気にしてもキリがないのに、ひとたびその音を拾い始めると、僅かにずれながら続く音が鬱陶しくて仕方なかった。
可不可が入院している個室はそれなりに防音が効いているが完全ではない。どこかに向かい、どこからかやってくる救急車のサイレンも、可能な限り抑えられた廊下を通るスタッフの気配もうっすらと届く。
突然甲高い電子音が響いた。すぐにバタバタと人が集まり、出入りする物音。呼びかける声、指示を出す声。出所は隣の病室のようだ。
隣に入院しているのは可不可と同じ病気の少し歳上の患者だ。二十歳の誕生日を来月に控え、準備のために病院に戻ってきたのはつい数日前のはずだ。根治したら海外旅行に行ってみたいと話していた、というのは本人からではなく楓から聞いた。
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