ひとやすみにであう【ひとやすみにであう】
原稿用紙に走らせる万年筆がうまく走ってくれないなと久米正雄は悩み続けた際に想ったのだが、空腹であることに気が付いた。
文豪宿舎の久米の自室にて、彼はずっと原稿用紙と向き合って、自分の頭の中の情景を文章にしようとしていた。この辺りは文豪によって違っていて、
文章で浮かぶものや音楽で浮かぶものがいる。久米の場合、今回は情景であった。
「ホテルでの殺人事件……をテーマにした推理小説」
推理小説は久米も書いていたし、こうして書いている。
前に坂口安吾の原稿のコピーを拾った時に”今日締め切りなのに続きを書いていない”とその時に居合わせた図書館スタッフに言われて、
何なら続きを書いてみたら? とも進められて書いたことがあったのだ。ちなみに安吾の原稿のコピーは他にももう一つあって、
久米の友人である直木三十五が続きを書いてみたものの途中でうっかり酒を飲んで下戸だった直木が倒れて彼を慕っているハワード・フィリップス・ラヴクラフトが怒ったり、
さらにその続きを書いた夢野久作の原稿がぶっ飛んでいて、エドガー・アラン・ポーが途中で介入したりとなっていた。
「僕が書いた分は好評だったけれども」
その時のことを思い出しながら、久米は原稿用紙と万年筆をもってから部屋から廊下に歩いていき、文豪宿舎を出る。
食堂は今日はやっていたはずだ。やっていない場合は食堂にあるものを適当に食べることにした。カレーはまだ食べられる。
カレー。それは食堂が止まる日にに高確率で出てくる食べ物だ。最近はでもそんなことはないのだが、カレーの印象は強い。
「三汀!」
「おはようございます。提灯……ですか?」
宿舎から出て、食堂へといこうとすれば、爽やかに声を掛けられた。
久米の俳句の師匠である河東碧梧桐が久米に呼びかけてきた。手には提灯を持っている。
何故提灯なのだろうとなった。帝国図書館の物置は定期的に整頓をするようにはしていても、謎のものがおいてあるのでそれだろうかとなる。
「倉庫をあさっていたら見つけてさ。夜の明かりに使おうかなって」
「……確かに、ランタンは使われていますが」
夜に電気のついていない廊下を歩いたりしたときに明かりが必要な際に提灯を持っていけばいいだろうと碧梧桐は言う。
ランタンやカンテラならば使ったことがあった。置いてあるところには置いてあるのだ。
「原稿用紙……今は、どんな話を書いているの」
「ホテルでの殺人事件です。殺したまでは書けたのですが、その後が」
「いろんなホテルや殺人事件が見られそうだね!」
「それだけ聞くと物騒に聞こえますね」
確かに、と碧梧桐が朗らかに表情をかえた。自分とは対照的だとなる。
「これから食堂に行くつもりなんだ。食堂は休みだけれども、食事当番は中島君の裏の方だから。一緒に行かない?」
「……行きましょう。原稿の方も、読んでくれると嬉しいです。まだまだ序盤ですが」
「読むよ。気が向いたらでいいから俳句も一緒に作ろうね」
久米は碧梧桐と原稿用紙と共に食堂へと足を進める。碧梧桐は赤い提灯を持ったままであった。