七夕も記念日【七夕も記念日】
「Hey.親友! これから七夕の準備をするんだがお前もどうだ?」
「うわあああああ!!」
朝からスコット・フィッツジェラルドに軽快に挨拶をされるのは尾崎放哉にとってはキャパオーバーであるようだった。
六月下旬、何日か待てば七月がやってくるある日、帝国図書館は開館準備に追わていた。放哉は散歩をしていて、たまたま本館の方に
行ったのだが、出会ったのがフィッツジェラルドであった。
「叫び声が聞こえたが」
「一体、どうしたの」
放哉が心を落ち着かせようとすると高浜虚子と河東碧梧桐が来る。フィッツジェラルドも放哉にとってはきつい。明るすぎてきついのだが、
虚子は別の方向で苦手であった。この中で一番碧梧桐がマシだったので放哉は碧梧桐の後ろに隠れる。
逃げたいところであったが逃げたら逃げたでさらにややこしく、追われたりする恐れがあった。
「……朝から、元気すぎないか」
「そうでもないぜ」
「スコット。お前の挨拶は気さくだが、苦手な者もいることを忘れるな」
「……竹……」
かろうじて放哉は言葉を絞り出す。フィッツジェラルドはそうでもないとしているが、放哉からすれば朝から元気すぎた。
フィッツジェラルドをたしなめたのはアーネスト・ヘミングウェイである。竹を担いでいた。
「七夕飾り?」
「ああ。今年は早めに準備をしようということで、今だ。去年は伝達ミスがあったからな」
「……クリスマスの飾りをつけて誤魔化した」
「急いで飾りは作って飾ったぜ」
「そんなことがあったのか」
碧梧桐が聞いた。ヘミングウェイは竹を地面に置いた。やや大きめ竹だ。放哉が確認してみれば、確かに段ボール箱があり、
でかでかとマジックで七夕飾りと書いてある。
虚子が去年のことを回想していた。どうやら、七夕を当日に祝おうとしたのはいいのだが、肝心の七夕飾りがなく、クリスマスの飾りで誤魔化したらしい。
伝達ミスでそうなってしまったようだ。
「良かったらこの竹を使ってくれと寄付をされたが、飾りは足りるか」
「足りなかったら電飾を付けようぜ」
「却下だ、短冊飾りも早めに準備をした。帝国図書館は二度、七夕を祝うからな。新暦と旧暦」
「凄く、慣れてる」
フィッツジェラルドもヘミングウェイも七夕飾りの準備に慣れていた。電飾を付けようとしていたがヘミングウェイが止めていた。
「飾りが足りないなら作るよ」
「手伝おう。いくつか必要なのだろう」
段ボールは何箱かあるが、足りないらしい。帝国図書館は本館の他にも分館もあるため、全部に飾られるだけ飾るようだ。
ヘミングウェイが置いた竹を立てるための準備を始めていた。フィッツジェラルドは段ボールを開けている。
虚子も碧梧桐も手伝うと言っていた。
「良かったら、手伝ってくれる?」
「……出来ることしかできないが」
「構わないよ」
碧梧桐が柔らかく放哉に視線を向けた。放哉は承諾する。
「俺が誘っても無理だったのに」
「原液と希釈液の違いだ」
「まずはあるだけの飾りをつけてみるか。竹は足りているか」
「足りている」
フィッツジェラルドが残念そうにしていた。ヘミングウェイは端的に違いを話す。虚子はまず持ってこられた竹の飾りをつけてみることにした。
七夕飾りは毎年毎年燃やしてしまうが去年は一部とっておいた。今年はそれを使ってみたのだが、足りなかった。
「七夕の今宵にせまる曇り哉」
「正岡。今年の七夕は晴れるようだよ」
「思い出したのを言ってみただけだ。新しい句も作らないとな」
「放哉。これ見てよ。うまくできてる?」
「出来てる出来てる」
本館の一室にて放哉は種田山頭火、正岡子規、夏目漱石と共に七夕飾りの追加分を作っていた。予算もあったので飾りを買いつつも
手作りが出来るところは作っている。正岡は短歌もそうだが俳句でも名高い。彼はおおらかでとても気さくだ。
夏目はそんな正岡の友人であり、ハサミを動かして折り紙を切っていた。彼等や山頭火が手伝ってくれたのは準備をしていたら声をかけてきたからだ。
椅子に座り、テーブルの上に道具や材料を置きながら彼等は飾りを作っていた。
「電飾をつけるってアイディアもいいと想うんだが」
「そうだよね。ピカピカしているのカッコいいよ」
「止めろ」
「止めましょう」
正岡と山頭火は七夕飾りに電飾を入れてもよいとしているようだが夏目と放哉は反対していた。放哉は編み飾りを作っていた。
「ヘミングウェイが大漁を願いたいから編み飾りをたくさん作ってくれとか言ってたな」
「大漁って」
「アイツは漁にたまに出るんだそうだ。魚も持ってきてくれるから美味しい飯が食えるのはいいことだぞ」
ヘミングウェイは大漁を願っているらしい。体が大きいあの男だが漁にも出るときには出るそうだ。
夏目は折り紙をいくつか折ってパーツを作っている。
「七夕と言えば、今年は商店街の方で七夕のカップルや裁縫好きのためのイベントをやると言っていました」
「良い記念日になりそうだな。七夕」
「裁縫なら徳田さんが喜びそう」
「アイツは裁縫がとても得意だからな。戦闘面でも頼りになる」
夏目が商店街のイベントについて教えてくれた。七夕と言えば織姫と彦星が年に一度、逢える日だ。それにあやかってカップル用のイベントをするらしい。
裁縫好きのためのイベントもするそうだ。放哉たちからすると裁縫と言えば秋声である。
「親しいんだ」
「正岡、織田君、徳田君、尾崎さんは第一会派、有碍書を最初に突破する役割がありましたから」
「今は第一会派で呼ばれることも滅多にないけどな」
放哉と山頭火は新参だ。正岡や夏目は彼等以上に戦ってきていた。話にだけは聞いたことがある。戦線が大変だった時にまず最初に突破する役割を持ったのが、第一会派だったとも。
ひたすら戦ってきたところもあるのだろう。
「飾りが出来たら飾って、おれたちも俳句を作ったり、短冊に願いごとを書こうよ。放哉」
「……俳句は作るけど、願いごとは……」
「書こうよ」
押し切られる。放哉は仕方がなさそうに息を吐いた。
「願うなら無料だしな。俺も美味しいものを沢山食べたいって願うぞ」
「それは毎度のことだろう。いつも食べている」
「沢山、食べたいんだよ」
句会については気が乗れば参加をするし、俳句だけならば作りたいときに作っている。山頭火が出来た! と飾りを見せたがぐちゃぐちゃだった。
放哉はそっと視線を逸らせていた。
「七夕の飾りを出そうとしたら倉庫にアンティークの皿とかあったぞ」
「模造品かもしれない。図書館は壊れることを恐れて精度の良いイミテーションを並べるときがある」
段ボールを持ってきたのはフィッツジェラルドである。ヘミングウェイとフィッツジェラルド、虚子や碧梧桐は七夕飾りを飾りつつ、短冊も準備していた。
ヘミングウェイは知っているが帝国図書館は物をため込みやすいところがあるため、定期的に整頓をしている。アルケミストパワーがあれば作られるものは作られるからだ。
「アンティークってそういえばどんな意味だろう」
「定義的には百年たったものらしいが」
「俺は迎えてるね。アンティークか」
「迎える者は迎えている」
貰った竹はとても大きかった。ヘミングウェイは高いところの飾りをつけている。
碧梧桐が上に飾りを付けようとしていたが虚子がつけてほしくなさそうだったのでヘミングウェイがつけていた。前に雛人形を準備していたら押しつぶされかけたんだと
彼は話していたが、確かあれは最終的に燃やしてしまおう全てをになりかけた出来事だった気がする。
文豪たちは転生している。文豪によっては百年以上前に生まれたものだっている。
「百年、待っていてください。百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
「七夕か?」
「漱石さんが書いた小説の一文だ。夢十夜という」
「後で読んでみるか」
虚子が呟いた。夏目漱石の小説らしい。百年なんて、あっという間で。こうして彼等は転生している。
「俺も読んでみるとするか。興味がある」
「織姫と彦星も百年以上一年に一回はあっているよね」
「そうなるな。アンティークだ」
フィッツジェラルドが読んでみたいと言っていた。ヘミングウェイも興味がでたので読んでみることにする。百年、長いのだろうが、短くも見えて。
今を百年過ごすかはわからないけれども、
「電飾つけようぜ。アーネスト」
「駄目だ。スコット」
今は、隙あらば電飾を付けようとするフィッツジェラルドを、ヘミングウェイは止めることにした。
【Fin】