Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    berryDondon

    @berryDondon

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    berryDondon

    ☆quiet follow

    Remake:Legend Of Valkyrie
    (さっきの続き)

    雨の気配が霧となって残る翌朝。
     大きな窓一面に朝日を含んだ白く冷たい霧が広がっている事にも気づかないまま、ハーマンは手元に広げた大判のファイルに目を落としていた。
     パワーセーブされたディスプレイの側に置かれたマグカップには、日付が変わって間もなくに淹れたコーヒーが半分以上も残っている。帝国との戦争が終わって以来、久方ぶりに徹夜をしたハーマンであったが、強いカフェインよりも今彼が目にしている写真の方が遥かに睡魔を寄せ付けなかった。
     ハーマンが今見ているのは、昨晩保護をしたカールとキャンベルの身体に残されていた無数の傷跡を撮影した写真である。本来は二人がこさえてきた傷の程度を記録し、二人を帝国に返す時の資料として使うはずのものであったが、彼らの身体に残されていたのは新しい傷ばかりではなかったのである。
     特に、カールの身体は凄惨という他ない有様であった。
     全身に広がる痣や鋭利な刃物による切り傷から始まり、タバコと思しき円形の火傷に引き攣った線を描く幾つもの手術痕。や首元にきつく付けられた拘束具の痣は色素沈着までしてくっきりと肌に残っている。誰がどう見ても、この傷たちは戦士が負う名誉ある傷ではなく、度重なる暴力によって一方的に付けられたものであった。
    「かわいそうに……」
     まだ医務室のベッドで眠っている美しい人を想い、ハーマンは溜息交じりに素直な哀れみを零す。
     彼はまだカール本人から何も話を聞けていないが、カールの正体がまだ十六歳の少女で、幼い頃からシュバルツ家の当主に暴行を受けて来た身である事はキャンベルから聞いていた。
    「こんなことされたら、確かに帰りたくねぇな……」
     ハーマンは閉じたファイルを机の上に投げ出し、すっかり冷え切ったマグカップを指に引っ掛ける。その冷たさによってようやく時間の経過を知った彼は、香りも失せて淀んだ黒い液体と化したコーヒーに口を付ける事無く、席を立って新しいコーヒーを用意することにした。
     コーヒーを惜しむ事無くシンクにぶちまけ、パイロットグローブを外して氷のように冷たい水でカップを洗う。手を水に晒していたのはほんの僅かな時間に過ぎないというのに、彼の手は洗剤と一緒に体温まで洗い落とされているかのように冷え切った。
     洗い終えたカップをコーヒーマシンにセットし、ブラックコーヒー用のポーションを仕込んでスイッチを入れる。それでもまだ手は指先まで冷たい。
    「……」
     ハーマンは遠くにある霧に覆われた窓に向けて自分の手を軽く掲げる。指先に熱が無い感覚は、つい数時間前に触れたセイバータイガーのボディを思い出させた。
     冬の暮の冷たい雨に打たれた機体は、長い時間走りっぱなしだったというのに非常に冷たかった。
     怪我を負い、体力を使い果たして熱まで出していた主人が見知らぬ人間たちに連れ去られるのが心配だったのだろう。セイバータイガーはストレッチャーに乗せられたカールを追いかけて付いて行こうとしたのである。
     気持ちはわかるが、さすがに格納庫から奥へゾイドは入れない。搬出入用のエレベーターの前で惜しげに唸って伏せたセイバータイガーに、ハーマンは同情と励ましの言葉をかけてやりながらその鼻先を撫でてやった。
     ハーマンは少年の頃から軍に所属していたが、軍用機の中でも気性が荒いセイバータイガーがあそこまで人間にベッタリなのは初めて見た。きっとカールはあのセイバータイガーと非常に良い関係を築いていたのであろう。
     コーヒーマシンが電子音を立て、コーヒーが出来上がった事をハーマンに告げる。その音に思い耽りから呼び戻さると同時に、ハーマンは部屋のドアの反対側から「入るぞ」と一方的な挨拶が聞こえてくるのを聞いた。
     ハーマンが許可を出す前に部屋のドアは無遠慮に開かれ、彼が子供の頃から世話になっている老科学者が姿を見せる。
    「ドクター・ディ……」
    「おはよう。……ほう、コーヒーか? わしにもくれ」
     ハーマンは何も言っていないが、部屋に漂い始めたコーヒーの香りに気づいたのだろう。コーヒーを催促したドクター・ディは、応接用のソファーに腰を下ろした。ハーマンは長い付き合いの老人の頼みを渋々といった感じで聞いてやる。
    「お嬢さんのセイバータイガー、点検は一通り終わったぞ。機体に目立った傷はなかったが、コックピットのシートは国に帰ったら張替えだな。クリーニングをしても血糊の染みが取れんかった」
    「そんなにですか」
    「ああ。二人共血塗れだったから仕方がない。シールドライガーのシートを転用しても良かったんじゃが、あのタイガーはルドルフ陛下に下賜をされたもののようだ。席の近くに陛下のご署名入りの銘板があったから間違い無いじゃろう。それなら国で同じものを用意してもらったほうがいい」
    「下賜された機体なら……。まぁ、そうですね」
    「お嬢さんたちの方はどうじゃ」
    「少佐は高めの熱がありますが、キャンベル大尉は安定しています。食事も平らげたので、今頃寝ているでしょう。あと、二人とも怪我はしていましたが深刻なものはありません。彼らが付けて来た血はほとんど返り血でした。ただし……」
     キャンベルとカールは基地から逃げる時に何十人もの敵を斬り倒して来たらしい。キャンベルが腰に差していた太刀と打刀はそれぞれたっぷりと血を吸って柄までもどす黒く染め上げ、カールが持っていた二本のナイフも刃こぼれだらけになっていた。
     しかし今問題になっているのは、二人がエーベネで大乱闘をして来た事ではない。
    「今回の逃走劇でこさえたものとは別に、異常な傷跡が見られました。キャンベル大尉のは随分古そうでしたが、全身に火傷を負った形跡があり、シュバルツ少佐は長期間の暴行によって付けられたと思われる傷や痣が全身に広がっています。それから大怪我も何度かしているようで、手術の痕も幾つか見受けられました」
    「キャンベル大尉が言っていた虐待云々はそれか」
    「ええ。彼が言うには、暴行犯は現在のシュバルツ家当主だそうです」
    「……あの“血塗れ公爵”だな」
     ドクター・ディは合点がいったとばかりに何度か軽く頷いた。
     「血塗れ公爵」の呼び名の通り、現在のシュバルツ家の当主はまさに冷徹無慈悲な魔王をそのまま人の形にしたような男であった。
     男は帝国軍の少将であり、第一装甲師団の師団長である。高官でありながら戦地に自ら赴き、幾つもの共和国軍の基地を血飛沫と共に陥落させるばかりではなく、共和国軍に物資提供などをしていた村や町に容赦なく火を付けて来た。
     しかも男はゾイドによる戦闘よりも自身が武器を取って戦う事を好み、攻め入った基地にその身一つで乗り込んでは、その基地にいた人間を一人残らず探し出して、文字通り皆殺しにしたという。村や町を焼き払う時も、住民たちの命乞いを一切聞き入れずに殺していたらしい。
     実際にこの男によってハーマンは国境の防衛線にいた同期生や後輩たちを何人も惨殺され、ドクター・ディもよしみがある村を地図から消された。
     そんな恐ろしい男が自分の子供を虐待していると知っても、ハーマンたちは驚くどころか納得すらしている。あの男のなら、やっても不思議ではないと。
    「衛生班から上がって来た記録写真があります。見ますか?」
    「見たくはないが、目を通しておこう。寄こせ」
     ちょうどドクター・ディの為に淹れたブラックコーヒーの用意ができたハーマンは、先程机の上に放り出したファイルと一緒に、湯気が上るマグカップを応接用の低いテーブルに置く。
     ドクター・ディは熱いコーヒーを一口だけ飲むと、薪木のように固くなった自分の脚の上にファイルを広げた。彼が皺が寄った手で大きなファイルを開いて目を逸らしたくなるような傷跡を映した写真を眺めていく中、ハーマンは自分のコーヒーも淹れ直し、ドクター・ディの向かいにある席に腰を落ち着けて黙ってコーヒーを飲む。
    「惨い」
     パタンとファイルが閉じられる音が、長い沈黙に終わりを告げる。
    「異常じゃ。これだけの事をされてよく生きていたものだ……」
    「恐らく、殴る蹴るばかりではなかったでしょう。女の子であの容姿ですから……」
    「……考えたくもないが……無いとは言えないな」
     十六歳なら性的に成熟もして来る。共和国でも十代後半の少女が卑劣な男の手によって汚されてしまう事件がよくあった。更にあの傷を凄惨なものと思わない人間なら、哀れみの情けなど一切なくカールの身体を組み敷く事も考え得る。
     ドクター・ディは閉じたファイルをテーブルに置き、骨張った細長い指で項垂れた頭を支えた。
    「しかしこれは大変な事だぞ。わしもお嬢さんのお顔を見た時に驚いたが……」
    「顔?」
    「あのお嬢さん、間違いなくヴァルキリー・ルナの姫君じゃ」
     ハーマンはその名を知っているが、その姿は知らない。
     ヴァルキリーとは帝国では神聖視すらされている選ばれし女戦士の事である。
     元々「軍神と文芸の女神の愛娘」と呼ばれる特別に武芸と芸術に秀でた巫女の事であったが、それが時代と共に帝国の軍事力と文化力を象徴する存在になり、近代からは軍の最高権威者である大将軍直轄の騎士団を担う文武両道の女戦士を示すようになった。
     そして、ドクター・ディが口にしたヴァルキリー・ルナは現代で最後のヴァルキリーであった。
     彼女は大将軍のアンヘレスと共に大陸統一に情熱を燃やす皇帝を諫め、共和国との和平締結に奔走してきた。闇雲に戦闘をせず、共和国の国民と領土を尊重しながら自国を護り抜いて来たという。しかしいつしかルナはアンヘレスと共に表舞台から姿を消した。
     ハーマンが少年だった頃にはまだ生きていたらしいが、長らく戦場で姿を見たものはおらず、突然彼女が亡くなったという知らせだけが共和国に入って来た。戦死なのか、病死なのか、誰も知らない。アンへレス大将軍に寵愛され、数々の武功を築き、幾多の交響曲を書いた彼女は、その名声にそぐわない程静かに亡くなってしまった。
     そんな人知れずに消えたヴァルキリーの娘がカールであると、ドクター・ディは確信を持って言う。
    「お顔が全く一緒だった。あれは他人の空似ではない。じゃが、どうしてシュバルツ家に姫君がいるのかがわからん。ルナ姫はアンヘレス大将軍の寵姫。あの方以外の男とくっ付くはずがない。それにシュバルツ家も正室以外を迎える事が無い家じゃ。しかもシュバルツ公と奥方の間には、確か姫君と同じくらいのご子息がいたはず」
    「……よく知っていますね」
    「有名な家だからな。ちなみに、そのご子息はゾイド工学の博士。帝国貴族によくいる早熟の天才ってやつじゃよ。去年の春に人工オーガノイドについて論文を出していた。なかなか興味深い内容だったぞ」
     帝国の貴族たちは昔から早熟の天才が多く、幼くして大学で博士号を取ったり、若くして軍事や政治に関与する者も珍しくない。これは遺伝的な要因もあるらしく、婚姻にも強い影響があるものだった。
    「そんなに優秀な子供がいるなら、何故ヴァルキリーの娘をわざわざ自分の家の“長男”にしたのです? しかも素性をわかっていながら虐待をするなんて……。帝国人にとってヴァルキリーは女神のようなものでしょう」
    「わしも理解できん。あの公爵が何を考えているのかなど……。いや、待てよ……」
     何か察しが付いたのか、ドクター・ディは急に黙り込んで痩せた顎を指で支えた。
    「……何か不都合があったのか?」
    「不都合?」
     ぽつりと呟かれた不穏な言葉に、ハーマンは眉を片方跳ね上げた。
    「ルナ姫が子供を作るとしたら、相手はアンヘレス大将軍以外考えられん。二人の娘ならば、これ以上ない最高の遺伝子を引き継いでいるはず。そうなれば、お嬢さんが次のヴァルキリーに任命されていても可笑しくはない」
    「……ヴァルキリーが存在する事で公爵には何らかの不都合があるから、彼女の身分を奪ったと?」
    「ああ。憶測でしかないが、筋は通る」
     ドクター・ディは冷めて来たコーヒーを一気に煽り飲み、「ふーっ」と長く息を着く。
    「ともかく、もっと姫君やサムライの彼から事情を聴いてみるしかない。何処まで話をしてくれるのかはわからんが、わしらも事情を把握しないとどうにもできんぞ。特にこの混乱の中では……」
     今、帝国は政治的な内乱の真っただ中にあった。
     現在の皇帝であるルドルフの摂政を務めるプロイツェンが、皇帝を亡き者にして自分が玉座に座ろうとしているのである。
     プロイツェンは摂政の地位に就くや否や、少数民族の人権保護や貴族中心の悪しき習慣の打破を目的とする革新的な政策を次々と打ち出し、プロイツェンは帝国国民の人気を恣にしていた。それだけならば革命的で勢いがある政治家で済んだのだが、この男には猛烈な野心があった。先帝の下で元帥をしていた彼は、政界にそのまま軍権を持ち込み、自分に反対する勢力への武力行使を躊躇う事は無かった。
     それでも、プロイツェンを支持する者は軍の中に多く居た。特に貴族将校の下で苦渋を飲んで来た平民出身の将校たちはプロイツェンに心酔し、尊皇派である貴族将校たちを迫害し始めていた。当然、尊皇派の筆頭とも言える古参名門家出身のカールが標的にならない訳がなく、彼女はエーベネでプロイツェン派に銃口を向けられたのである。
     国に帰ればプロイツェン派に追われ、本来ならば庇護してくれるはずの父親は安息の場所ではなく死にそうな程の暴力を与えて来るとなれば、ハーマンたちはこのままカールたちを帝国に返すわけにはいかない。
    「ふむ……。鬼が出るか蛇が出るか……」
     ハーマンは腕を組み、テーブルに置かれたファイルの青い表紙に目を落とす。
     正直なところ、これは共和国にとって面倒ごと以外の何ものでもない。先の戦争で国力を大きく削られ、外国の事情に関わる余裕など全く無いのである。それはハーマンも理解しているが、彼の頭からはセイバータイガーのコックピットで痛みを堪えながら懇願をしたカールの姿が離れなかった。
    (同じ立場だったら、同じ事ができるか?)
     十六歳と言えば、ハーマンは士官学校に入ったばかりだった。
     厳しい訓練や小難しい講義の合間に、仲間連中と遊び惚け、時には教官たちを揶揄って過ごした、怖いもの知らずで憂いも無かった楽しい青春の真っ只中である。
     それに比べれば、カールは痛々しいと思える程に立派過ぎた。
     大人でさえ足が竦む戦線の最前列に立ち、痛みを負った自分ではなく国の助けを求めた彼女を、何がそこまでさせるのか。傷だらけの身体に堅苦しい軍服を纏い、大人たちの汚い思惑と血の匂いが立ち込める世界で、忘れ難い程の美貌の中に眩しい程の潔い勇ましさを抱いて生きて来た一人の少女への興味は、想えば想う程にハーマンの中で大きくなっていく。
    「……それでも、何とかして助けてやりたいんだよなぁ……」
     心から零れたような呟きを拾い、ドクター・ディは驚きの余りに目を丸くした。
    「……本気か?」
    「本気も何も……。保護をすると言ったのは俺ですから」
     訝し気なドクター・ディに、ハーマンはきっぱりと言ってのける。
    「実は先の大戦中、俺はレッドリバーで少佐に会った事があります。今思えば、あんなに楽しい駆け引きをした事は今までに無かった。歴戦の猛者に劣らない若い将官が、こんな胸糞悪い暴力の餌食になっているのは、正直癪に障ります」
     それは完全にハーマンの私情だった。彼はカールに関わる事で生じる政治的かつ軍事的なリスクを全く鑑みていない。
     しかしドクター・ディはハーマンがここまで自分本位に話をして来るのを随分久しぶりに聞いた気がした。それ故に、彼の軽率さを諫めなければならないという義務感を抱く一方、彼への期待も同時に膨らんでいた。
     義理堅いくせに自分の親とも距離を置いて自分のテリトリーを守るハーマンが、自らリスクを差し置いて誰かに関わると言ったのは、ドクター・ディが覚えている限りこれが初めてである。
    「お前さんの方寸はわかったが、姫君の扱いを間違えれば国が傾くぞ。共和国も帝国も……。それでも首を突っ込むか?」
    「両国共、娘一人にどうこうされる程に貧弱だとは思っちゃいませんが……。俺は俺にできる事を少佐にしてやるつもりです。今はまず治療を。その後は安全な引取先を探しを。今まで何とか生きてきたなら、こんな状況になっても助けになってくれる人の一人や二人は国にいるでしょう」
    「じゃが、公爵やプロイツェン派に嗅ぎつけられたらどうする?」
    「面白い。むしろ遊んでやるのも悪くないですな。共和国で散々好き放題されたのですから、連中に苦汁を一杯や二杯くらい飲ませてやってもバチは当たらないでしょう」
     ソファーの柔らかいクッションに落ち着けていた腰を上げ、ハーマンは一仕事始めようとばかりに大きな体を伸ばす。広い背を反らして固くなっていた身体を解すと、彼はまだカップに半分以上残っていたコーヒーを片付けて、朝食のついでにカールの見舞いに行って来ると言った。
    「部屋にある資料は読んでもいいですが、複写と持出は厳禁です。あと、ここで俺と話した事も他言無用に」
    「ロブ、待て。これはお前さんが考えてるより深刻な事じゃ。何をするにしても、冷静に、そして慎重になれ」
    「わかってますって。まぁ、上手くやりますよ」
     まさに年寄りの苦言を煙たがる若者そのもの。ハーマンはドクター・ディに適当な返事をして、霧が晴れて青空が覗き始めた窓に背を向けて部屋を出て行った。
     ドアの反対側で憂いを含んだ大きな溜息が部屋を満たしている事も知らずに、白い照明が規則正しく照らすた窓がない廊下を振り返る事無く進む彼の頭の中は、既にカールに対して自分がこれからやらなければならない事を組み立て始めていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    berryDondon

    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    (さっきの続き)
    雨の気配が霧となって残る翌朝。
     大きな窓一面に朝日を含んだ白く冷たい霧が広がっている事にも気づかないまま、ハーマンは手元に広げた大判のファイルに目を落としていた。
     パワーセーブされたディスプレイの側に置かれたマグカップには、日付が変わって間もなくに淹れたコーヒーが半分以上も残っている。帝国との戦争が終わって以来、久方ぶりに徹夜をしたハーマンであったが、強いカフェインよりも今彼が目にしている写真の方が遥かに睡魔を寄せ付けなかった。
     ハーマンが今見ているのは、昨晩保護をしたカールとキャンベルの身体に残されていた無数の傷跡を撮影した写真である。本来は二人がこさえてきた傷の程度を記録し、二人を帝国に返す時の資料として使うはずのものであったが、彼らの身体に残されていたのは新しい傷ばかりではなかったのである。
     特に、カールの身体は凄惨という他ない有様であった。
     全身に広がる痣や鋭利な刃物による切り傷から始まり、タバコと思しき円形の火傷に引き攣った線を描く幾つもの手術痕。や首元にきつく付けられた拘束具の痣は色素沈着までしてくっきりと肌に残っている。誰がどう見ても、この傷たちは戦士が負う名誉 7281

    berryDondon

    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    ガイロスにヴァルキリーが帰ってくる(予定)

    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。
    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘 9424

    recommended works

    berryDondon

    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    ガイロスにヴァルキリーが帰ってくる(予定)

    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。
    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘 9424

    cosonococo

    REHABILI凪くんの誕生日おめでとう話。凪くんの両親模造してます。お互いが大好きななぎれお。色々おかしいとこがあるのはそう…なので目を瞑っていただければ…。
    本番はロスタイムからです。 誕生日なんて、元々俺にとってもそんな特別なもんじゃなかった。
     周りの同年代は誕生日のごちそうやプレゼントに心を躍らせていたけど、俺は毎日質のいいものを食べていたし……というか、あれが食べたいと言えば、料理人がすぐに作ってくれたし、あれが欲しいと言えば誕生日でなくても与えられた。そもそも自分で自由に使える金が充分あったから、欲しいと思ったものは何でも買えた。
     だから、俺にとって誕生日なんてそれほど特別じゃなかったけど、世間一般的には誕生日は特別な日。
     特別な日には、人気者で特別な存在であるこの俺御影玲王に祝って欲しいと思う人間は、多かった。学校の廊下を歩いていたら、見知らぬ女子生徒に「玲王くん、あの、私今日誕生日なの」と声をかけられることもしばしば。「へえ!おめでと!」俺がそう言うだけで、彼女達は悲鳴のような歓声を上げる。凪にこのやりとりを目撃された時は「めんどー……よくやるね、玲王」と欠伸をされたっけ。
    93081