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    Remake:Legend Of Valkyrie
    ガイロスにヴァルキリーが帰ってくる(予定)

    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。

    #ZOIDS

    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘厳な白銀を身に纏い、巨大な翼で身を包んだ機械のドラゴン。
    「ゾイド……」
     初めて目にするこの星の生態系の頂点を見上げる彼女は、驚愕と畏怖が込められた感嘆と共にその存在を呼ぶ。その小さな声に応えるように、ドラゴンのゾイドは赤い目に光を灯す。
    「おぉ、待っておったぞ」
     鋭い牙が生え揃うドラゴンの口から、男性の落ち着いた低い声が聞こえて来た。
    それと共に、ドラゴンの傍らに立っていたウサギの頭を持つ戦闘型アンドロイドも彼女の方を見た。アンドロイドは今にも戦いに出ようという格好で、人間には扱えない程に大きな剣と銃を幾つも背や腰に備えている。
    「アンへレス、ヴァルター」
     母はゾイドとアンドロイドをそれぞれ呼び、彼女の手を引いて再び歩き出す。
    「娘のルキアだ。今日で四歳になった」
    「そうか……」
     母子とドラゴンたちの距離が縮まるにつれて、ドラゴンも巨大な頭を下げてて来る。彼女は母の身体よりもはるかに大きい牙が生え揃い、強い光を放つ赤い目を持ったドラゴンの顔を目の当たりにしても怖がらなかった。それどころか、惹かれるように自ら進んで歩み寄っていく。
    「我を恐れぬか。いい子だ……」
     ドラゴンの鼻先に立つ彼女は、「いい子」と言う男の声に安堵して笑みを零す。
    「……懐かしい。ルナが我がもとに来た時も同じ顔をした。もう三十年近く前か?」
    「そうだな……。あの時はまさかあなたとの子を産むとは思わなかったが……」
     「あっという間だった」と母は遠き日を懐かしんで笑う。
    「まだルキアに全てを託すのは無理があるし、身勝手だとは思う。だが、私は行かないと……」
    「ああ。わかっている。心のままに行くが良い。我も……時が来ればそちらへ行く」
    「……ありがとう」
     母はドラゴンの頭に手を添わせ、金属のボディにキスをした。
    「愛してる、アンヘレス」
    「我もだルナ」
     ドラゴンと短く言葉を交わした後、母は膝をついて彼女と目を合わせる。彼女は自分と同じ顔をした母の意志が強い眼差しに射抜かれた。
    「我が娘よ、お前に渡すものとは、彼らとこの城、そして仕えてくれる人々そのほか、私が所有していたもの全てだ」
    「……」
    「お前を、ヴァルキリーに任命する」
     それはガイロス帝国で最も文武に優れた女性たちが継承し、生涯をかけて務めてきた唯一無二の地位。そして先代のヴァルキリーが次世代を指名することは、そのヴァルキリーが死を迎える事を意味していた。
    「私はもうここには戻ってこない。だからお前に託す」
    「……どこへ行かれるの?」
    「帝国に居座る悪魔を退治しに行ってくる。私利私欲を貪り、民衆を虐げて命を食らう悪魔だ。私は今までこの悪魔に大切なものをたくさん奪われた。だがそいつは、まだまだ私の大事なものを奪おうとしているのだよ」
    「……」
    「アンヘルとヴァルターたちに良く教わり、一人前になったら彼らと共に時の皇帝陛下に会いに行きなさい。それだけで、帝国の人々はお前がヴァルキリーだとわかるから」
    「……」
    「返事は?」
    「……はい」
     小さく頷いた彼女に優しくほほえみ、母は冷えた小さな身体を抱きしめた。
    「愛してるよルキア。私はお前を授かれた事、何より幸せに思う」
     優しい言葉は最後の別れ。彼女は自分の目の前から大好きな母がいなくなる前にその身体に精一杯抱きついた。小さな頭を撫でながら母は続ける。
    「帝国はこれからどうなるのか私もわからない。共和国との和平も崩れたからまた戦争が激しくなるだろうし、政治も経済も権力に毒されてしまっている。それでも、辛抱強くお前が来るのを待っている人がたくさんいる。だからよく学び、よく身体を鍛えて、立派な戦士になりなさい。何があってもきっと大丈夫、お前は私とアンヘレスの娘なのだから」
    「……うん」
    「……いい子ね」
     滲む涙が母の肩に移る前に、母は彼女から離れて立ち上がる。
    「じゃあ、行ってくる」
    「……うむ」
     母は彼女が見上げる先でドラゴンに微笑んだ後、「ヴァルター、最後の伴を」を言って、アンドロイドを呼んだ。
     どこかで機械の扉が開く音がする。轟音と共に入り込んだ冷たい風が、目元を濡らした彼女の下まで降りてきた。滲む視界の中、母を抱きかかえたアンドロイドがブースターを吹かして飛び上がる。思わず手を伸ばした彼女に振り向く事無く、母を連れた青白い星は闇の彼方にある風の源に向かって
    飛び去っていった。


     宮殿の奥から、賑やかな楽隊の演奏が聞こえる。
     白い軍服を真っ赤な血糊で汚したヴァルキリー・ルナはその音楽を忌々しげに聞きながら宮殿の廊下を歩いていた。
     右手には長年愛用してきたデスサイズ型の武器を携え、自身と同じく返り血を存分に浴びたヴァルターと共に、憎悪に染まった瞳のまま、目にしたあらゆる邪魔者を皆殺しにしながら標的へと迫っていく。衛兵のみならず、非力な女官も、年老いた官僚も、声を上げることを許さずに命を奪った。それ故に宮殿の奥にいる人間たちはまだ誰も身の危険を感じることなく遊び呆けている。
     そしてついに、ルナは長い廊下の奥にある大広間にたどり着いた。
    「開門」
     ルナは静かに従僕へ命令する。それを受けたヴァルターは手にしていた武器をバスターソードから、グレネードランチャーに変え、引き金を引いた。
     突如響いた爆音に、大広間にいた人々は大混乱に陥った。楽隊の音楽は止み、女官たちの悲鳴と官吏たちの慌てふためく声が響き渡る。次いで幾つかの爆発が起こり、上席にいた第一皇子は椅子から転げ落ちた格好のまま必死に衛兵を呼んでいる。
    「何事だ! 衛兵! 衛兵ッ!」
     もくもくと押し寄せる煙や鳴り響く銃声の中、第一皇子はゲホゲホと醜い咳をしながら、助けを求めているが、突然の事に怯んだのは兵士たちも同じである。一方、助けを求めるばかりの兄とは裏腹に、第二皇子は真っ先に傍にいた自分の妻を抱き寄せ、広間の太い柱の陰に身を寄せた。
    「クリスティーナ! こっちに!」
    「殿下!」
     第二皇子は恐怖に身体を震わせて縋る若い妻に「大丈夫だ」と囁いて強く抱きしめる。耳をつんざく悲鳴や柱の壁を削る銃弾がもうもうと満ちる粉塵と煙の中で飛び交う中で彼が見つけたのは、ここしばらく見なかった帝国の守護神の姿であった。 
    「ルナ……?」
    「え?」
    「ルナだ。ルナがいた!」
     逞しい胸に顔を埋めていたクリスティーナも友の顔を聞いて顔を上げ、凄惨な広間に目を凝らす。
    「ルナ!?」
    「ヴァルキリー・ルナ! あなたか!?」
     夫妻が上げた呼び声は更に上がった悲鳴や銃声に消えていき、第二皇子が見たルナの姿も見失ってしまった。応援の兵士も到着し、銃声の応報はより一層激しくなる。そんな中、ある方向から放たれる銃弾は明らかに第一皇子を狙っていた。
    「ヒィッ!!」
     自分を追う銃弾から逃げる第一皇子の尻に銃弾が当たる。痛みと衝撃に醜い悲鳴を上げた第一皇子の前には、ぬらぬらと血が光る巨大な鎌が現れた。
    「お、お前は!」
     間もなく刃が眼前を走る。刹那、第一皇子の胸の部分は血を噴き出した。
    「う、……ああああああああっ!!」
     顔が真っ赤に染まり、第一皇子はめちゃくちゃに手足を動かしながら逃げ惑う。しかし恐怖の刃はすぐに追いつき、彼の右腕を容易く切り落とした。強烈な痛みと、転がっていた女官の死体に躓いた彼は身体を床に転がした。
    「あ、あ……っ!」
     無様に転んだ第一皇子が見上げた先に居たのは。紛れもなく帝国の守護女神であった。しかし彼女の身体はすっかり血の赤に染まり、幾つも銃弾に抉られた穴が開いている。口からも夥しい量の血を零し、鎌を構える手は震え、足もぐらついていた。それでもなお、第一皇子を睨む極上の翡翠は憎悪に激しく燃えている。
     次第に粉塵は収まり、いつの間にか銃声も悲鳴も止んでいた。この場に居る人々の視線がルナただ一人に集中している。
    「ヴァ、ヴァルキリー……」
     上座で兵士たちに守られていた皇帝が、突然現れた寵臣の変わり果てた姿に年老いた身体を震わせ、驚愕に目を見開いていた。柱の陰に隠れていた第二皇子夫妻も身を寄せ合ったままにルナの姿を凝視する。
    「赦さぬ……。私は、お前を……、“お前たち”を赦さぬ!」
     血を吐き出しながらの叫びは、ドラゴンの咆哮のように大きく辺りに響いた。
    「帝国に呪いをかけてやろう……。」
     翡翠の瞳が、目の前で唖然とする人々を見回した。そして血を吐く唇は笑みを描き、翡翠の瞳が光を失くしていくと共に目蓋を降ろす。
     死にゆく彼女が見せたその一瞬の表情は、快楽の果てに魂を解放するかのような、呼吸を忘れてしまうほどに美しい表情であった。血の赤が肌も髪も服も汚しているというのに、それさえも心臓を大きく跳ね上がらせるほどの色を添えている。神聖なものを穢すという禁忌を至高の美にして崩れ落ちた彼女は、血を吸ったデスサイズを握ったまま呼吸を止めた。
     誰もが息を止めてその最期を見届ける中、皇帝を背に庇う1人の貴族将校の青年が、魂を解き放ったルナの姿を鶯色の瞳に焼き付けようとするかのように見つめていた。
     銃を突きつけられたままに兵に取り囲まれていたヴァルターはその青年を睨みつけた後、兵士たちを容易くあしらってブーズターを全開に吹かし、窓ガラスを突き破って夕暮れの空の彼方へと飛び去って行った。
     宮中での混乱が収まらないままに迎えた夜、戦地から自分の屋敷に帰ってきたギュンター・プロイツェンは、側近からルナの訃報を聞いた。
    「ルナさんが死んだ!?」
     驚き返るプロイツェンの声は開け放った窓から飛び出して夜風と共に流れる。その声はプロイツェンの私室に併設する箱庭を渡り、明かりが灯った離れの小窓へと入り込み、宵の暇に読書をしていた美女の顔を上げさせた。
     机の上に灯した僅かな灯りに照らされた容姿は、花も恥じらう東方随一の美貌。彼女は海より深い青い瞳と雪原を思わせる肌を隠す豊かな黒髪を耳に引っ掛け、窓から入るあらゆる音に耳を立てる。
    「夕刻に都城に現れてご乱心を……。急所にいくつもの銃弾を受けたそうです」
    「まさか本当に……。ルナさんが……」
    「ご遺体は城の者たちに回収されたとのことですが、詳細はまだ……。ルナ様と一緒に城に来たヴァルターは逃走しましたが、行方知れず。こちらからも昔のように暗号通信で連絡を入れましたが、全く応答がありません」
    「……姫君は? あの子はどこにいる?」
    「わかりません。ルナ様が東方より居城にご帰還されたときに、一緒にお連れしたとは聞いておりますが、それ以上のことは……」
    「……」
    「プロイツェン様……」
    「……わかった。もうよい。下がれ」
    「はい」
     程なくして、遠くでドアが閉められる音がした。冷たい夜風がより大きく彼女の部屋に入り込む。彼女は窓のドアを閉め、カーテンを閉じた。そして間もなく、今度は彼女の部屋のドアがノックされた。
    「珠輝さん、よろしいですか?」
    「…………はい、どうぞ」
     珠輝と呼ばれた彼女は一つゆっくりと深呼吸し、きつく握り締めていたカーテンを離して何事も無かったかのようにプロイツェンを迎えた。
    「お話があります」
     部屋に立ち入ったプロイツェン」は戦地からの帰還の挨拶もなく、端正な顔を曇らせてその場に立ち竦んだまま口を開く。
    「……ルナさんが、亡くなりました」
    「……」
    「今日の昼過ぎ、ヴァルターと宮中に乗り込んで乱心を……」
    「…………そうですか」
     平静を保っていたはずの珠輝の声は震えていた。声を出した途端に一気に溢れ出した涙が白い頬に次々と涙が伝い落ちてゆく。
    「わかっておりました。覚悟を決めたとお手紙を頂いてから、わかっておりましたのよ……」
    「……」
    「でも……っ」
     それ以上、言葉は続かなかった。
     親友の死に膝を崩して着物の袖を濡らす彼女の傍に、プロイツェンは駆け寄って抱きしめる。彼もまた、敬愛する旧知の死を悼んで赤い切れ長の目の端に涙を滲ませた。
     珠輝はプロイツェンに縋ってボロボロと涙を流し、嗚咽に震える。そんな彼女の柔らかい黒髪を撫でるプロイツェンも涙を止めることをせず、二人は大切な人の死がもたらした痛みを分かち合う。
    「あなたは私が守る。ルナさんのような目には遭わせない。絶対に……」
     優しくも力強い決意の言葉を受け取っても、珠輝は頷かなかった。それは彼女が涙に暮れていたからではない。
     抱き合って涙する二人から少し離れたところに、木製のベビーベッドがある。そこには生後一年程度の赤ん坊が眠っていた。両親が嘆き悲しんでいる事も知らずにすやすやと寝息を立てる彼女の両足は、普通とは違った歪な形をしていたのであった。


     ヴァルキリー・ルナの宮中乱心から十数年が経った、嵐が吹き荒ぶある夜。
     黒く沈んだ空から大地を穿つ雨が降り注ぐ共和国国境の荒野を、黒と赤の特別カラーリングのセイバータイガーが全速力で走っていた。容赦なく落ちてくる雷に照らされながら走るセイバータイガーが向かう先は、へリック共和国の国章がペイントされたバリケードに固く守られている要塞。
     本来ならば、そこは帝国軍の機体であるセイバータイガーが向かうべき場所ではない。セイバータイガーの後方上空では既にその動向を警戒した三機のプテラスがミサイルを向けている。しかしセイバータイガーはプテラスにガトリング砲を向ける事無く、ただただ基地を目指して走り続けていた。
     ミサイルに捕捉された事を告げる警報が鳴り響くセイバータイガーのコックピットの中では若い将校がぐったりとした金髪の貴族将校を膝の上に抱えながら片手で操縦桿を握っている。
     青年はエウロペ大陸の東方に浮かぶ小島に住まう東方自治区出身か、腰には黒い漆塗りの鞘に収まった刀を二本を提げている。顔も大陸の人間に比べて童顔で、撫で付けている髪や瞳もしっかりと黒い。だが、彼の端正な顔と身体は煤と血で汚れ、見るからに訳ありである。
    「うっ……」
     アクセルを踏む青年の足の動きを感じたか、青年の胸に寄りかかって目を閉じていた貴族将校が微かに目蓋を開ける。
    「大丈夫。もうすぐですよ。もうすぐで休めますからね……」
     青年は膝の上に抱える麗人を見遣やり、改めて抱き寄せた。
     青年と同じように顔や身体を汚している貴族将校は、シャンパンゴールドの艶やかな髪と同じ色の睫毛が再び白磁の肌に影を落とす。それは青年の言葉を聞いた安堵より、もう体力は残っていないと訴えるようであった。それからは眉と睫毛は少しも動かず、微かに開いている唇は荒い呼吸を繰り返す。
     ややして、焦りに任せてアクセルを踏み続けた青年はブレーキを踏んだ。聳える要塞の門を見上げ、セイバータイガーは「開けてくれ」という様に吼える。
    「頼む。どうか受け入れてくれ……」
     救助信号を出すボタンを押し、セイバータイガーの武装を全て解除した青年はセイバータイガーと共に固く閉ざした門へ懇願をする。すると間もなく、要塞のスポットライトが彼らを照らした。
    「セイバータイガーのパイロット、こちらは共和国軍、ロブ・ハーマン大尉だ。応答せよ」
    「ハーマン……? レッドリバーの彼か……っ!」
     青年は希望の光を得たとばかりに躊躇うことなく通信に応答した。
     要塞の管制室か、大勢の共和国兵たちが注意深くこちらを窺う様子がコックピットの通信画面に映し出される。その真ん中の指揮官席を陣取る派手な髪形の男は、青年が期待した通りにレッドリバーで見えた若大将であった。
    「私は帝国軍のシン・キャンベル大尉。こちらの方は我が主、カール・リヒテン・シュバルツ少佐です。夜間に突然の訪問をお許しください。この度は貴軍に保護を求めて参上いたしました」
    「保護? 何があった?」
    「実は……」
     嵐の夜に異邦へと逃げてきた訳は、軍人として恥ずべきことであった。
     帝国は今、先帝が病で崩御した後に帝位に就くはずの皇太子が誘拐され消息不明となっている。更に帝国内部は摂政として政治の実権を握り、革新を推し進めようと勢いを増しているプロイツェン派と、あくまでも尊皇を掲げる皇帝派の二手に分かれていた。
     キャンベルとカールが駐屯していたエーベネ空軍基地でも、行方不明であったルドルフ皇太子の出現を機にプロイツェン派と尊皇派が衝突して内部闘争が起こったのである。それに巻き込まれたカールはプロイツェン派の旧知に身を拘束されたのだが、基地の自爆スイッチを押してプロイツェン派の動きを止め、すぐに助けに来たキャンベルと一緒に基地から逃げて来た。その最中、爆発を繰り返しながら燃える基地の中を駆けたせいで二人は体中に傷を負い、追撃を逃れながら満身創痍のままにここへ来たのである。
     このまま帝国に戻れば、古来より皇室に仕えてきたシュバルツ家の一員であるカールは間違いなくプロイツェン派の標的になる。傷を負い、体力を消耗しきった彼らはこのまま自分の家に帰る事も出来ず、一刻も早い治療と休息を求めて最も近い場所にある安全な場所へとやってきたというわけである。
    「ふむ……」
     キャンベルの訴えを聞いたハーマンは腕を組み、まじまじと傷ついた主従を画面越しに見る。
    「先の戦争を忘れてはおりませぬ。我ら帝国兵を恨めしく思う方も多くいることでしょう。それは承知の上でございます。しかし、この方を失うわけにはいかないのです。どうか、この方だけでも手当と休息の場を提供して頂けないでしょうか」
    「……本当にそれだけか?」
     闇に近い森の色をした目が、注意深くキャンベルを睨んだ。
    「保護は構わん。だが、何故わざわざつい先ほどまで戦争をしていた国にやって来た? 名門の中の名門であるシュバルツ家のお坊ちゃんなら、助ける手はいくらでもあるだろう? 帝国の人間が全てプロイツェン派というわけではなさそうだしな。帝国兵というだけで殺されてもおかしくない場所に“安全”だと言って飛び込んできたんだ。帝国に帰れない理由は他にもあるのではないのか?」
    「……」
    「沈黙はよくないぞ」
     やはり一筋縄ではいかなかった。キャンベルは目を伏せ、未だに目を開けずに荒い呼吸を繰り返す主人を見る。
    (何としようか。彼はあなたが心身を削ってまでひた隠しにしてきたことを語れと言う……)
     キャンベルは黙ったまま、血糊と煤に塗れた指で主人の前髪を払った。セイバータイガーは黙りこくったパイロットを心配したのか、弱弱しく不安げな鳴き声を漏らす。
    (だが、あるいは、彼なら……)
     キャンベルは画面の向こう側にいる若大将が立派な男であることを知っている。実際に対峙したことはもちろんだが、彼が大統領の子息でありながら自らの血筋に一切頼らずに実力のみで這い上がり、兵からの信頼をよく得ていることは帝国でも有名だ。恐怖と権力ばかりで人々を支配する者たちとは全く違う種の人間である。だからキャンベルは彼を信じてみようと思った。
    「大尉は……。虐待を受けた子供が殴られるとわかっていながら家に帰ることを望むと思いますか?」
    「……何だと?」
    「それが第一に帝国に帰れない理由です」
    「…………シン」
     音のない声に呼ばれ、キャンベルは腕の中の主人を覗き込む。今まで閉じられていた瞳はぼんやりと虚ろなまま微かに開かれた目蓋から現れていた。傷だらけの手が力なくキャンベルの胸元に縋る。
    「……代わって……話す……」
    「ですが……」
    「話せるから……。プロイツェン、止めないと……殿下が……帝国が…」
     今にも絶えてしまいそうな声でも、カールは頑なだった。歯を食い縛って痛みを堪えながら身体を起こしたカールの瞳には、いつの間にか毅然とした意志の強さが宿っている。
     一つ大きく深呼吸をしたカールは、痛みに耐えてカメラの先にいる人々へ顔を向けた。
    「先の大戦における、我らへの恨み……。我らが……あなた方へ、負わせた痛みを……決して忘れてはおりません……。それでも、帝国の、民の為に……共和国に、ご助力……願いたい。……今の、乱れた帝国では……国に上がる禍を……止められないのです……。殿下がご還御なさっても……力が、足りないのです……」
     地位ある貴族将校がプライドも何もなく、国と自分の無力を認めて恥を被った。
    「国境を侵して国土を穢し、幾多の命を奪った罪は……我らの命だけでは、償いきれるものではありませんが……。それでも、どうか……っ」
     身体に走る痛みを堪え、カールは頭を下げる。それに倣い、キャンベルも目を閉じて深く頭を下げた。
     基地の管制室は恐ろしい程に静まり返る。
     国の為に頭を下げた主従を見つめていたハーマンは、長い沈黙の後に再びマイクのスイッチを入れた。
    「ストレッチャーを二台、第二ゲートに用意させる」
     許しの言葉に弾かれた主従が顔を上げる。ハーマンは彼らを安心させるように頼もしく微笑んだ。
    「あなた方に必要な治療と休める場所を直ちに提供しよう。すぐに門を開けるから待っていろ」
    「あぁ、何とお礼を申し上げればいいか……。ありがとうございます!」
     表情を明るくしたキャンベルはカールを見て「もう大丈夫ですよ」と呟く。カールも緊張の糸が切れたのか、小さく微笑んで目を閉じ、身体を再びキャンベルに預けた。
     セイバータイガーの正面で沈黙をしていた門がゆっくりと開き、背後から追尾していたプテラスたちは大人しく撤収していった。その場に武装を棄てたままのセイバータイガーは、自分たちを受け入れてくれた共和国の兵士たちに感謝をする様に咆哮を上げ、誘導灯と管制室からの案内に従ってゆっくりと脚を進める。
     傷だらけの主従を迎え入れた基地の扉が再び固く閉じる頃、夜空を覆っていた分厚い雲は月明りを滲ませる程に薄れ、大地を叩きつけていた激しい雨はすっかり小雨になっていた。
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    berryDondon

    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    (さっきの続き)
    雨の気配が霧となって残る翌朝。
     大きな窓一面に朝日を含んだ白く冷たい霧が広がっている事にも気づかないまま、ハーマンは手元に広げた大判のファイルに目を落としていた。
     パワーセーブされたディスプレイの側に置かれたマグカップには、日付が変わって間もなくに淹れたコーヒーが半分以上も残っている。帝国との戦争が終わって以来、久方ぶりに徹夜をしたハーマンであったが、強いカフェインよりも今彼が目にしている写真の方が遥かに睡魔を寄せ付けなかった。
     ハーマンが今見ているのは、昨晩保護をしたカールとキャンベルの身体に残されていた無数の傷跡を撮影した写真である。本来は二人がこさえてきた傷の程度を記録し、二人を帝国に返す時の資料として使うはずのものであったが、彼らの身体に残されていたのは新しい傷ばかりではなかったのである。
     特に、カールの身体は凄惨という他ない有様であった。
     全身に広がる痣や鋭利な刃物による切り傷から始まり、タバコと思しき円形の火傷に引き攣った線を描く幾つもの手術痕。や首元にきつく付けられた拘束具の痣は色素沈着までしてくっきりと肌に残っている。誰がどう見ても、この傷たちは戦士が負う名誉 7281

    berryDondon

    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    ガイロスにヴァルキリーが帰ってくる(予定)

    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。
    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘 9424

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    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。
    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘 9424

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    PROGRESSRemake:Legend Of Valkyrie
    ガイロスにヴァルキリーが帰ってくる(予定)

    10年前に書いたオリキャラ満載のZOIDSロブカ(女体化+若年化)のお話のリメイク版。
    Pixviにはもう半分くらい話を書いてから公表するよ。
    彼女が覚えている限りで最も古い記憶は、三歳の誕生日のことであった。

    「お前に、渡したいものがある」

     山脈に残る雪の気配を含んだ風が春の若い草花を揺らす朝、真っ白な軍服に身を包んだ母はそれだけを言って目覚めたばかりの彼女の手を引き、城の地下へと連れて来た。
     エレベーターを幾つも乗り継ぎ、蛍光灯の明かりによって無感情に照らされ長い階段を降り、冷たい風が奥から吹き付ける一本道の廊下をひたすらに歩く。時折聞こえる風の唸りや肌を刺す冷たさに彼女が怯んでも、母は立ち止まる事を許さずに手を引き続け、黙ったまま歩き続ける。
     会話はなく、母が履く軍靴が立てる硬い足音だけが空間一杯に反響していた。
     ようやっと足が止まった時、サンダルを履いていた彼女の足はすっかり皮と金具で擦れ、皮が所々皮が剥けてひりひりと痛んでいたが、彼女は「痛い」とも言わずに黙ったまま母と同じものを見ていた。
     翡翠の瞳に映るのは、彼女が今まで見合事が無い程に巨大な機械の扉。それ扉は勝手に、そしてゆっくりと轟音を立てて開いていく。扉が完全に開くと一気に照明が灯り、真っ暗だった空間が明るく照らされた。光の中央に鎮座するのは、荘 9424