Ω直哉くんα真希ちゃん
禪院家でΩに産まれるというのは絶望的なものだった。
αに囲まれた中でぽつんと産まれてきたΩの男、本来それがどういった末路を辿るのか目に見えている――直哉が、唯一救われていたのは己に刻まれた術式とそれを扱うセンスがαとして産まれた兄たちの誰よりも高かったことが。
散々に蔑まれた幼少期、Ωとして孕袋になりたくなければせいぜい投射呪法を扱えるようになってみろという圧に見事直哉は応えてみせた。
――だから、直哉の番として真希をあてがったのは直毘人なりの敬意だったのだろう。
直哉は家系の誰よりもセンスがあり、Ωでなお次期当主候補として見られていたが、伏黒恵という十種影法術を相伝したαの男児が現れてしまってはΩの直哉が勝てるはずも無い。
真希は直哉のことが好きではなかったが、恵が当主を継ぐことになると知ったのと同時に直哉がΩであることを知って流石に同情せざるを得なかった。
――どれほどの努力と屈辱をバネに次期当主にまで上り詰めたのだろうか。
現当主の禪院直毘人を父親に持ったことがまず第一の理由であろうが、御三家に産まれたΩが次期当主候補にまで名乗りをあげるには相当強くならなければならない。
αは疎かβにすら弱みを見せられない。
呪術高専に入る条件の一つとして直哉と番になることを命じられた真希は、ただのΩになってしまった直哉を横目に唇を噛んだ。
――禪院家にとって、αに引けをとらないΩの直哉と、呪力が無いにも関わらずどんなαよりも雄々しい真希は正直扱い辛い存在だった。
実の兄弟の誰よりも、そこらへんのαなんぞよりも強い直哉をただの孕袋にするわけにはいかないし、呪力が無いといえどαとしてフェロモンの強い真希を黙って野放しにするわけにもいかない。
直哉の一隅について特に直毘人は慎重になっており、真希との番を命じたのも十種影法術を相伝した男児が出た以上、強引に番ならんとする者が現れかねない。
親心、というものだ。
それが禪院家基準なので直哉に伝わるとは直毘人はちっとも思っていなかったが、それでもせめて直哉には好きに生きて欲しいと思っていた。
など、色々な前提があったがこの話は真希が直哉の項を噛むまでの話である。
本来、直哉は当主からの命令に逆らえない。Ωだから尚更だし、直毘人が別段子作りに励まなくても良い・ヒートを抑えるためだけの番だと直哉に説き伏せていた上で、当初は真希も項を噛んだら直ぐに東京に行く予定だったので逆らう意味もなかった。
どうせ真希に噛まれなければどこぞの老害を冠した親戚どもにいいようにされるのだから、一度きりの劣等感に耐えれば良いのだ。
――直哉はそう思っていた、そうは思っていたのだが、実際真希に噛まれるとなった瞬間大暴れも大暴れをかまして番になるのを見守っていた直毘人の骨を二本くらい折った。
部屋の片隅で布団を抱きしめて縮こまっている直哉を見て、なんか言動と行動が一致してねぇな〜と真希は鼻血を拭いながら思った。
直哉は投射呪法を使う上でかなり身体を鍛えているのでΩにしては肉体的に普通に強い。フィジカルギフテッドの真希ほどではないにしろ、術式頼りの兄弟たちに比べれば見るまでもない。
その強さで今まで数多のαを跳ね除けてきたし、直哉のことを都合の良い雌扱いしようとした男はどいつもこいつもぶん投げてきた。
――御三家に産まれたΩがどうなるかなど目に見えている。
「あの、違うんよ、その……項って……みんな噛もうとするやん……」
弱々しく言い訳する直哉も、まさかここまで大暴れしてしまうとは思っていなかったのだろう。
別に抵抗するつもりはなかったのだとしょぼしょぼ必死に言い訳する姿に真希は思った。
――こいつ、条件反射で項守るようになっちゃってんじゃね?
実際そうだった。
αの悪意に晒されてきた直哉が項を狙われずに生きてこれたはずがない、術式非術師問わずにありとあらゆるαに狙われてきた。
プライドが高く小生意気なΩを屈服させるなどαにとっては楽しい遊びだろう。
直哉は強かったのでそういった障害を圧倒的な力という暴力で跳ね除けてきた。
その弊害が露見したのだ。
それから、直毘人に支持により複数人のβによる押さえつけで噛ませようと試みて直哉がめちゃくちゃ暴れたり、逆に寝ている直哉を噛んでみようとしてめちゃくちゃ暴れられたりした結果、直毘人は真希にこう言った。
「あいつに噛んでいいって思わせるくらいメロメロにしてこい」
「なんなら一級呪術師になるより難しいじゃねぇか!!!!!」
「直哉を東京校の教員にしてやるからいつでも噛め」
「え〜、東京行くなら秋葉原行ってみた〜い、パパは昔行ったことあるんやんな?」
「穴場教えてやる、今もあるかわからんがな」
「呑気にすなあ!!!!」
というか事の元凶が観光する気満々なのはなんなのだろうか。