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    cinque_flower_l

    @cinque_flower_l

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    cinque_flower_l

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    米◯さんの『◯よーなら◯たいつか』にめちゃめちゃ触発され。
    ふたいつ3参加決めた時、一番はじめにとりかかっていたのがコレで…
    宇編、しのぶ編、まんがの3種で展示したく…間に合わず😇
    もうイベント中のUPなんて諦めてましたが。
    某様のあたたかなお言葉に、無性にイベント中に仕上げたくなってしまいました…(まだ仕上げできてなくめちゃ粗いです)🥲
    人様からのお言葉、つくづく原動力になります😭

    さようなら、また、いつか 「では。
     さようなら、またいつか」
     事も無げな科白と口調はいつものこと。
     にこりと笑うと彼女は部屋から出ていく。
     とす…と襖の閉まる軽い音のあと、遠ざかっていく足音を聞きながら、宇髄はゆっくりと身体を起こした。
     肌に直接触れる早朝の空気はひやりと冷たい。
    己のものではない布団から重たい身体を上げ、いつしか丁寧にたたまれ傍らに置いてある自身の衣類を荒く身につけると、宇髄は煙のようにその場から姿を消した。
     しんと静まったしのぶの部屋は、主を失ったことすら当たり前のように、ただいつも通りのようにそこにあった。



    ✼✼✼

     事の起こりは、もうずいぶん前だ。

     皆が寝静まったであろう深夜、音もなく部屋の襖が開き、やはり音もなく閉められる。
     音もなく…とはいえ、音柱の耳をごまかせるわけもない。
     宇髄は寝たふりを装い、そのまま気配を伺った。
     誰かがこの部屋に侵入し、さらにはこちらに近づいてきている。

     ここは、蝶屋敷のとある一室。
     三日前に任務の負傷から蝶屋敷を訪れ…というか、嫁と隠に強引に連行された。そこで傷を診た蝶屋敷の主に、さらなる強引さという名の世にも恐ろしい恫喝により、入院という形で押し込まれて今に至る。

     病棟のベッドは六尺を越える宇髄には小さいため、蝶屋敷の生活区域内に一室を設けられた。
     ここは生活区域内の中でも奥まっているのか、昼間も夜間もほぼ人けはない。
     深夜など、なおさらだ。

     足音はもうすぐそこまで来ている。
     『誰か』とはいえ、こちらは音柱。足音からその主もとっくに知れる。
     宇髄はこちらへ伸ばされた手を先まわりに掴んだ。
    「なんの用?こんな時間に?」
    「あら。」
     闇になれた目で、見慣れた顔を確かめる。
     彼女はきょとんと目を丸くしてはいたが、大して驚いたような風もない。
     こちらが気づくのは想定内であったのだろう。
    「そうですねえ。夜間の見回り…とか?」
    「3日間なんもなしで退院前夜にそれはねぇだろ。…て。」
     宇髄は目の端を引きつらせる。
     明かりのない部屋ではあるが、彼女が夜着姿であることに気がついたのだ。
     薄手の夜着は見慣れた分厚い隊服とは当然に全く違う。それは普段隠された彼女の女性らしい輪郭にぴたりと沿い顕にしている。見慣れない様に反射的に心臓が鼓動を大きくしたが、宇髄はそれを表には出さず、代わりに大きくため息をついた。
    「…なんて格好さらしてんだよ。テメェが寝る前の診療っつても、嫁入り前の娘だろ?ちったあ慎みもてや。」
    「あら。そんなの気になります?地味なことでは?」
    「…ド天然もいいけどさ、フツーはド派手に悪手。夜中、オトコの部屋、二人きり。据え膳以外の何物でもねえっての。」
    「ふふ。そうでしょうか?」
    「派手にな。俺じゃなかったら秒で食われてるわ。」
    「では、あなたは違う、と…?」
    「当たり前だろ。」
     呆れた口調で言い捨てると、彼女は静かにこちらをしばし無言のまま見つめてきた。
    彼女が何を考えているのか分からないのは今にはじまったことではない。
    目を閉じて肩をすくめてやると、耳へかすかな微音が届く。
     宇髄は思わずぎょっとした。
     この音の正体は、経験上知っている。
    (…っとに、何考えてやがる)
     心中のみでそう愚痴ると、宇髄は開き直って目を開き、目の前の彼女を静かに見据えた。
     思った通り。
     先の音は衣擦れ――帯を解き、夜着が肌を滑り落ちた音。
     目の前には肌を顕にした蝶屋敷の主…胡蝶しのぶがうっすらと微笑んでいる。
     闇に慣れた夜目にもわかる、華奢な首や肩、細い腕。それに反して女性らしく豊かな箇所が、なだらかに描かれる曲線で強調される。
     ゴク…と、喉の奥が反射的に鳴った。目の前にこんなものをさらされて正気でいられる男などいないだろう。
     しのぶはちいさく微笑い、小首をかしげた。
    「これでも、ですか…?」
    「…どういうつもりだ」
    「わかりませんか?あなたでも…?」
     頬を手で包みこまれ、唇が近づく。
     触れられそうになる寸でのところで、宇髄はしのぶの肩をつかみ、そのまま敷布へ押しつけた。
    「お前、何考えてる?」
    思い切り睨んだつもりだった。
    しかし然とした彼女の瞳は動かない。
    それどころか。
    「…っ」
    か細い腕が首にからめられ、体重でもかけたのか、ぐい、と、思いのほか強い力で引かれる。
    拒もうと思えば、拒めた。

    …拒もうと思えば、拒めたはずだった。


    ……―
    ………――


     夜明けと深夜の境目。
     太陽がまだ上がろうとする気配だけを見せ、辺りを薄青い空気が包むころ。
     夜着をきっちりと着直した彼女が部屋から出る背を見送った。
     熱の残渣が、己のものではない肌の感触が身体のあちこちに勝手に蘇り、思わず苦笑する。
     普通なら悦ばしいであろうそれら――…しかし今自分が感じるのは、そういった感情とは言い難い。
     宇髄は乱れた夜着を直すでもなく布団に身を投げだしたまま。
     一人残された部屋でぼうっと閉じられた襖をしばし見つめていた。
     


    ✼✼✼

    時に、文で。
    時に、すれ違いざまに小声で。
    時に、診療の最中に。

    それから幾度も、彼女の方から『誘い』があった。
    それを逢瀬と呼んでいいものかどうか。
    …解っている、答えは否。
     重なり合う時間は熱っぽくあれど、それ以外の時間の彼女はあまりにもいつもどおりだった。

     事に応じる場は、いつも蝶屋敷。はじめの方こそ診療に借りた客間であったが、今の『逢瀬』はもっぱら彼女の私室だ。
    そのほうが客間より準備も片付けも楽でそれらをみられることもなく、何より彼女の私室は勝手に家人が入ることがない。
     基本過労働な彼女…というか、故人である花柱を含めた彼女ら姉妹の部屋は、家人の計らいにより屋敷の中でも奥まったところに設られ、他の彼女や診察室などの病棟から一番離れていると後に小娘三人衆から聞いた。
     すなわち彼女の部屋は、この屋敷で最も人気がない場所なのだ。
    夜に忍びいるのには最適ではあったがやや複雑な気持ちにもなる。
     要するに、彼女は自分との仲を誰にも…心許しているはずの家人にすら悟られたくないということだ。
     秘密の仲といえば粋な響きであるかもしれないが、あいにくそういった類のものではない。
    体のいい遊び相手か、はたまた都合のいい相手か…その程度のものだろう。
    一時の欲を解放するの為だけの関係で、それ以上でも以下でもない。
     誰にも知られず忍び、熱をかわし、やはり誰かに気づかれることもなく去る。
     はたから見れば何もなかったと同じこと。
     形あるものなどなにもない。

     ただの遊び
     気まぐれ

     ふ…と、勝手にため息が漏れ出た。

     互いに深入りせず、距離をとって…割り切った関係――しかし。
     もう幾度となく肌を重ね、それ故わかったことがある。
     彼女は、他に男を知らない。
     口づけも、肌に触れた時も、深くつながりあった時も。
     彼女の反応はいちいち初心で、それから今に至るまで自分が知らない反応(もの)はない…また、知らない癖がつくこともなかった。

    どういうわけか、彼女は相手に自分だけを選んでいる。
    その理由はなんなのか。
    尋ねようにも、昼間の彼女のあまりにも普通過ぎる態度に聞くのを憚られる…というか、聞くだけ野暮というのが答えなのだろう。

     彼女はべつに、それをこちらに告げるつもりもなければ、尋ねてほしいわけでもない。

     割り切った関係として、ちょうどいい俺が選ばれた…ただ、それだけだ。

    自宅縁側を歩いていると、耳慣れた羽音が聞こえた。
    もう聞き慣れた…振り返らずともどの鴉かわかる。

     足にとりつけられた文を解き流し読むと、律儀にこちらを待つ鎹鴉に了解とだけ告げ、そっとそのちいさな黒い頭を指先で撫でる。
     
    ……艶は、すっかりと俺に慣れた。
    こういった関係前から主と同様生真面目な性格で、任務以外の軽口も軽率な態度もとらず、用が終わればすぐ飛び去る。
    しかしやりとりの頻度が増えるごとに少しずつ触れることを試すうち、頬や首筋をくすぐるのがお気に入りのようだとわかった。
    じっとしてされるがままになる艶は、気持ちよさげに黒い瞳を閉じている……主より、よほどわかりやすく素直だ。
    最後にゆっくりと親指で額をなで上げると、艶は満足げに瞳を開け、いつもどおりに主のもとへと優雅に飛び去っていった。

     
    そして、夜。
    いつもどおりに、俺は彼女を訪った。



    ✼✼✼

    いつもは腕の中で滾々と眠り続ける彼女が、深夜にするりと腕の中から滑り出た。

    夜着をゆるりと羽織ると、縁側へとより、開いた襖から月を見上げる。
    いや…どうなのだろう。
    月をみあげているようで、見てはいない気もした。
    その瞳はどこか遠いものを見つめていて、そのまま見つめた先へと溶けていきそうな気さえする…あまり、いい気持はしない。
    「なに、してんの。」
    こちらの声に彼女が振り返る。
    月の光でぼんやりとしていた瞳に、光が戻った。
    「起きて…らしたんですか」
    驚いたようにつぶやく彼女に、大げさに身体を起こしてみせる。
    「そりゃ気づくさ。お前、抱き心地いいからな。いなくなりゃあすぐ分かる。」
     軽口を叩くと、宇髄はいつもどおりににやりと口の端をあげた。
    …実際には、宇髄の眠りはごく浅く、常人が起きているのとほぼ変わらない程度に周囲の変化を察知する。
    これは忍時代に刻み込まれたもはや習性で、もう自分ではどうしようもない。就寝中でも有事には秒以外で動けなければ、待つのは死…そう身体に心に叩き込まれている。
     己以外の存在が他でもない自身の腕の中にいるのだ。それはたとえ忍時代からの付き合いの妻であっても、意識を完全に落とすほどの深い眠りになどつくことはない。
     そんなわけで、宇髄はしのぶが腕の中にいる間、彼女のちいさな身動ぎやささやかな寝言、かすかな吐息すら漏らすことなく感じ続けて過ごしている。
     そうとは当然に知らない彼女は、目を丸くし、くすくすと楽しそうに笑った。
    「すぐ、分かります…?ふふ…甘えん坊さんなんですね?」
    「そうくる?
     まあ、そうとってくれてもかまわねぇぜ?甘やかされるのは嫌いじゃねぇ。ほら、んなとこいないで、こっち来てあっためてくれよ。」
    手を差し伸べると、彼女は素直にこちらの手をとった。
    どこか嬉しそうにほころんだ口元が無性にうれしくて、宇髄はぐいと強めに手を引き、しのぶを布団へと招き入れる。
    「ほうら、冷えちまってるじゃねぇか。細っこいからか?ほら、もっと寄れよ。」
    「…やさしいですね。これでは逆に私があたためていただいてますが?」
    「ちげぇよ。俺をあっためてもらうには、先にあったまってもらわねぇとだろ。あとで俺が甘えさせてもらうんだから仕方ねぇの」
    「…結局、私も甘えさせてくれるんですね」
    「さあね。」
    胸の中でくすくすと笑いながら小さくふるえる身体がこそばゆい。
    こそばゆいが、悪くない。
    そんなことを思っていると。
    「ねえ…。憶えてられると思いますか?」
    「は」
    「そうですね。例えば…100年先、とか。」
    「は?」
    じいっと腕の中から宇髄を見上げたあと、
    しのぶはまたくすりと笑った。
    「いえ。すみません、間違えました。忘れてください」
    「はあ?」
     宇髄の声に構わず、しのぶは彼の胸に頬をすりすりとすりよせた。
    「ほら。あったかくなりましたよ。…甘えないんですか?」
     そのまま、ぎゅっとやわらかな身体が押し当てられる。
    天然なのか、あおっているのか…どちらか分からないが、もうどうでもよくなった。
    どちらにせよ、これで自制などできるわけもない。
    「ったく、わっけわかんねー…けど。はっ…いい度胸だな。」
     宇髄は一度身を起こし、改めてしのぶへ覆いかぶさる。
     無垢な深紫の瞳をしっかりと捉え、にやりと口の端を上げた。
     …夜は、まだ深い。
     そちらがその気なら、言葉通りにさせてもらう。
    しのぶへと深々と身を埋めながら、その手を探り当てて指をからめる。
    からめた指先にしなやかな指先がからめかえされるのを合図に、宇髄は再び深い夜へと彼女を誘い、共に落ちていった。




    ✼✼✼

    「ふふ…さすが…ですね…。
     片手…でも…できるなんて…」
    「あ?」
     上がった呼気に言葉を途切れ途切れにさせながらも、彼女が体の下で生意気な事を言う。
     上弦の鬼と戦って、片手片目を失った。
     …柱として、戦うことも。
     治療が落ち着き、柱稽古に勤しむ頃、彼女から誘いがあった…久々だ。
    「あのですね…今日は…あなたにお話があるんです…」
     まだ整えきれない息の下、彼女が途切れ途切れながらも何やら言葉を紡ごうとしている。
     胸の奥に鈍い振動を感じた気がした。
    それを振り切るように、宇髄はにやりと不敵に笑んだ。
    「いや…やっぱ駄目だろ。
     無駄口たたける余裕なんてもたせてちゃあ、なあ?」
    「…っ」
     残った右腕を彼女の太腿に回し、自身の身体を再び深く沈める。
    もう今宵はやめてやろうとした考えを改めた。
    久々であることに加えての今の言葉だ。そんなもの、煽りにしかならない。
    彼女がそう思っているかどうかはさだかではないが、ここはいっそ煽られてやるときめた。
    …煽られて、思い切り揺さぶって…先の言葉の続きなど、忘れさせてしまえばいい。
    「や。ぁ。待っ…。あっ。」
     揺さぶるたび漏れる声と得られる淫楽がさらに欲を煽る。動きを、自制できない。
    「ねぇ…待っ…。…っ。私…っ、話…たい、こと…っ」
     顎を指でとらえて、語ろうと開かれた唇から奥へと強引に入り込む。口封じには一石二鳥だ。
     …彼女は、文字通りのいい女だ。
     小柄ではあるが秀でた容姿に、体つきもいい。
     姉を模していてもいなくても、立ち居振る舞いや所作も女性らしくやわらかく目を惹かれる。
     顔面だけで飯を喰えるとか言った阿呆がいたが、それも十分うなずける。
     
     だが。
     ここまでこんな関係を続けているのは…そもそも、初めの誘いを受けたのは。
     自覚しないふりをしながらも、その理由など己でとっくに知っていた。
     それを告げるつもりがないことも、悟られるつもりもないことも、初めから固く決めながら。

    ここまで、長く続けるつもりはなかった。
    もっと早くに終わるだろうと…断ち切られるだろうと思い、放置と言う名の甘えに身を投じ続けた。
    長く続けば続くほどに、どうなるかなど端から分かっていたことなのに。
    至福と苦悶が同時に存在するこの時間をどうしても断ち切れなかった。

    先の、彼女の言葉の先など容易に想像できる。
    …はじめから、わかっていたはずだ。
    この関係は、彼女に求められている間だけのもの。
    なんの気まぐれか、はたまた気の迷いか。医療者というよりそもそも学者気質の彼女のことだ、単なる知的好奇心であってもおかしくない。
    なんにせよ、一時の欲を解放するの為だけの関係で、誘いが途切れたら、それでおしまい。
    互いに深入りせず、うわべだけの欲を分かち合う…そんな仲だからこそ成立してきた。

    それでも十分だった。
    それだけでもこの身には余るだろう。

     先ほどの言のまま、片手だからと侮られぬよう、いつもしている自制をゆるめてかかると、彼女は大いに腕の中で乱れた。
     快楽が過ぎているのか、それから逃れようと身をひねる彼女をそうはさせまいと押さえつけながら、その表情に魅入った。
     …今宵が、最後か。
     おそらく、彼女は先ほどそれを言いかけた。

     やりすぎかと心の片隅に思う一方、乱れる彼女に仄暗い悦びを感じてしまう。
     この姿を知るのは自分だけ――この肌を、唇を、こんな声を。
     今この瞬間、彼女は自分しか感じておらず、自身が感じるのもまた彼女だけ。
     現と切り離された世界で、今、彼女とふたりきりだ。
    「ねぇ…待っ…。私…っ、あなた…に、話…たい、こと…っ」
     息も絶え絶えになりながら、彼女が何かを口にしようとしている。
    宇髄は自身の身体を起こすと共にしのぶの腰を引き上げて強引に身を起こさせると、そのままその唇に食らいついた。
    …今は、聞きたくなかった。
    彼女の声は特別で、今忘れかけている現へと己を引き戻してしまう。
    今は、その声は必要ない。
    この夜に溺れる甘い声以外は、今は聞きたくなかった。
    欲した声を引き出させ、引き出させた声にさらに煽られ。今宵で終わりなら…どこまで、昇り詰められるか試してやる。
    角度を変えてさらに深々と貪るため、一度唇を離した、その時だった。
    「すき…」
    包みこんでいたはずの熱気が、夢見心地が霧散した。
    霞がかった背景が、切り離したはずの現に塗り替えられる。
    しばしの沈黙に、互いの上がった息遣いだけが浮き彫りになる。
    一言も発せず、動くこともできない宇髄のほほに、しのぶはそっと手を伸ばした。
    「ぁは…言っちゃっ…た…。
     ほんと…だめですね…私…」
     そうじゃなかったのになぁ…とちいさくつぶやき、くしゃり、と、顔をゆがめ、しのぶはちいさく首を振った。
    「ね…やめないで…?
     続けて…?
     聞こえて…しまいましたよね…?
     でも…おねがい…お願い…します…。
     あと少し…私が消えたら、全部忘れていいから…お願い…あとすこしだけ……終わるまで…どうか…」

     切り離された現に、彼女の声が静かに響く。
     やめないでと涙を流し再び懇願するしのぶの一方で、宇髄は完全にその動きを静止し、食い入るようにしのぶの泣き顔を見つめることしかできなかった。

    ✼✼✼


     これが、現(うつつ)…現実?
     彼女は、何を言った…?
     理解、しかねる。
     
     過ぎた快楽に頭が爆発でもしたか。
     そうでなければ…ありえないだろう。
     まさか。
     こんな。
     これでは。

     認知していたはずの現実と…目の前の現実があまりにも乖離していて、すぐには理解できなかった。

     しかし。
     顔をくしゃくしゃにゆがめて、はたはたと、彼女は涙を流している。
    こんなに、感情をむき出しにしている彼女をみるのはいつぶりだろうか。
     姉を喪い、姉を纏って生きると決めた彼女はそれ戒め、しなくなったから。

    ゆっくりと、かさなっていた身体を離す。

     …彼女の顔を、よく見たかった。
     
     まっすぐで、頑固で…この生き方は愚直とも言えるだろう。
    しかし、それが眩しかった。
    過酷な運命にも流されず、己で選んだ険しい道を、その小さな体で貫き通す彼女が。
    図体ばかりに恵まれても何も選び取れず、運命に翻弄され己の望む道を貫く強さを持ち合わせなかった自分には、どうしたって眩しかった。

    なにが
    どうして

    何故、彼女が自分を

    そんな理由は見当もつかない
    弟を始め多くの命を殺めた自分に、彼女など到底つりあわない。
    彼女と自分は、違うのだ。

    しかし

    この瞳と、涙。
    焦がれる思いに濡れる瞳…欲する気持ちに飢えた涙は、どうしようもなく本物にしか見えない。
       
    「なあ、胡蝶…」
     びくりと小さく震え、彼女が瞳だけでこちらを見上げた。
    「俺が、好きか…?」
     は…と、彼女が目を見開く。
    その拍子に、ぽたぽたと大粒の涙がこぼれ落ちる音が耳に届く。
    しのぶはく…と唇を結ぶと、ただこくりと頷いた。
    言葉にする余裕はないのだろう。
    それが分かるほどに、彼女の目はいつもと違った。

     見慣れすぎた、貼り付けた笑顔ではない。
     隊士に天女とささやかれる微笑ではない。
     涙にぐしゃぐしゃで眉を下げたその顔は、それでも今までで一番胸に刺さる。
    「そっか…そうかよ……ったく…分かるか、馬ァッ鹿…」
    乖離した思考が結びつくと同時に、腕が勝手に彼女をきつく抱きしめる。
     溢れそうな熱を、彼女以て塞がないと身体が爆発してしまいそうだ。

     
     声の震えを抑えるのに必死だった。
     正直、まだわけがわからない。
     実感も希薄だ。
     ともすれば震えそうになる指先で、ためらいながら彼女に触れる。
    白い肩と、細い腕、首筋。
    やわらかな頬にしなやかでわずかに熱を持つ髪。
     いままでさんざんほしいままにしてきたはずなのに、気が狂いそうになるほどの愛おしさがこみ上げ、それの大きさに芯から震える。
     頬をすべらせた指先で唇をなぞった。
     もうよく知った形で、感触で。
     いままで、どうしてああも簡単に貪ってきたものだと呆れと罪悪感が不意にこみ上げる。

     そんな自分をおかしく思いながら、
     形を確かめるように、幾度もなぞると、彼女のあたたかな呼気が触れ…ふつ…と、意識と肉体が乖離した。

     唇のほんの端と端を、かすかにふれあうだけのそれが。
     それまでの景色を一変させるには十分だった。


    ✼✼✼

    ごく軽く、触れるだけの口づけ。
    彼女を悦ばせるためでも、己の欲を得るためでもなく。

    純粋に、そして単純に、ただ彼女に触れたいと思った…ただ、それだけ。


    行為自体は先と同じはずなのに、これは全く違った。
    現が、遠ざかる…


    先ほどまではもっともっとと湧き出る欲に際限などなく、現を強引に引き剥がし、ただただふたり、遠くへ行ってしまいたかった。

    しかし。今は。
    唇同士が軽く触れ合うだけ。
    それだけで、もう何もいらないと思えた。
    身も心もすべてが満たされて。
    満たされたあたたかさが身体から溢れ出てふたりを包み、広がって…、現のほうが入ってこれない。
    互いの唇が触れ合う感触。
    それだけの世界。
    それが、こんなにも己を満たしてくれるとは。

    やがてゆっくりと唇を離すと、ゆるゆるとふたりを包みこんでいたものが溶け、現が姿を現す。
    時は深夜。
    月が照らし出す薄明るい室内。
    目の前の、泣き腫らした瞳。
    腕の中の、確かなぬくもり。
    ふ…と、宇髄は瞳を細めた。

    「あのさ」
    もう、声は震えなかった。
    「派手にずっと聞きたかった…。
     あのさ、ちょいちょい言ってた、100年て、何?」
     しのぶはぱち、と目をまたたいた後、その大きな瞳をゆがめて伏せた。
     宇髄はしのぶの頭を胸に引き寄せ、彼女の頭に顔を擦り寄せる。
    そして、穏やかな口調で告げた。
    「…お前が、上弦の鬼…いや、仇の野郎に企んでること、おおよそは見当ついてる。
     別に言わなくていいし…止める気もねぇよ。」
     びくり、と腕の中の彼女が顔をあげた。
     蒼白になった頬に、宇髄はそっと手を添える。
    「な、俺の方が鬼じゃねえ?
     年若き未来ある女…これからいくらでも幸せになるべき女が、誰が見たって行くべきじゃねぇ道選んでんの、知ってて止めねぇわけよ。
     ま、掘りかえせばこれで2度目ってことになるけどな。
     それも、心底惚れた女にさ…派手に最悪だろ。」
    みるみるうちに深紫の瞳に涙が盛り上がり、ぽた、ぽたと音を立てて落ちていく。
    しかしそのすべては宇髄の腕に落ちた。
    涙は、熱を持ってあたたかかった。
    「ひゃく…、ねん、ごなら…」
    途切れ途切れ、嗚咽混じりの声が紡がれる。
    「生まれ変わりなんて…信じてなかった…信じられなかったけど…
    あなたも、信じてなんてないでしょうけど…でも…
    私…今は…こんなで…こんなんじゃ、誰かを愛するなんてそんなこと…私なんかに…っ。
    …でも。
    でも。生まれ変わりがあるのなら…100年後なら。…全部、全部終わって。
    真っ白になって…そこで…あなたと…また、会えたなら…そしたら………っ」
    「消え失せるなよ」
    鋭く、強く。
    宇髄は言葉を挟んだ。
    静かな迫力に、しのぶの言葉も止まる。
    しかし、すぐに宇髄は目元をゆるりとゆるめる。
    「100年後…なるほどねぇ、繋がったわ。
    あのさ、真っ白ってのはねぇだろ。
     …お前さ、憶えてたいんだろ?憶えてて欲しいんだろ?…この前の、そういうことなんだろ?」
     しのぶは、少し怯えたように、瞳を震わせた。
    「…でも…わからないんです…。
     …憶えてて、欲しい、忘れてほしくない…そう、思うけれども。
     でも。こんな、の…あなたには、忘れたほうがいいはず…。
    それに、今の、私…復讐に囚われて汚れた私なんて、忘れもらえた方が…」
    「馬ァァァッ鹿」
     むに、としのぶの両頬をつまみ、宇髄はしかめた顔を寄せる。
     ぱちぱち、とあっけに取られて目をまたたくしのぶをみてにんまりと笑むと、宇髄はつまんでいた頰をはなした。
    「俺はさ、派手なもんが好きだ。
     派手に美しいもんも好きだ。
     お前、昔…花柱が逝っちまった時もそうだったけど。
     普通の女…てか、男でも嫌厭する様なやべぇ道選ぶのな。
     ひめじまさんも言ってたけどよ、お前の目の奥…溶けた熱い鉄みてぇなギラつく光…。根源は憎しみだったとしても、俺には派手に美しいよ。
     これからのことも同じだ。
     己で選んだ己の道を、己の熱のままに突き進むお前はずっと美しい。誇れ。お前はお前として生き抜いてる。」
     どこか仄昏かったしのぶの瞳に、光が宿った…否、戻った。
     再び盛り上がる涙を光に煌やかせながら、しのぶは宇髄の目を見つめる。
    「…なら。」
     しのぶはすがりくつように宇髄の胸元で手を握りしめた。
    「それなら…っ。100年先…っ、憶えてますか…?100年先…あなたに、会えますか…?」
     宇髄は、ふ…と、目を細める。
    「さーあね?」

     ひゅるり、と、どこか空々しい風が吹いた気がした。


    ✼✼✼

     にやり、と口の端を上げていたずらっぽく片目をつぶってやると、しのぶは泣きっ面の頬をぷぅと膨らませた。
    「も…もう!あなたって人は…っ!
     い、いじわる!いじわる…っ!い、今の流れで、それはないでしょう…っ!?」
    宇髄の広い胸元を、しのぶのちいさなこぶしがぽかぽかと叩く。
    「ま、正直、生まれ変わりなんてもん考えたこともねぇし、知らねえけど。」
    「あなたは、また、そんなこと…っ」
     どこか心地よいとさえ感じる小さな抗議を軽々とその両手に収めると、宇髄はしのぶの目をまっすぐに見据えた。
    「知らねぇけど…消え失せんな。
     どんなちいさなかけらだっていい、真っ白になんてすんじゃねぇ。
     そしたら、俺が見つけ出してやる。
     100 年後だろうと1000年後だろうと、派手にな。」
    「…っ。」
     また、泣きそうに瞳を歪める彼女の顔に顔を寄せ、口づける。
     今度のそれは、先の触れるだけのものではなくて。

    ――…
    ――――っ…
    ―――――――っ…

     …もう、どこをどうすればいいか十分に解っている。
     それがいいのか悪いのか。
     それは分からないが。
     ともかくも今、彼女の涙を引っ込めて。
     涙を流させるくらいなら、他のことに時間を費やしたい。

     口づけながら彼女を押し倒し、敷布へ彼女を埋めた後も深い口づけをしばし続ける。
     彼女の息継ぎのためにとわずかに唇を離したところで、宇髄は細めた目でしのぶの瞳をのぞき込んだ。
    「やめないで…って、言ってたもんな?
     安心しろよ。やめる気なんてねぇ…てか、むしろ、遠慮はなくなったな、派手に。」
    「え…遠慮?あの…今までもじゅうぶ」
     わずかに怯えた声を出すしのぶにかまわず、宇髄は彼女の言葉を唇ごと己のそれで遮る塞ぐ
     …この先、都合の悪い言葉が飛び出しそうであったので。


     これまでの夜を、忘れたほうがいい気もしたが、忘れなくて得したとも思える。
     これからの夜は、これまでのものとは全く違うものにできる…感情を、押し殺す必要がなくなった。
     これまでより数倍派手にできると思う一方で、果たして彼女は耐えられるか…?と、やや心配にもなる。
     そんな考えに至るのが愉快でたまらなかった。

     残された時間も、その先のことも、無論忘れてなどいない。

    『さようなら またいつか』

    またいつか、が、近い将来訪れなくなることも。

    …だからこそ。

     彼女がいる今を、この現を派手に楽しませ、楽しもう。
     それがきっと、彼女がいう100年後…いつかの、『またいつか』への目印になる。



    この現では叶わないものが

    『またいつか』

    どこかの時で

    きっと

    否―――必ず

    見つけ出して、叶えるために。
     

     


    ✼✼✼


     とある3月某日――中高一貫、キメツ学園卒業式。
    しのぶは、全力で階段を駆け上がっていた。
    もう、今日で高校生活が終わる。
    楽しかった、楽しすぎた高校生活――…いい、思い出だった。
    割り切ろうと思って、一度は昇降口を出たのだ。



    そこで



    ――…消え失せるなよ


    声が、聞こえた。


    どこから
    どうして

    わからない


    でも


    見えない何かに引き寄せられるように、弾かれるように身体がうごいた。


    階段を駆け上がる足が重くて、速い呼吸に肺が熱い。
    そして、涙がこみあげてとまらない。



    あいたい

    あいたい


    あいたい―――……っっっ



    「先生っ」

    思い切りよく引き戸を開けるのに、力加減ができなかった。
    ガラリ…バタンと大きな音が、きっと廊下を通して遠くまで響いたろう。

    そんなことは、かまわなくて。

    「先生ぇ…っ…、宇髄さ…ん……」

     美術室へと駆け込むと、開け放した窓に、彼は片膝を上げて腰掛けていた。
     ちょっと驚いたように目を大きくする様が、たまらなく懐かしい。
     
    「すき………っ」

    涙でかすれた声は、聞き取りづらかったろう。
    もっと、ちゃんと、伝えたかったのに。
    どうして、いつもこうなのだろう。

    くしゃくしゃだろう顔が恥ずかしくて、とっさに顔を伏せた――伏せようと、した。


    でも。


     気が付けば彼の紅の双眸が目の前。
     頰を包みこむ大きな手があたたかい。


    「…知らなかっただろ?」

     ――ああ。
     彼は。
     やっぱり―――…
     

     
     そうして、そのままキスをした。
     
     
     …100 年前の。
     あの日と、同じ。



     ねぇ…さようなら

     またいつかに、さようなら―………
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    Replies from the creator

    cinque_flower_l

    PROGRESS米◯さんの『◯よーなら◯たいつか』にめちゃめちゃ触発され。
    ふたいつ3参加決めた時、一番はじめにとりかかっていたのがコレで…
    宇編、しのぶ編、まんがの3種で展示したく…間に合わず😇
    もうイベント中のUPなんて諦めてましたが。
    某様のあたたかなお言葉に、無性にイベント中に仕上げたくなってしまいました…(まだ仕上げできてなくめちゃ粗いです)🥲
    人様からのお言葉、つくづく原動力になります😭
    さようなら、また、いつか 「では。
     さようなら、またいつか」
     事も無げな科白と口調はいつものこと。
     にこりと笑うと彼女は部屋から出ていく。
     とす…と襖の閉まる軽い音のあと、遠ざかっていく足音を聞きながら、宇髄はゆっくりと身体を起こした。
     肌に直接触れる早朝の空気はひやりと冷たい。
    己のものではない布団から重たい身体を上げ、いつしか丁寧にたたまれ傍らに置いてある自身の衣類を荒く身につけると、宇髄は煙のようにその場から姿を消した。
     しんと静まったしのぶの部屋は、主を失ったことすら当たり前のように、ただいつも通りのようにそこにあった。



    ✼✼✼

     事の起こりは、もうずいぶん前だ。

     皆が寝静まったであろう深夜、音もなく部屋の襖が開き、やはり音もなく閉められる。
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