スイッチオフ失礼しますッと緊張気味の見た目年上の部下にお疲れ様と声をかけ、扉が静かに閉まると同時に私は大きく伸びをした。
「店じまいか?」
「……そうしよっかな」
やることはつきない、けれど休息も大事だと二十年前に倒れた時に叱られて学んだ。もしかしたら三十年前だったかも。どのみち誤差だけれど。
過労でもひとは死ぬんだぞと風子を叱りながら世界の終わりを見届けた時以上の悲愴の色を浮かべていた青い瞳は、今は満足げに細められて、大きな机に広げられた紙の資料を次々片付けていく。何十年経っても堂々たる雰囲気のボス然とした机は自分には分不相応だと思うけれど、部下たちの表情を見るになんとか取り繕えているようだ。
ふわあ、とこんな風に欠伸をすることもなくなってしまった。
「風子」
……今みたいに、アンディと二人きりになる時を除いて。
「なに?」
振り向くと、大きな来客用のソファに腰掛けているアンディがいた。ぽんっぽんっと膝を叩いてにやりと笑う。
「ならこっから先は、『ボス』じゃなくて『風子』の時間だなと思ってな?」
手袋をまとった手が、短い髪を梳いていく。ソファに寝転んだ私はアンディの膝に頭だけではなく肩まで乗せて、撫でられる気持ちよさにまぶたが降りる。
はぅ、と息を吐き出して胸の奥が緩んだことに気づいた。慣れてはきたけど、やっぱり気は張り詰めているみたいだ。
それにしても。
「……ねえ、アンディ?」
「おう」
首を少し動かして右頬の上を見上げると嬉しそうなアンディとばっちり目があった。
「……私さ、多分もう、百二十歳くらいなんだよね」
「そうか」
それで? とでも続きそうな声色。眉を寄せ、見上げる瞳に力を込める。
「だから、その、こーいう……若い女の子にするみたいな扱いはおかしいと思うんだよねえっ」
はっきり抗議するもしかし、アンディは片眉をあげて鼻で笑う。
「百二十年なんかループする前の俺よりも年下じゃねえか。ひよっこだひよっこ」
「うっ」
それはそう。かもしれないけど。それにアンディはもう何億年も生きてるわけで。
それでも子どもみたいな扱いはくすぐったい。ぐぬぬ、と二の句が継げないでいるとまたアンディが喉の奥で小さく笑った。頭の上から首筋へ、滑り降りる掌のリズムも変わらない。気持ちよさに誤魔化されていってしまう。また目の前が闇に包まれる。結局誤魔化されてしまう。
「…………それに、お前の扱いを変えるわけ、ねえよ」
忍び寄ってくる睡魔の向こうでアンディが、何か言ったような、気が、した。