不良品と欠陥品ようやく平穏を取り戻したわたし達の前に、それは現れた。
「やあ、あの時は色々とお世話になったね」
“ソレ”が再び現れた時、これが悪い夢だったらどれほどに良かっただろうと心から思った。
マスタークラウン。忌まわしき悪夢。わたしから一度大切なものを奪ったそれが目の前に現れた時の絶望感は計り知れないものだった。
目の前が真っ暗になるとはあのような感覚なのだろう。
わたしが辛うじて覚えていたのは、きょとんとしたカービィの顔、マホロアを自分の後ろに隠すデデデ大王、無言でギャラクシアを抜くメタナイト、腰を抜かすバンダナワドルディ。
そして呆然とした表情で固まるマホロアを見ながら、アイツだけが面白そうに笑っている。
そんな光景だった。
「天翔る船、楽園への導き手、清らかなるココロ持ったカミサマ…」
隻眼の王冠は値踏みするようにわたしを眺め回す。
その視線は実に不躾で、無礼で、そして不快なものだった。
「嗚呼、噂に聞いた通りキミは美しいね」
厭らしくギラギラした輝きを纏いながら、宝石の目玉をわたしに向ける。
わたしは神ではありません
ただそう望まれただけの船に過ぎません
不快な視線を受けながら、コイツとなるべく話したくはなかったので簡潔にそう告げた。
それで話は終わらせたつもりだったのだが、クラウンは構わず話を続ける。
「そうかい?多くのヒトに望まれたのならキミは立派なカミサマだと思うけどね?」
クラウンの返答に、わたしはそうですかと素っ気ない返事をする。
それを聞きながら、クラウンはニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべた。
マホロアも似たような種類の笑みを浮かべるが、それとは比較にならない程醜悪で、吐き気すら覚える。
クラウンは笑みを浮かべたまま、吹き出すのを堪えるように愉快な声色で言葉を発した。
「カミサマのように崇められるくらい神聖な船だけれど…ご主人様を救う事は出来なかった欠陥品だ」
生き物ならば呆れて溜め息でもついていただろう。
見え透いた挑発だ。実に下らない。
…わたしが欠陥品ならあなたは不良品ですね。
魂無き存在が魂を啜るなど非常に無意味で非生産的な行為だと思います。
「違いない」
クラウンはわたしの嫌味を気にする素振りも見せず、そう言ってクツクツと笑った。
その仕草ひとつひとつがわたしを苛立たせる。
ふと、クラウンは笑うのを止めて視線を上げた。
「…まあ、でも君のご主人様の魂はとっても美味しかったよ。止めないでくれてありがと────────」
激しい轟音と共にクラウンの背後の木が粉々に砕け散った。
無意識に砲撃していたようだ。
煙を立てる木の残骸を見ながらぽかんとした表情で固まっていたクラウンだったが、面白そうに笑って振り返る。
「な〜に怒っちゃってるの?綺麗な機体が台無しだぞ」
────────黙れ
「相変わらずマホロアくんにご執心か…ご苦労なことだ…まあアレは中々面白い。冠も気持ちはわかるさ」
あの子に爪の先でも触れてみろ、今度こそ塵も残さず消してやる!!
「…その入れ込み様はよく分からないけどね…まあ言われなくても何かするだけの力は無いんだ。心配しなくていいよ」
わたしの声なき声を聞いたクラウンは、先程までの楽しそうな表情から一変してつまらなそうにわたしに背を向けた。
待て!何処に行くつもりだ!
その言葉にも振り返ることなく、面倒臭そうに左右の鉤爪を振った。
「キミの知ったこっちゃ無いね。冠は慎ましく生きる皆さんの邪魔にならないよう、この星の何処かでのんびりと過ごすさ」
そう言ってからクラウンはぽつりと、聞こえるか聞こえないかのボリュームの呟きを漏らす。
「……アイツら、冠を警戒したクセに排除はしなかったからね…理解不能だけれど…」
心底理解できないと言った様子で、ふわふわと浮かびながらクラウンは何処かへと去ってしまった。
マスタークラウン…
わたしはヤツが飛んだ空を睨みながら苦々しく呟いた。
どのような経緯で蘇ったのかは知らない。知りたくもないけれど、するべき事は理解している。
マホロアの事を今度こそ守らなければいけない。
もう二度と大切な主人を失わない為にも、マスタークラウンの事はわたしが見張ろうと心に誓った。
「ローア…」
プププランドの青い空を漂いながら、マスタークラウンはぽつりと呟く。
その表情には、先程までは無かった色が滲んでいた。
同じ文明をルーツとする彼等は、生き物に例えるときょうだいのような関係と言えるだろう。
けれどその在り方はあまりにも違いすぎた。
人々の希望となり、夢の楽園へと導いたココロ持つ方舟。
人々の絶望を吸い、楽園を地獄へと変えたソウル無き支配者。
その決定的な違いは、ココロノスガタは、何処にあるというのだろうか。
「冠とキミ、どうしてこんなにも違う…!」
宝石の瞳が赤く燃える。
妬み、嫉み、憎悪、執着…カレの中に燻る黒い感情すらカレの感情ではなく、戴冠した覇王達のココロを学習しただけに過ぎない。
降り積もったエゴは、その器を致命的なまでに歪めてしまったのだろう。
何処まで行ってもその王冠は空っぽだった。
「冠はこんなにも醜く歪んでいるのに、どうしてキミだけが綺麗で、美しい…!」
紅く耀く宝石が黒い涙を流す。
滴り落ちた雫は青い草に触れ、黒く枯らした。
「アイツも汚れてしまえばいい…!!」
呪われたローレルリースの叫びは誰にも聞こえない。
やがてソレは黒い涙を流しながら、何処かへ消えていった。