ミヒャとハロウィンする話「どうしたナマエ」
買い物途中ふと足を止めたナマエにミヒャエルが声をかける。
彼女の視線の先にはオレンジ色のかぼちゃがあって、そんな時期かとミヒャエルは思った。
「いやこっちはあんなかぼちゃ売ってるんだなぁって」
写真でしか見たこと無かった。と、ナマエが呟く。
「かぼちゃがどうかしたのか?」
「いや、日本だとあれあんまり見ないから。ランタン作るのメジャーじゃないし、そもそもハロウィン自体があんまりかも……?」
「カボチャ?」
ミヒャエルはナマエの言葉に首を傾げる。
ミヒャエルはナマエとの会話以前に、かぼちゃがランタンとどう結びつくのかさっぱりわからないらしい。
「ジャック・オー・ランタンって聞いたことあるでしょ。ハロウィンの時にかぼちゃに目とか口とか描いて、中に蝋燭入れて飾るの」
「ああ……あれか」
ミヒャエルはナマエの説明に納得する。
「こっちだとちゃんとあるんだね。ミヒャはやらなかったの?」
「やらなかったな。俺はそういう行事ごと自体あまり馴染みが無い」
ミヒャエルの言葉に、それ以上突っ込んではいけないなにかをナマエは感じ取った。
「そっか、そしたら試しにジャック・オ・ランタン作ってみる?」
オレンジ色のかぼちゃを物色しながらナマエが言うと、ミヒャエルは大真面目に頷く。
「じゃあ作るか」
「えっ?いいの?」
驚いてナマエが目を見開くと、ミヒャエルは何をいまさらと言いたげな目を向けた。
「お前が言い出したんだろう」
「そうだけど……」
ミヒャエルは興味の無いものにはあまり積極的に関わろうとしない。思っていたよりも乗り気になられてナマエは逆に戸惑う。
「とりあえず買って帰るか」
「あっ、うん……」
そうしてオレンジ色のかぼちゃをひとつ買って、家路に着いたのだった。
家に帰り着くとふたりは早速ジャック・オー・ランタン作りに取り掛かった。
「えーと下の部分を直径10センチぐらいで切り取る」
ネットで調べた作り方を見ながら、かぼちゃに適当に円を描く。
「これくらい? ちょっと大きすぎたかな」
「少しくらいの大きさは気にしないんじゃないか? どうせ蝋燭を入れるんだろうし」
ミヒャエルがそう言って、ナマエもそれもそうかと思い直した。
そのままナイフを突き立てて、線に沿って切り取る。
「かったぃ」
ぐぐぐっと力を入れて切り込みを入れるが、なかなかに力がいる作業だ。
「貸してみろ」
あまりの危なっかしさに見かねたミヒャエルが、半ばナマエからかぼちゃを奪い取って軽く力を込める。
先ほどまでのナマエが苦労していたのが嘘のように、ナイフの刃はするするとかぼちゃの皮を切り込んでいった。
「うわ馬鹿力」
「そんなに固くもないだろ」
「ミヒャと一緒にしないで」
ムッとした顔でそう言うナマエにミヒャエルは、ふんと小馬鹿にしたように鼻で笑った。
かぼちゃを切り終わると、今度は中身をくり抜いていく。
「このかぼちゃの中身って食べられるのかな」
「さあ、どうだろうな」
かぼちゃに顔をつけつつ、ミヒャエルは答える。
「こんなもんだろ」
出来上がったそれはどこか不格好で、お世辞にも上手とは言えなかった。
それでも二人はそんなことは微塵も気にせずに、出来上がったジャック・オー・ランタンを見て満足そうに頷いた。
「かわいい! ロウソクつけていい?」
わくわくと目を輝かせながらナマエが聞く。ミヒャエルが了承を返せば、嬉々としてロウソクに火をつけた。
くり抜かれて出来た目の空洞がぼぅっと光り、口からはちらちらとオレンジ色の炎が見える。
「ちょっと怖いかも」
「可愛いんじゃなかったのか」
「んーなんか違った」
ナマエの言葉にミヒャエルはそうか、とだけ返した。
ナマエはしばらくじっとランタンを眺めて満足したのか、ふっとろうそくの火を吹き消して、かぼちゃをテーブルの中央に置く。
「ミヒャ写真撮ってSNSあげていい?」
「別に構わないが」
やったぁと、ナマエはランタンにスマートフォンのカメラを向ける。数枚撮影した後、それをSNSに投稿すると、にこにこと上機嫌な様子でミヒャエルにスマホを渡してきた。
「このイタズラ子ネズミめ」
ミヒャエルはスマホの画面を確認して、呆れたように笑う。
ナマエが撮った写真には、彼女の手や明らかにミヒャエルのものではない小さな影が写りこんでいた。しかもそれをミヒャエルのアカウントで投稿している。
「可愛いでしょ」
ミヒャエルからしてみれば、子猫がぴいぴい威嚇しているようにしか見えない。
しかさ効果はどうであれ、それで彼女が満足するのなら、まあいいかとミヒャエルはスマホをポケットにしまった。
「あ、ミヒャお菓子くれなきゃイタズラするぞ」
唐突にナマエがそんなことを言い出す。
「何だ急に」
呆れた声で返すミヒャエルに、ナマエは「今思い出した」と、あっけらかんと答える。
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞって、ハロウィンの決まり文句でしょ」
だからお菓子ちょーだいと、ナマエはミヒャエルに手を差し出す。
「……生憎菓子は持っていないが、俺のネズミちゃんはどんなイタズラしてくれるんだ?ん?」
「へ?」
ミヒャエルはナマエの手を取って、その身体を抱き寄せる。
「ちょ、え」
突然のことに戸惑うナマエを気にも止めず、そのまま彼女の唇に自分のそれを重ねると、小さく開いた唇の隙間から舌を滑り込ませた。
「ん……っ」
そんな深いキスに慣れていないのか、それとも単に恥ずかしいのか、ナマエは顔を真っ赤に染めてぎゅっと目を閉じる。
そんな様子にミヒャエルは小さく笑ってさらに口付けを深めた。
小さな歯列をなぞって、上顎をくすぐり、最後に舌先を軽く吸ってやる。
そしてゆっくりと唇を離すと、名残惜しそうに二人の間を銀糸が繋いだ。
「っは……ぁ……ミヒャがイタズラしてるじゃん」
呼吸を整えながら、ナマエは潤んだ瞳でミヒャエルのことを睨む。
「そうだな」
ミヒャエルは悪びれる様子も無く答えた。そしてもう一度軽く口付ける。
「でもお前も菓子なんて持っていないだろう?」
「持ってないけど……!」
「それなら俺がイタズラしてもいいわけだ」
ナマエは何か言い返そうと口を開くが、こうなったミヒャエルには何を言っても無駄だと諦めて身を委ねる。
そうしてハロウィンの夜は静かに更けていったのだった。