うさぎと一緒に二年目のクリスマス「本当にいいのかよ?」
「あぁ! 俺にとってはリベンジだからな!」
腕組みをして仁王立ちできっぱりと言い切ると、宇髄はくしゃりと表情を緩めて笑っていた。本当なら、何か目新しいものでも用意してくれる気でいたのかもしれない。だが今年は俺の要望を通してもらおう。
「じゃあ買い物行ってくるから、飾り付け頼むわ」
「任された!」
いつもより少しばかり浮かれた様子の宇髄が玄関を出るのを見送ってから、腕まくりをして気合を入れる。飾りつけなら圧倒的に向こうに軍配が上がるのは分かっているが、俺は相変わらず料理の方はさっぱりなので役割を分担するとこうなってしまった。せめて宇髄にダメ出しを喰らわないように、誠心誠意飾りつけをしよう。
「まずはツリーを移動して、今日は残りの電飾もつけた方がいいな。あとはテーブルクロスを出して、キャンドルはクローゼットか……」
素早く動けるように、必要な工程を口に出しながら確認する。今日はクリスマスイブ。今年はちょうどクリスマスが土日だったからどこに行っても混雑しているだろうと、出かけるのは止めにした。朝からゆっくりと朝食を食べて、午前中は家でのんびりお気に入りの映画を楽しんだ。そして午後になってケーキとチキンを受け取るついでに、夕飯の材料を買い足しに行く宇髄と交わしたのが先ほどの会話だ。
俺は去年と全く同じメニューを注文した。駅前にある有名店のちょっとお高いクリスマスケーキ。
実家の母がおすすめしてくれた地元の精肉店の骨付きチキン。そしてそれだけでは足りないだろうと、宇髄が作ってくれたのがポットパイとポテトサラダだった。サラダの担当は俺。ブロッコリーを積み上げてクリスマスツリーを作り、星形に型抜きした人参やパプリカで飾りつけた。
だが問題はポテトサラダだ。丸めて雪だるまを作ってくれと頼まれたが海苔を切り貼りして顔を作る間に力が入ってしまい、どんどんへしゃげていき最終的に完全に溶けかけの雪だるまになってしまった。
面白がった宇髄が写真を撮ってリビングのギャラリーコーナーに飾ったものだから、俺はこの一年間、今にも崩れ落ちそうな極太眉毛の雪だるまを見て過ごすこととなった。
「今年こそは上手く作って、写真を入れ替えてもらうぞ!」
リベンジに燃える俺はまずは前哨戦に部屋の飾りつけからスタートすることにして、数日前からリビングを彩ってくれているツリーに手を伸ばした。
「今年はケーキがちょっと小さめだから、足りないかと思ってサンドウィッチも作ろうかと思うんだけど……って、おーい、煉獄聞いてる?」
キッチンから聞こえてくる宇髄の声は当然耳には届いている。そして家中に漂う芳醇なシチューが煮える香りも。夕方の一番腹が減る時間。匂いだけで先ほどからぐぅぐぅと腹の虫が音を立てているが、そんなことには構っていられない。ビニール手袋をつけて丸めたポテトサラダを体にして、もうひとつ小さなものを作って乗せて典型的な雪だるまの形を作る。去年もここまでは上手くいった。だがこの先の顔のパーツをつける作業で大苦戦。既にブロッコリーのツリーは完成しているから、その横に収まる大きさでどうにか雪だるまを作らねば。使命感に燃える俺には宇髄の問いかけに答えている余裕がない。
「サンドウィッチ何がいい? たまご? ハム? あっさりしたのも欲しいからトマトとレタスでもいいか」
「……宇髄、ちょっと待ってくれ……いま、大事な、あぁ! 眉毛が飛んで行った!」
見失わないように白い皿の上に並べておいたパーツが、自分の息でふわりと浮き上がる。慌てて手を伸ばして押さえつけ、そっと皿の上に戻す。きゅっと唇を噛み締めて息を吐かずに胸を撫で下ろした。キッチンから顔を覗かせてそんな俺を見る宇髄の目は、最早少し呆れている状態だ。
「まさかそれがリベンジしたくて、同じメニューをリクエストされるとは思わなかったわ」
「折角のクリスマスなんだから、今年こそ綺麗に作りたいだろう。細かく切れるハサミも買ったんだぞ」
「このために!?」
宇髄は大きなため息をついているが、俺にとっては重要なことだ。何せ一年越しのリベンジ。今日のためにしっかりとシミュレーションと心の準備をしてきた。
「俺は好きだったけどなー、去年の溶けかけの雪だるま」
「君が写真なんて飾るから、一年間忘れられなかったんだぞ」
「お前があの写真見る度にしかめっ面するから可愛くてさ~」
「それをわざわざリビングに飾るだなんて、君は本当に意地悪だな!」
「はははっ、悪い悪い。俺、好きな子には意地悪しちゃうタイプなの」
ひらひらと手を振ってキッチンへと戻っていく宇髄の表情は、先ほどまでとは違って穏やかだ。
好きな子、なんて冗談めいた表現なのに宇髄に言われると妙に胸が高まってしまう。もう一緒に暮らして何年になるだろう。クリスマスも何度も二人で迎えて来た。恋人同士の頃のように、うんと特別な日ではなくなってしまったけれど。ゆるやかに過ぎる日々の中で俺たちにとってはちょうどよい彩りだ。当たり前のようにその日を共に過ごす。一緒に人生を紡いでいる。ふとした瞬間に感じるそんな些細な幸せを、俺と宇髄の二人で積み重ねてきた。
「宇髄! 俺は厚焼き玉子のサンドウィッチが食べたい!」
「はいはーい」
照れ隠しも込めて海苔が飛ばないように両手をメガホンのように口元に当てると、キッチンに向かって声をあげる。顔を見せてはくれないが楽しそうな宇髄の声が返ってきたから、きっと俺の好きな少し甘めでふわふわの厚焼き玉子を焼いてくれることだろう。
息は出さないように気を付けながら一息つくと、ふと考えた。そう言えば料理をするためにエプロンをつけて髪をひとつにまとめた宇髄の姿は、これでもかと言うくらいに飾り立てられた室内の中では何だかいつもより地味に見えた。まぁ、それは俺が必要以上に部屋中を飾り付けてしまったせいなのだが。
宇髄が買い物に出かけた後、部屋の端にあったツリーを真ん中に持ってきて普段は使っていない電飾を大量に巻き付けた。今年は宇髄がデザイナー仲間から使わなくなった飾りをたくさん貰ってきてくれたから、ツリーだけでなく部屋の中も飾りつけようと、慣れないことをしてしまったのが運の尽き。キラキラ光る七色のモールやクリスマス関連のイラストで作られたウォールステッカー。大小様々な大きさのリースに天使やトナカイのオーナメント。据え置き型に、壁に貼り付けるタイプに、天井からぶら下げるもの。飾っているうちに楽しくなり、気づけば収拾がつかなくなっていた。
帰ってきて部屋の中を見た宇髄の第一声は「昔のパチンコ屋のオープンセールみたい」で、しっかりと大笑いされた。全部飾り付ける必要はなかったとその時に気づいて外そうとしたが、面白がった宇髄がこのままでいいと言うのでリビングは見渡す限り色の洪水。多少目がチカチカすることは否めない。クリスマスくらいはと落ち着いた雰囲気を出そうとキャンドルも用意したのに、これではお祭り会場のようだった。
「いいじゃん。ド派手で! 俺は好きだぜ、こういうの。サンタの帽子もあっただろ。これも被っとけよ。煉獄は赤が似合うから」
気合が空回りして失敗した。自分ではそう思っていたのに。宇髄が笑ってくれたから、何だか花丸をもらえたような気分だ。箱から取り出したサンタクロースの帽子を俺にかぶせて、宇髄がすかさず写真を撮る。
「可愛いじゃん、今日はそれ被っとけよ」
「こういう者は君の方が好きだろうから、譲ろう」
「譲ってもらわなくてもふたつあるんだよ、それ。後で一緒に写真撮ろうぜ」
この写真も新しくギャラリーに飾られるのだろうか。生きていく上で楽しいことばかりの毎日ではないけれど、君と一緒にいるとこうして何度も心を支えられて前を向ける。一緒にいて良かった。これからもずっと一緒がいい。密かに思うこの気持ちが、君と同じなら嬉しいと思う。
「じゃ、改めてメリークリスマス!」
一年ぶりの出番となったシャンパングラスを傾けて、キャンドル越しに宇髄が華麗なウィンクをキメる。少し照明を落とした室内でぼんやりと揺らめく明かりに照らされて、宇髄の髪がキラキラ光る。長いまつ毛に影が落ちて、薄く形の良い唇がグラスの淵に触れる。まるで芸術品のように美しい光景だ。俺は宇髄の顔が好きだから、この光景はどれだけ見ていても飽きることはない。
ただ、今宵ばかりはその美しさもどうしても霞んでしまう。
「君、恰好つけているところ申し訳ないが、この部屋の中にいると地味だぞ」
なんて俺の嫌味めいた言葉にも、宇髄が動じることはない。こんなことくらいもうお互いに慣れっこだ。
「誰かさんがド派手にやってくれたからなぁ」
「返す言葉もないな!」
「ま、今年は新しいものはナシで、のんびりしようって決めたし。こういうクリスマスもいいじゃん。なんて言うか、家のクリスマスって感じで」
もう一度俺に向かって華麗なウィンクをした宇髄だが、下を見れば着ているのは部屋着のスウェットだし、髪も料理をした時のままゆるく後ろでひとつにまとめている。完全に休みの日の、何もしないバージョンの宇髄だ。そういう俺も着ているのは寝間着にしているジャージだし、髪も風呂上がりに乾かしてふわふわした状態のままだ。いつも通りの夕飯の時の状態。クリスマスで多少周りと食卓は賑やかだが、俺と宇髄にとっての日常がここにある。
「君は本当はもっと派手にクリスマスを楽しみたかったんじゃないか? 俺が去年と同じでいいと言ってしまったから」
「確かにまぁそれもあるけど」
「俺のワガママに付き合わせてしまったか?」
「いや、これはこれでいいじゃん。俺と煉獄だけのクリスマスって感じで」
言いながら宇髄がサンドウィッチに手を伸ばす。俺の希望に答えて作ってくれたふわふわの厚焼き玉子が挟まっているものだ。宇髄がゆっくり味わいながらサンドウィッチを齧っているから、俺も目の前に置かれたポットパイに手を伸ばす。ドーム型になったパイをスプーンで突いて崩す瞬間は、何度やってもワクワクする。熱々のシチューとサクサクのパイを一緒にすくって口に放り込めば異なるふたつの食感が楽しくて、火傷しそうなのも構わずに立て続けにスプーンを動かした。
「クリスマスの過ごし方なんてさ、人それぞれなんだし。今年は家でのんびりクリスマスだろ。じゃあ来年はどうしよっかって、考えるのも楽しいじゃん」
「ははっ、もう来年のことを考えているのか?」
「楽しいことはいくらでも考えられるだろ」
楽しいこと。宇髄は当たり前にそう言ってくれる。愛しい人と共にあり、その未来に思いをはせる。楽しくないわけがない。今、君は幸せか。そんなこと口にして確認するわけじゃない。それでも確かに伝わっている。君の笑顔、君の言葉、君の存在。そのひとつひとつが俺に教えてくれる。そして君もきっと、同じように受け取ってくれている。俺が今、どれだけ幸せかということを。
「チキンも熱いうちに食べようぜ」
サンドウィッチを食べ終えた宇髄が今度はチキンに手を伸ばした。齧り付けばパリッと皮目が割れる音がして、隙間からじゅわりと肉汁があふれ出す。目の前で見せられるあまりに魅力的な光景に、吸い寄せられるように俺もチキンに手を伸ばして大口を開けて齧り付いた。
「うまい!」
「やっぱ今年もこのチキンにしてよかったなぁ」
「うむ、これはもうクリスマスの定番だな!」
「来年も絶対頼も~」
「来年もお家クリスマスか?」
「そうだなぁ……何年かに一回でいいじゃん。うんと格好つけてさ、定番のデートして夜景の見えるレストランで高級フレンチでも食べようぜ。たまぁにいいんだよ、そういうのは」
「そうか。ではとりあえず来年もお家クリスマスだな」
「そーね、煉獄のリベンジもまだまだ続きそうだし?」
ニヤリと口角を上げて宇髄が意地の悪い顔をする。その視線が注がれているのは、テーブルの真ん中に置かれたサラダだ。綺麗に三角形に積み上げられたブロッコリーのクリスマスツリーは今年も大成功。星形の人参とパプリカでしっかり飾りつけも出来ている。問題はやはりその横にあるものだ。まだ一口も手を付けていないが既に一体はコロンと転がって横向きになっているし、もう一体も肝心な部分がふにゃりと崩れて顔に垂れ下がっている。
「顔は巧くいったんだ! 見てくれこの細い眉毛を!」
「ふふ、うん、去年より半分くらいは細い」
「そうだろう! やはりハサミを新調してよかった。あれならかなり細かく切れるんだ」
「まぁ……確かに、顔はいいじゃん。どっちも耳が取れてただの雪だるまになってるけど」
「途中まではちゃんとうさぎだったんだ!」
去年のリベンジだけでは物足りないと、今年はポテトサラダの雪だるまをバージョンアップしてうさぎの形にしようとした。うさぎは俺と宇髄にとっては縁のあるものだから、折角のクリスマスに彩りをそえられるだろうと。だが張り切って挑戦したものの結果は散々だ。片方のうさぎには宇髄のトレードマークであるメイク、もう片方には俺によく似た眉毛。今は寝室に並べてあるぬいぐるみのうさぎを見ながら、どうにか顔は上手くいったのに。肝心の耳がどうしても綺麗にくっつかず、悪戦苦闘しているうちに去年と同じようにどんどん顔と体も崩れてしまい、盛り付けた時には散々な状態だった。
「こら! 写真を撮るんじゃない!」
ニヤニヤと笑いながら、宇髄がすかさず取り出したスマホでシャッターを切る。出来上がった時にも散々笑って写真を撮っていたくせに、まだ満足していなかったのか。そしてきっとこの写真は去年の溶けかけの雪だるまの写真と一緒に飾られて、一年間俺をしかめっ面にさせることだろう。
「あー!」
宇髄の叫びが響くが、俺は崩れ落ちたうさぎをスプーンですくって一気に口へと放り込んだ。形を作るのに必死で随分握りしめてしまったから、かなり密度が高くて弾力のあるポテトサラダが口の中でもそもそする。来年こそはとリベンジを誓って、ごくりとポテトサラダを飲み込んだ。
「なんだよ、写真撮ってたのに」
「もうたくさん撮っただろう!」
「見て、うさぎと煉獄のしかめっ面」
宇髄がこちらに向けたスマホの画面には、煌びやかなクリスマスの装飾の中でびっくりするほど眉間に皺を寄せてポテトサラダを見る俺の顔が写っている。とてもじゃないがクリスマスの夕飯中だとは思えない。
こんな写真を撮ってどうするのかと思うが、宇髄は日常的に俺の様々な表情を写真に収めてコレクションすると言う奇特な趣味を持っているから、放っておけばこの写真も飾りかねない。それだけは阻止しなければ。
「来年は絶対にちゃんとしたうさぎを作ってみせるぞ! 耳もピンと立つようにする!」
「おぉ~、張り切ってんねぇ。じゃあポテトサラダはお家クリスマスの定番にして、これから毎年煉獄の成長記録にしようぜ」
「君、完全に面白がっているだろう!?」
「いいじゃん、いいじゃん。なんかそういう毎年の定番みたいなの」
「そのうち君が腰を抜かすようなすごいのを作ってやるからな!」
「楽しみにしてまーす」
軽く言い放つ宇髄に言い返してやろうとしたが、隙ありとばかりに開いた口に厚焼き玉子のサンドウィッチを入れられた。口いっぱいに頬張る俺を見て、宇髄は満足そうに笑っている。
そう、珍しいことや特別なことじゃなくていいんだ。君と一緒にいて、毎年こうして同じように過ごすことができればそれだけで幸せだ。去年はあぁだったこうだった、来年はどうしようか。なんて話をしながら同じ思い出を共有する。この先の未来を同じように見つめている、そんな君が一緒にいてくれる。これ以上の幸せはないだろう。
「……来年に向けて練習したいから、これからも時々夕飯にはポテトサラダを作ってくれ」
「いいぜ。その代わり失敗したのも全部写真に撮ってアルバムにしてやるからなー」
「写真には撮らなくていい! アルバムも要らないぞ!」
どうやら今年のプレゼントは、ポテトサラダ一年分になりそうだ。