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    DMDMGN210

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    キャプションは一個前のやつ読んでください。本当はこのあとに本題が来る予定だった。本題も書ければ書きたいね。

    *****

     彼は、ログハウスの屋根裏で目を覚ます。数十年繰り返してきた平凡な朝。窓から差し込む陽光で自然に目を覚ますような非常に健康的な目覚め。それとは裏腹にベッドのうえは読み止しの本や寝ぼけまなこで記した乱雑なメモが散乱している。
     窓を開け放って、家の正面にある湖畔を見やる。霧が出ていたのか空気はひんやりと湿り、寝起きの肌に心地よかった。数分そうして窓の外を見た後で、彼は窓を閉める。寝間着をベッドの上に放って、クローゼットからシャツを引っ張り出した。寝起きゆえだろうか、表情は締まりがない。のろのろとシャツのボタンをしめ、かけちがい、それを直す。またクローゼットを開いて、ズボンを出し、一瞬転びそうになりながらそれを履く。長い髪の毛をうっかり巻き込む。そびき出す。
    そうして軽く身なりを整えて、ふたたびベッドのほうに戻った。枕元に置いていた眼鏡を手にとってかける。昨日ベッドの上に放り投げて床に落ちてしまっていた肩掛けを拾って軽くはたく。それを手に持ったまま階段を下りる。部屋の中はひどく散らかっていた。
    彼は書類や本の山を気にかけることなく石窯へと歩み寄る。さすがに火のそばは物が少なかった。石窯の足元に置いていた紙袋をごそごそと漁ってマッチの小箱と卵、 ベーコン、パンを取り出す。その石窯は……そもそも石窯と言っていい代物なのか、やや特殊な形状をしていた。花崗岩製の大きな半円柱が腰程度の高さまであり、その上に排煙用の屋根と煙突がついている。円の中心にあたる部分、壁に面したあたりに薪を置き火をいれるようだ。彼は燃え残った薪や炭を軽く整え火をいれた。イスに腰かけそれが安定していくのを見守る。ぱちぱちと音をたてて薪が崩れ始めたのを見て、火かき棒で軽く形を崩す。五徳と小さいフライパンを火のうえに据える。ベーコンを起用にスライスしていきフライパンに油をひくと、ベーコンをしいてそそくさと卵を割り落としてしまった。窯の外縁部に出しっぱなしだったまな板と包丁で今度はフランスパンをスライスしていく。
     まだ卵が焼けるのには時間がかかるだろう。彼はゆっくりと腰を上げてドアに向かって歩く。今日は知人……否、部下と言うべきか、子と言うべきか、とにかく彼の腹心にあたる者から報告書が届く日だ。手筈どおりであれば郵便受に封書がはいっているはず。肩掛けを羽織って少しだけ冷える外に出た。
     デッキを下りようとして、気づく。湖の対岸で誰かが倒れている。彼は眉根を寄せつつその人影に近づいた。
     体躯からして常人ではない、ということだけが分かった。ぼろ布の中でその大きな身体を丸めている。体勢からして眠っているのかもしれないが、なぜこんなところで眠るのだろう……。
     そんなことを考えているとようやく頭が身体に追いついて目覚めてきた。とたんに理性が警鐘を鳴らす。状況はともかく目の前の者は侵入者、これは非常事態だ。
     この湖畔には彼のあずかり知らぬ者など近づきようがないのだから。
     そのことを思い出して彼があとずさりをしたときには、もう遅かった。地面に寝ていた大男は彼の気配に気づいてゆっくりとその身を起こす。身構えた彼と寝起きの大男の目が合った。
    「……お前は、誰だ。なぜそこで寝ていた」
     彼の言葉を大男は寝起きの頭でゆっくりと咀嚼する。
    「えっと、あれ……? ここは……」
     大男はまだ意識がはっきりしていないのだろう。ぼんやりとした目で周囲を見回して、数十秒して問いかけの主へと向き直った。
    「えっと……あ、あなたはフォルテムの人ですか?」
     ずいぶんと間の抜けた物言いだ。
    「漠然とした聞き方をするな。フォルテムの想区に住まう者であればイエス。フォルテムの城に住んでいるのかと問われればノー。論旨を正確に表現する努力をしろ。そもそも、質問は質問で返すものではない。先程の問いかけへの答えをもらおうか」
     それは遭難者にかけるような言葉ではなく、かといって友に話すようなそれでもない。強いて言うなればそう、上司が新人の部下の指導をするような、教師が生徒に指摘をするような。
    「ご、ごめんなさい。ええと……」
    「君はいったい何者で、なぜそこで寝ていたのだ」
     彼の繰り返した問いの内容を受け大男は軽く目を伏せた。まともな返答をするために小さく深呼吸していたらしい。怯えた表情の消えた顔をよく見れば、目鼻立ちはよく整っている。顔の傷や体格も含めこの容姿ではずいぶんと目立つだろう。
    「僕は、フォルテムの城から……教団から逃げてきました。友人から紹介された避難場所を探してここまで来たんですけど、遭難してしまったんだと思います。人家を見て『明日ここの人に道を聞こう』と思ったら、その、疲れが出て……」
     言葉尻はともかく、他は要点をおさえた良い返事だった。だが、警戒心というものがない。
    「不用心だな。もし私がフォルテム教団の者だったらどうするつもりだった。城に住んでいないからと言って早合点をしたな」
    「あっ……」
     この大男はあまりにも素直すぎる。長髪の彼は小さくため息をついて、埒があかないと次の問いかけに進んだ。
    「その避難場所のことを君はなんと聞いている。紹介されたときに他の家屋と見分ける特徴を言い渡されたはずだ」
     そう言葉を濁した。この山には彼の住むログハウス以外に人家などはなく、そもそもこの湖を視認できるエリアに入ること自体教団の人間にはままならない。彼はこの想区最後の要であり、この場所には魔術的な守護がなされていたから。
     彼は目の前の大男を信じてはいなかった。不用意に情報を与えることだけは避けようと慎重に言葉を選んだ。
     大男は彼の意図を知ることもなくただ懸命に応える。
    「建物の特徴についてはなにも。『この手紙を持って西の山に向かいなさい』とだけ……」
     そう言って男が懐から小さな封筒を取り出し、便箋の文面を見せる。差出人の名義は『カーリー 代筆ジョージ』とあった。
    「ジョージ……」
     手紙の筆跡は彼の思い浮かべた『ジョージ』と一致していた。
    『手短に用件を述べますね。まずは謝罪です。私とロキはしばらく教団に帰ることができません。あなたを一人ぼっちにしてしまうこと、大変心苦しく思います。申し訳ありません。
     さて本題ですが、これからフォルテム教団にはいろいろな変化が起こるでしょう。それはあなたにとっても悪い変化であると予想できます。ですから、もしあなたが身の危険を感じたら、この手紙を持って西の山に向かいなさい。この手紙を代筆してくださっている方の旧知と必ず出会える、とのことです。
     こんな時に一人にしてしまいごめんなさい。やるべきことが終わったら、ちゃんと帰ってきます。カーリー
     追伸 避難場所の主にも事前に書簡を送ってはいるが、おそらく紛失していることだろう。必ずこの手紙を持っていくように。代筆兼紹介者 ジョージ』
     サインだけは自筆だったらしく、歪んだ字で『カーリー』と書いてあった。大男はこれを頼りに城からここまで歩いてきたらしい。城から見た西の山に住むジョージの知り合いなど、ますます彼以外にありえない。
     …………そういえば、先日珍しく手紙が届いていたような。内容には目を通したが走り書きのソネットであったと記憶している。あれは教団やこの想区に訪れる危機を表しているのではなく、このログハウスに訪れる目の前の大男のことを指していたらしい。
     長髪の彼は長く重いため息をついた。ジョージ、もといウィリアム・シェイクスピアもずいぶんな面倒事を押し付けてくれたものだ。頭をよぎるのは不戦の約定。おそらく戦いに関わらない者の保護であればあの毒婦も目はつけないだろうが……。
    懸念よりも、ウィリアムからの依頼という珍事への高揚が勝った。長髪の彼が口を開こうとするよりも大男の懇願のほうが早かった。
    「お願いです、この場所が見つかるまで、納屋でもなんでも構わないので雨風の凌げる場所を貸してはくれませんか。薪拾いや水くみぐらいならできますし」
     長髪の男がまたため息をついて頭を掻く。
    「……ジョージという男は私の知己だ。おそらく彼らの指す避難場所とはこの家のことだろう。納屋とは言わず一つ部屋を貸してやる。来い」
     そう言って肩掛けを翻した。大男はまだなにが起こったのか理解ができていない。
    「どうした、早く来い」
    「はい……!」
     大男は慌てて立ち上がるあまり布団代わりに身に巻いていたぼろ布を踏み転びそうになった。それでも顔には明るい笑顔が浮かぶ。足取りも軽い。
    「あの、僕……僕の、名前は、パーンと言います。僕はあなたをなんと呼べばいいですか」
     大男の、パーンのその一言に長髪の彼は足を止めた。
    「そうか、名乗りがまだだったな。私の名は―――」

    「『オスカー』…………オスカーと呼べ」


            *****

     パーンがオスカーの下に保護されてから五日が経った。彼に与えられた仕事は食料の買い出し、薪拾い、薪割りといった雑務。その日の彼は朝から湖畔の丸太に腰を下ろしてなにやらガラスの器具を扱っていた。
    「なにをしている」
     パーンより朝の遅いオスカーがまだ少し眠そうな目をこすりながらそう声をかける。今日のように曇り空のせいで日光が届かない日などはオスカーの目覚めは殊更遅くなる。今日も既に朝というより昼近い時間になっていた。
    「ああ、うん。あなたは、『水の貯蓄がなくなったら自分で作れ』って言ってたでしょ? 納屋に専用の鍋と蒸留器があるからって。だからそのとおりにしてるんだ。おはようございます」
     フォルテムの想区でも、生態系の特性上生水をそのまま飲んでは健康を害す可能性があった。オスカーの住まうこの家では(湖が目の前にある環境もあいまって)煮沸した水を飲料とすることもあったが、正直酒を買ったほうが手はかからない。
     パーンは……怪物だった頃と味覚の変わらないパーンは、安ワインを始めとする酒類の苦みが嫌いだった。
    「なるほどな。おはよう」
     オスカーはパーンの態度にやや驚きを覚えたが、そういえば「もう少し私に対しても気楽に構えたらどうだ」と提案をしたのはオスカー自身だった。初めて会った時のようないっそ怯えを感じる態度と比べればずいぶんと気は楽だ。平静を装って言葉を返した。
     パーンは随分と順応力が高いらしく、ものの五日でここの生活様式にもある程度なじんでしまった。買い出しの類は頻度が低いため例外ではあったが、それにしても異様な物覚えの良さだ。日課がいくつか無くなってしまったオスカーのほうが困惑する始末である。
    「これ、すっごくきれいだなって思うんだ」
    「……そうか」
     パーンの目が見据えていた先は中型の蒸留器。
    大型の五徳に支えられ火にかけられている寸胴のような部分は金属製だったが、水蒸気を集める球形の部分とそこから延びる管、蒸留水がしたたり落ちてくる容器部分はガラスでできていた。今はまだ容器部や管に変化は見られない。球形部分がわずかに曇るばかりである。
    水の消毒自体は煮沸で充分だが、少しでも多く安全な水が手に入るのであればそれに越したことはない。蒸留器は一種の貧乏性の表れと言ってもよかった。
    「そこの樽にあるのが、さっき沸騰させた水なんだけど」
     たしかにパーンの右手側には水の満ちた小さな樽が置いてある。そのまま言葉が続いた。
    「蒸留器の中を流れていく水は、とてもきれいだった」
     発言の内容と興味関心の指向性は幼児のように純粋無垢でいっそいじらしささえ覚えるものだったが、表情は暗く沈んでいる。言葉尻がにじんだのも物に見惚れる放心からではなく、塞いだ心持ちによるものだろう。
     パーンの頭の中を重く占めるのは、暗澹として繭のように固まった感情。粘度と密度とを併せ持ち肩にのしかかるそれを、オスカーもどことなく肌で感じた。
    「ほんとはさ、これ」
     しばしの沈黙ののち再びパーンが口を開いた。寸胴の中で水がボコ、と悲鳴をあげる。
    「必要、無いんだ」
     パーンの口角が歪に上がる。声の震えは水の中から産まれ出た気泡の叫びのせいでぼやける。
    「ぼくは、―――……いから」
     ヒトじゃないから。
     そのか細い一言はとうとう湯の湧く音と水蒸気の歓声、寸胴のカタつく音にかき消された。
     彼は生水を飲んで体調に異常をきたしたことがない。元いた想区では数年に渡り川の水をそのまま酌み飲んでいたがなお、一度たりとも腹を下したことすらなかった。
     ヒトじゃないから、別にパーンはこの湖の水をそのまま飲んだとしてもなんの支障もないのだろう。彼がこうして水を沸かすことには意味が無い。ここ数日でハッキリと分かったが、飲料としての水の消費量は酒の飲めるオスカーより飲めないパーンのほうがずっと多い。理由を他人になすりつけることもままならない。
     それでもなんとなく、ただなんとなく、三割程度はオスカーの口に入るものだし、と言い訳をしてずっと水の流れを見守っている。
     ひたすら……くるしかった。その自覚さえ管の中を落ちる水滴に吸われ持つことができなかった。言葉をとおしてやっと形を持ち始めたその感情も、今度は水蒸気に覆い隠される。丸太の上で膝をかかえて顎をそこにうずめる。目だけを出してそっと管を落ちゆく水滴を見つめる。生まれ変わりを喜んで我先にと駆けくだってゆく光の塊すら恨めしい。うらやましい。
     カーリーたちの下で無邪気に人間ごっこのできていた幸せをパーンは重く噛みしめる。
     ……もしかすると、あの幸せはもう二度と返ってこないのかもしれない。泣きそうになった。

     パーンがその目じりに涙を浮かべたことにオスカーは気がつかなかった。それでも水蒸気にかき消された彼の心の内は推し量ることができる。教団の只中でオスカーの目として働く青年がいた。青年が彼に送る報告書のおかげで、パーンの境遇もある程度知っている。
     出自を始めとしたパーンの特異性と水の煮沸の必然性を結びつけるものがあるとしたら、彼の体質。文脈から察するに、パーンは本来生水を飲んでも差し支えない身体なのだろう。
     それならば、彼の気を紛らわす方法にも心当たりがあった。オスカーは小さく服の袖をまくって湖に歩み寄る。
    「……なにをしているの?」
     おもむろに湖水を小さく手にとったオスカーのほうにパーンの視線は向く。
    「別に、君が必要無いのであれば、その水を沸かす必要はない」
     顔をすすぐわけでもなく手が口元に添えられる。
    「の、飲まないほうがいいよ、生水はカーリーもお腹壊したことがあったって……」
     その小さな訴えをオスカーは退けて手を傾ける。指の隙間と顎から水が滴り落ちた。白く軽い透けるようなシャツの袖と胸元がわずかに濡れる。顔を上げるようにして手の中の水を飲み干せば後ろで結い上げていた長い髪も揺れた。
     目を見張ったパーンのほうを見やりながらオスカーは口元をぬぐう。
    「私も……ヒトでは、ない」
     ヒトの天寿を容易に超えて動き続ける不気味な躯体のことを思いながらそう口にする。
    「ヒトのような生活様式もなにもかも本来であれば不要、食事や休眠がある程度なくとも生きていける。それでも私がヒトの生活にこだわり、律儀に食事を摂り、眠り、水を沸かしていた理由はなんだと思う」
     首を横に振ることしかできなかった。見当もつかない。
    「大いなるエゴではあるが……」
     まくった袖を元に戻し……濡れた襟元を見てシャツのボタンを開けながらオスカーは湖に背を向ける。パーンは彼を目で追う。
    「ヒトのような生活を送ることで私は、自らの人間性を保証している。自分自身が人間というものに抱く愛を確認している。ただそれだけのために眠り、食費を捻出し、水を沸かす。本質的には人間そもそもがこういったエゴの塊だろう」
     なにを言われているのか、はっきりとは理解できなかった。困惑の表情を浮かべるパーンを前にオスカーが言葉を続ける。
    「ヒトでなくとも人間にはなり得るが、水を沸かさないという選択もまた結構。私の仕事が一つ復活するだけだ」
     ログハウスへと戻りながら振り向きざまにそう笑うオスカーの顔を見てただなんとなく、自分はこの行動を続けるべきであるという自覚が沸き上がった。


           *****

    (ここにさっきの指輪の話が入ります)

           *****

     だんだんと日の出ている時間が短くなりはじめた。今までと変わらず半袖のままで朝の日課に向かうパーンの目にカレンダーが映る。今日は十月十六日。
     ……とうとう、カーリーたちと過ごした時間よりもオスカーと共にした時間のほうが長くなってしまった。
     友人や監視役として親しく接しながらも、任務や役目のせいで離れていた時間も長く隔絶を感じていたカーリーとロキ。交流など微々たるものだが毎日二人っきりで顔を合わせるオスカー。カーリーたちの影が自分の中で薄くなっていくのが怖い。毎日毎晩毎秒、頭を使う必要が無い時はいつもいつも彼女らとの思い出に縋って懸命に時を過ごしている。パーンにとっては本当に信じられる人間など未だ彼女らの他になかったし、たとえ自身が彼女らに重んじられていなかったとしてもそれに変わりはなかっただろう。少なくともここに来るまではそのことになんの疑問も抱かずに、素直に彼女らを慕うことができていた。
     彼女らの存在を無視してオスカーと親しくなり始めた自分が憎くて憎くてたまらない。彼女らとは互いに平等に親愛を向け合っていたはずなのに、そこに疑念を抱き始めたという事実が呪わしい。
    『ほんとうの友人とはなんであろうか』
     ああ、あり得ないことではあるけれど、バカバカしい話だと笑い飛ばされるべきものだけれど、こんな不実を思うからこそ二人はパーンから離れたのではないか。そんな卑屈が頭をよぎって、自分の情けなさに泣きそうになる。わんわんと痛みが反響し始めた頭を必死に横に振って、外へ出た。
     まずは今日のぶんの薪を家の中に持ち込まねばならない。薪の山から太さ順に木の枝を選って小脇に抱える。さて家の中へ、と振り向いたところで郵便受にとまる小鳥が目についた。癪なことにかつての運命の書のせいで小鳥はあまり好きではない。無視をして横を通り過ぎようとしたが……
    「おいおまえ、そこのデカいやつ」
     話しかけられた。ツバメに。
    「うわ、そんなにビビらなくていいだろ〜おっさんにこき使われてる者同士仲良くしようぜ? おまえがパーンってやつだな、話は聞いてる」
    「は、はじめまして……僕は君のこと、知らないんだけど」
     跳びはねるようにして後ずさったパーンは左腕にかかえていた薪の束を思わず両腕で抱きしめてしまっていた。その時に薪の大半は折れたようだ。二人ともそのことは大して気にかけていないらしい。
    「おっさんも薄情だな。となるとおまえ、アルフレッドのことも知らねえのか?」
     その名前にはどことなく覚えがあった。
    「あ、毎週オスカーにお手紙を送ってる人かな?」
    「なんだよアルフレッドのことは知ってるんだな。……あれ? おまえ今、おっさんのことなんつった」
     急にツバメの語調が荒む。いまだにツバメが喋っていることすら信じきれていないパーンは逐一言動に驚いてしまう。
    「えっと、あなたの言うおじさんはこの家の主人さん、髪の長い人で合ってる? 彼のことならオスカーって言ったけれど……」
    「それ、おっさんの名乗りか?」
    「うん、『ケルト神話に登場する戦士の名だ』って言ってたよ」
    「……なるほどな」
     ツバメは渋々納得したような様子で視線を落とした。様子を伺おうと首を傾けるパーンを見て、気を取り直し元の明るい口調に戻る。
    「せっかくだからこれ、おっさんに直に渡したかったんだけどもう時間もねぇ。おまえが渡してやってくれ」
     そう言って足で掴んでいた封筒をパーンに投げよこす。
    「じゃあな〜」
     返答する間もなくツバメは飛び去ってしまった。取り残されたパーンは短くなった薪が落ちてしまわないように気を払いながらその封筒を裏返す。宛名も封蝋もなくただ『アルフレッド』という署名だけがあった。ぼんやりとした違和感を無視してドアを開けると、ちょうどオスカーは起きてきたところらしい。フランスパンに包丁をあてている。
    「おはよう、オスカー。これ、今日のお手紙」
    「おはよう。定期報告以外の封書とは珍しいな」
     折れている薪のことも気にかけずに右手ではパンを持ちながら左手で封筒を受け取る。パンを咥えるとテーブルの上に転がっていたペーパーナイフでそそくさと封を切ってしまった。中から出てきたものは一枚のカード。パーンは内容を聞きたい衝動を抑えながら石窯の近くに薪を置いていく。
    「もう、そんな時期か」
     オスカーの声は珍しく細く揺れていた。
    「冬支度だパーン。今日から忙しくなるぞ」
     そう言いながら書斎のある二階へと姿を消してしまった。パーンはそっとテーブルの上のカードに視線を移す。
    『Happy Birthday to you, Mr.Jo……』
     J,O,H……その先は封筒で隠れて見えなくなっていた。いずれにせよオスカーの名の綴りとはまったく違う。
     ……彼を問いただすことだけはついぞできなかった。
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    MOURNINGキャプションは一個前のやつ読んでください。本当はこのあとに本題が来る予定だった。本題も書ければ書きたいね。*****

     彼は、ログハウスの屋根裏で目を覚ます。数十年繰り返してきた平凡な朝。窓から差し込む陽光で自然に目を覚ますような非常に健康的な目覚め。それとは裏腹にベッドのうえは読み止しの本や寝ぼけまなこで記した乱雑なメモが散乱している。
     窓を開け放って、家の正面にある湖畔を見やる。霧が出ていたのか空気はひんやりと湿り、寝起きの肌に心地よかった。数分そうして窓の外を見た後で、彼は窓を閉める。寝間着をベッドの上に放って、クローゼットからシャツを引っ張り出した。寝起きゆえだろうか、表情は締まりがない。のろのろとシャツのボタンをしめ、かけちがい、それを直す。またクローゼットを開いて、ズボンを出し、一瞬転びそうになりながらそれを履く。長い髪の毛をうっかり巻き込む。そびき出す。
    そうして軽く身なりを整えて、ふたたびベッドのほうに戻った。枕元に置いていた眼鏡を手にとってかける。昨日ベッドの上に放り投げて床に落ちてしまっていた肩掛けを拾って軽くはたく。それを手に持ったまま階段を下りる。部屋の中はひどく散らかっていた。
    彼は書類や本の山を気にかけることなく石窯へと歩み寄る。さすがに火のそばは物が少なか 8702

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    MOURNINGこのリンクを踏む者は一切の希望を捨てよ。
    100年前if同棲時空のパーオス原稿の一部です。原稿を凍結させてしばらく離れる決意をしたので報告がてら、的な。
    推敲もおざなりかつWordからそのままコピペなので各種不具合あると思いますが流してくれ。
    *****

     パーンが買い出しの仕事にも慣れ、オスカーもパーンの存在を受け入れ始めたとある日の昼食時のこと。
    「ずっと気になっていたんだけれど、それはなに?」
     不意にそんな言葉が投げかけられた。パーンが指さしたものはオスカーの左手。
    「……この指輪のことか」
     小指になにやら幅広の指輪がつけられていた。問いかけの主はその確認に頷く。
    「食事時だが外すのを忘れていたな。シグネットリング、という名を聞いて理解できるか」
     握っていたフォークとナイフを一度置くとオスカーはそのシグネットリングを丁寧に外し食卓の端へと置いた。パーンは密かにその場所を記憶する。オスカーはのちのちそれを失くしたと言ってこの散らかった家を大捜索することになるだろう。
    「あ、えっと……聞き覚えは、あるような。スタンプみたいなもの、だっけ?」
     オスカーはその返答に小さく感心した。パーンはやはり情緒や実年齢に見合わぬ知識を有しているように見える。知に貪欲なことは良いことだ。
    「概ねその認識で間違いはない。封筒に落とした封蝋にこれで印をつけると、それがサインの代わりになる。紋章をあしらった一点ものが多いな」
     私のもの 4290

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