酷い奴何時だったか。「愛してるゲーム」だなんて遊びが一時期流行っていたらしい。何でも愛してると交互に伝え、先に照れたほうが負けだとか。
昼下がり、試合も終わり後は明日を迎えるだけという時にそんな話を思い出し、私がゲームを提案すると案の定傍にいたアンドルーは眉間に皺を寄せた。
試しにやってみないかい、一回だけだからと言葉を変えて幾らお願いをしてもアンドルーの首が縦に振られることはなかった。
「そんなよく分からない遊び、僕は付き合わないからな。やるなら、他のやつと遊んで来い」
と、完璧に私から視線を逸らし、何も聞き入れないぞと態度で示したものだから私は溜息をついた。
どうしてかは分からないが、どうも今日のクレス君はガードが固いみたいだ。だけど最後に一押し。最後に一つだけ試してみようと、私は敢えて宙を見つめ、大袈裟に声を上げた。
「クレス君は私が「愛してる」って他の人に言っても良いんだ」
…さて、どうなることか。反応はすぐ帰ってこず。仕方ないと自室に戻ろうと足を伸ばそうとして、服の袖が引っ張られていることに気づく。
振りむけば赤い瞳は相変わらず床を見つけたまま、縞模様が黒い手袋に飲み込まれていた。
「…一回、だけだからな」
主の性格を表すように声は小さく、感謝の言葉を返せばそのまま消えてしまいそうなほどだった。何処までも優しい彼に感謝しつつ、こんな見え見えの意地悪な奴に騙されたらいけないぞと、私は何処か他人事のような感想を持った。
***
ベッドに腰かけ、一通りルールを説明する。アンドルーは頷くばかりで、あまり返事はない。一先ずの了承を得て、私は深呼吸をした。
深く息を吸って、吐いて。下手に気取るのことのない、いつものような調子で、彼に伝えるんだ。
「アンドルー。愛してる」
-白昼堂々、いざ言ってみると些か恥ずかしいものがあるな。
僅かの空白さえ妙に長く感じ、私は頬を掻いた。そして。
「僕は、お前なんか嫌いだ」
返ってきたものは、想像とは全く別のものだった。息の飲むのも、重く感じた。
ゆっくりと顔を上げ、彼のほうを見れば、私以上に深刻な表情を浮かべていた。
「どうして、そんな顔をしてるんだい」
今にも全てを吐き出してしまいそうなほど、アンドルーの顔は様々なものを孕んでいた。唇を噛みしめ、目元には涙を浮かべてはそれを我慢するように眉をきゅっと顰める。
小さな嗚咽の後、吐き出された言葉は文字通り震えていた。
「意地悪な質問を、するな。馬鹿」
それほどにまで私に愛してると言われるのが嫌だったのか。考えれば考えるほど胸が締め付けられ、彼を落ち着かせようにも上手く笑いを浮かべられない自分にもどかしさを感じる。
どう、彼を宥めれば悩んでる間にも震える口からは必死に言葉が紡がれていった。
「お前には、僕なんかより似合う奴がきっと外にいて……こういう、大事な言葉は、そいつに言ってやるべきなんだ」
「……でも、僕は我儘だから。一回だけでも良いから、聞きたいと思ったんだ……すまないっ……」
アンドルーの言葉に、胸にかかっていた靄が少し晴れていく。以前から時々、荘園の外に出たらの話はしていた。互いにやりたいことは違い、交わることは無いだろうと。だからもし荘園を生きて出れたら相手を探したりはせず、自分の人生を生きようと。
そこまでの話だった筈なのに、彼は私の未来のことまで考えていたのか。胸の締め付けが無くなるのと同時に、目元が緩みそうな気配を察知する。
「なぁ。私はたった今、君に振られた訳なんだが、私も泣いてもいいかな」
そのぐらいは良いだろうかと問いた私に、赤い瞳からこぽこぽ、こぽこぽと雫が落とされ、輪郭を伝っては薄っすらと上がる口角にまで道を作った。
「駄目だ。ルカは、笑ってるほうが似合うから」
-そんな理由で、泣いちゃ駄目だというのかい、アンドルー。だけどどうしてだろうか。彼らしい訳に、私は思わず笑ってしまっていた。
「酷い奴だな、君も」
***
お題
愛してると伝えたら相手は寂しそうに笑い、自分は愛してないと言った。ならなんでそんな顔をするのと聞けば、意地悪な質問をするなと言われた。泣いていいかと聞いたら、やっぱり笑って、駄目だと言った。