諸行無常凹凸の歪な地面に打ち付けられて、痛みよりも先に憎しみが前に出て来た。
歯を剥き出しにして、おぼつかない足を奮い立たせて立ち上がる。揺らぎながらも足を踏み出す。
(いやだ…絶対にいやだ……)
今までで一度も感じたことない胸の奥にある炎に火がついた感覚がした。
泥に塗れた顔を着物の袖で拭い視界を広げる。せっかく兄が新調してくれた着物だったのに、と心の奥の自分が呟いが無視した。
広がる世界は焼けた土の匂いが充満しており、思わず息を止めてしまった。
本来ここには一面の森だった。草木が溢れ、動物も沢山いたはずだ。それなのに今は燃えたぎる炎が何もかも焼き尽くし、残っているのは焦げた死体と灰だけ。真っ黒な顔をした誰かは僕の知る人だったのだろうか。焼けたせいで性別もわからない。
暗い雲が空を覆い、遠くの方ではまだ悲鳴が聞こえる。それよりも大事なのは目の前。僕らから全てを奪った存在。突如としてこの戦国の世を掻き乱した奇策師の翁丁臼。人々が刀や槍で戦う時代に銃という革命が起こった。その革命すら塗り替えたのが翁丁臼の発明したラッシュデュエルだった。
ラッシュデュエルは血を流さない争いの代わりに勝者が絶対のしきたりを敷いた。つまり、敗者は死ぬ。一度きりの死合い。
ラッシュデュエルは瞬く間に広がり、僕らの土地にも根付いてしまった。相手の土俵に上がるのは癪だか、無駄な殺生は避けたいという気持ちには共感するところもあった。
そして、僕らはそのラッシュデュエルに負けた。
本来ここは僕たちの一族が代々受け継いできた土地だった。この山もあの山も見渡す全て僕らの土地。中央には僕らの城とも言える家がありここで、何不自由なくここで暮らして来た。誰かを侵略しようとか、そんなことは一切考えていなかった。穏やかに、誰とも血を流さず平和的に生きようとしていた……それなのに一度の敗北で何もかもが奪われた。
可笑しい、こんなもの可笑しい。
なんて馬鹿げた博打なんだ。
翁丁臼は薄汚い笑みを浮かべた途端彼の影が歪な形に揺らめいた。
敗北の苦虫を噛み締めているのも束の間敗者への制裁は下された。咄嗟に兄が叫んでいる。兄の巨体が僕を突き飛ばした刹那。空から瓦礫が崩れ落ちて来た。儚くも僕らの土地は崩壊したのだった。
こうして僕たちの世界は壊れ、今はただ赤い大地に転がる虫けらと同類となった。立ち上がって復讐しようにももう敵はいなかった。遠くで聞こえた悲鳴も徐々に小さくなり消えていった。きっと消えたのは悲鳴だけではない…。
僕はただただ足を引き摺りながら歩いた。誰も僕の声に反応してくれない。聞こえるのは全てを焼き尽くす轟音のみ。いつもならなんて事のない小石が僕の足を掠め取り僕の体の重心は崩れてしまう。熱のこもった地面に倒れ、僕の体にまた新たな傷を作り出した。今更増えてももう大差ない。どうせ僕はここで死ぬのだ。敗者には死を。ラッシュデュエルで負けたのだから潔く死ぬべきである。両家の次男坊として恥のない死に方をしなくてはいけない。死の間際で最後に兄の安否を気にするなんて、そんなのは……
(僕は、僕は死んでもまた兄さんの弟に生まれたいな……)
安らかな眠りにつく瞬間、そう願う。神様は残酷な運命しか与えてくださらないけれど、僕らの運命をもう一度交わらせてください。
焼ける火の海の中、一つの獣の遠吠えが響いた。懐かしいその声は、僕よりも甘い夢を叫んでいて思わず笑みがこぼれる。
感触はないけれど、きっと側にいるのだと理解する。
(今度生まれ変わったら、どうか人の姿で……また会おうね。兄さん……)
黄泉への扉が開こうとした間際、時空が歪み、新たなる世界が繋がった。