とあるチャンピオンたちの会話とあるチャンピオンたちの会話
「ヒカリちゃんはね。バトルセンスもそうなんだけど、キラッと光るものがあるの。ポケモンとの接し方とか、人との対話とか」
「自慢か」
にこにこと笑みながらシロナは語る。そんな姿にワタルはまたかと言いたげな目を向けた。バーのカウンターでカクテルを飲みながら、彼女はそうよと悪びれる様子もなく答える。
人気の少ない落ち着いた雰囲気のバーのカウンターに男女が三人。すでに出来上がっているのではといったふうに酔った表情を見せるシロナは自慢したくなるでしょと言う。
「私の可愛い可愛い恋人よ? 自慢したくなるじゃない!」
「確かに可愛い恋人は自慢したくなるね」
「ダイゴくん、シロナくんをヒートアップさせないでくれ。惚気が始まる」
「何よ、惚気ちゃ駄目なの! 自分が先に進めてないからって、もー!」
シロナの指摘にワタルはうっと言葉を詰まらせる。彼女の言う通り、自身の恋というのは全くと言っていいほど進んではいなかった。
彼が愛した人物はまだ若い少年だった。いくら成人年齢の十六を過ぎたとはいえ、まだ若い。歳の差もあれど、性別も同じだ。それに負い目がないわけではない。
好きなのは変わらない。手放したくない、誰にも渡したくないとそんな独占的な歪んだ愛を宿している。けれど、本人にこの想いを伝えることができないでいた。
彼が自身を慕ってくれているのは知っている。嫌われているわけではないことも。仕事を手伝ってくれる優しい人だ。
彼からしたら自身はきっと優しいお兄さんなのだ。それ以上に想ってくれてはいない。当然のことだろう。だから、少しばかりシロナが羨ましかった。
「ダイゴくんはどうなの?」
「え、僕? そうだねぇ、あと一押しかな」
にこりと笑みを見せダイゴは答えた。どうやら彼は王手をかけたらしい。あと一押しで彼の想い人は落ちるのだろう。自信ありげな表情が何処か腹が立った。
自分と似たような立場だと言うのにどうしてこの男は行動が取れるのだろうか。理解ができないとワタルは目を細める。
「絶対に手に入れたいと思ったら、逃がさないからね」
「やだ、こわっ」
「ワタルくんもさ、行動したほうがいいと思うよ?」
「何が言いたい」
「いや、ユウキくんから聞いたんだけどさ。ヒビキくん、モテるらしいじゃないか」
ダイゴの想い人であるユウキとワタルの想い人のヒビキは仲が良い。連絡したり、たまに会ったりする仲だ。そんな彼から話を聞いたと彼は話す。
ユウキが言うにはヒビキはモテるらしい。彼の親切心や人との対話術、見た目なんかに惹かれる人は多いらしい。
それはユウキと一緒にいる時にも発揮され、彼は側で見ながら少し心配になったのだという。それほどに彼は人を惹きつける魅力があった。
「この前なんて、男の人にナンパされたってユウキくんに愚痴って……」
「待て、それはどういうことだっ」
「あ、知らなかったのね」
ぎろりと睨まれダイゴはうわっと小さく声を上げた。今の彼ならばその瞳だけで人を氷漬けられそうだと思ったが口には出さない。
さっさと詳細を話せと促すその眼力にダイゴは分かったからと落ち着つかせるように話を続ける。
タマムシシティに遊びに行っていたヒビキはデパートで年上の男性に声をかけられた。最初は道を聞くような会話であったのだが、だんだんと一緒に遊ばないかといったものへと変わっていった。これはナンパかと気付いたヒビキは断ったのだが、なかなかにしつこかったらしい。
暫く押し問答していたが、しつこい相手にだんだんと苛立ってきたらしく、最後には会話を無理矢理切り、店内へと逃げて店員に助けを求めたとのこと。その場の危機は脱したと彼はユウキに話していた。
ますます険しくなる表情にシロナがくすりと笑う。何がおかしいと言いたげにワタルが彼女を見遣れば、別にと返された。
「とっても大切で大事で愛してるのねって思ったの」
「心配になるだろう。何かあったらどうする」
「まぁ、心配になる気持ちは分からなくもないよ。僕でもそうなる」
大切で大事な愛しい子が何処の人間かも分からぬ男の手に落ちるなど、許せないし許さない。考えたくもないことだ。
今回は大事に至らなかったとはいえ、また何かあるかもしれない。そう考えるのが普通だ。やはり、自身の手の届く場所に置く方がいいとワタルは考える。
そんな彼の考えを察してか、シロナがほら行動すべきじゃないと揶揄うように笑う。
「手放したくないのなら、想いを伝えるべきよねぇ」
「しかし……」
「そんな不安なアナタにシロナ、頑張りましたー!」
じゃーんとポケギアと手にしてシロナはウィンクした。いきなりなんだとワタルがぎょっと見遣れば、彼女はカチカチといじり始める。
「今、ヒカリちゃんヒビキくんたちと一緒にいるのよ。ヒカリちゃんがジョウト地方行ってみたいって言ったから連れてきてね。ヒビキくんに彼女任せたの」
「いつの間に……」
「ヒカリちゃんにそれとなく、ヒビキくんに聞いといてね! って伝えておいたから!」
シロナの言葉に「君は何を勝手なことを」とワタルが声を上げる。それを落ち着かせるようにダイゴがまぁまぁと彼の肩を押さえた。
そんなワタルなど知らぬといったふうにシロナはヒカリとメールをしている。彼女からの返事にほうほうとにやける口元に手を添えていた。
「なんだ、その表情は……」
「なーにー、気になる?」
「ならないわけないと思うよ?」
そんな表情されれば誰だって気になるものだ。ますます険しくなるワタルの表情に、揶揄いすぎたかとシロナは分かったわよ返す。
「悪くないんじゃないかしら? ヒカリちゃんからの話だと脈がないわけじゃなさそう。ちょっと頑張ってみたら?」
シロナはそう言って笑む。それは揶揄うでもなく、純粋に応援するように。
こういうところで嘘をつくような人物でないことはワタルも知っている。彼女が言うのだから、きっとそうなのだろう。
自分にチャンスがあるのかもしれない。そう考えてけれどどうすればいいのかと頭を悩ませる。そんな様子に考えすぎだよとダイゴに指摘されてしまった。
「想いを伝えるだけでいいんだよ」
「それができたら苦労はしない」
「まー、最初は不安よねぇ。でも、後悔しないように頑張ることだわ」
せっかくチャンスがあるのだから、これを逃す手はない。後悔しないように掴み取るべきだ。シロナの言葉にワタルはなんとも言い難い表情を浮かべた。
チャンスがあるなら掴み取りたいが、いかんせん不安というのが拭えない。自分はこんなに弱い人間だっただろうかと思うほどに。
けれど、手放したくないのは事実だ。ワタルははぁと小さく息を吐いた。
END